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「親子関係」と「成長」の定点観測 @5年目のヒーローショー

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2016年02月05日 10:32  MAMApicks

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息子が好きなウルトラマンのイベントに毎年連れて行かされて、この冬、ついに5回目になった。
基本的にこの手のイベントはお金を使わせるようにできているので、大人としては複雑な気持ちが止まらないものの、まぁ、いろいろ目をつぶる。恒例のイベントでは、必ず中のショーエリアで、戦うショーが観られる。もちろん毎年、ストーリーも出演するウルトラマンのメンバーも違うけれど、これを観るのも5回目だ。



■ヒーローショーにおける親の立ち位置
ショーに子どもを連れてきている親の様子はだいたい3タイプくらいに分けられる。

【1】子どもに「ほら!でてきたよ!」「かっこいいねー」と視線を落とし話しかけながら観覧する≪積極派≫
【2】あまり反応もなく、「私は子どもに付き合わされてます」というムードを全面に漂わせている≪クール派≫
【3】むしろ親がファンなんだろうなぁ、という様子が所有物や身につけているものから感じられる≪ホンモノ派≫

圧倒的に多いのは【1】で、私もこの系統だ。

幼児期に初めて連れて行ったときは、まだ息子は私の膝の上。うれしいのにどこか圧倒されている息子の手をとり振ってみたり「ほら、応援だよ!」と、代わりに私が「がんばれー」と声を出してみたりした。

そう、戦うショーの定型として、やたら「がんばれー」を言うことになるシーンが多い。
ナビゲーターのお姉さんの誘導で、「会場のみんな」の「がんばれー」が集結し、それがウルトラマンに伝わり、ピンチを脱して力を取り戻すのだ。一旦、「まだまだ声が足りないよ」を経るのもお決まりとして健在である。ストーリー展開における、「愛と希望と勇気」が若干唐突で飽和状態なのも、もう、定型といえば定型だ。

大人としては、正直、「がんばれー」と大声を出すのはちょっと照れ臭い。それでも、「(ほらほら)がんばれー!(って言うんだよ)」と、カッコの内側を表情と顔の向きと小さな声で補足しながら、大きめの声を出し、子どもを盛り上げる役にまわる。

■どうせなら……子どもフィルターで楽しむ
ただ子どもに働きかけているだけだと、ふと空虚な気持ちになりかねない。
せっかくだから、積極的に内容に入りこんで楽しもうか、という大人的努力点を加算して、子ども的なフィルターでショーを観ることにした。

そうしていると、どこかしら心に響くところがあるもので、暗闇に現れたウルトラマンたちがずらっと並んで、一斉に目がピカッと光った瞬間、「おぉ、カッコイイ」と素直に思った。そして、ステージの袖からセンターまでのごく短距離を全速力(に見えるような動き)で登場するところも、「おや、カッコイイ」。

ついでに、通路に入り込んで走り回り目の前に登場すれば、本来、初代ウルトラマンで身長40mであるはずのところ、人間サイズで出現していることも忘れ、なぜか「おっきいなぁ」と感激したりもする。

なんだか、膝の上の子どもと一体化した感じで、ちょっとワクワクを味わえる。

■定点観測的な面白さ
当初、膝の上の息子は真剣すぎるのか声も出なかった。毎年回を重ねて、だんだん小さな声で応援するようになって、一緒に「がんばれー!」と言ったり、指定の振りをやるようになったけれど、あちこちから聞こえてくる少年たちの声援のボリュームは段違いで、ちょっとその大声がうらやましかった。

それが5年目の今回、私が促すこともなく、自ら大きな声で「がんばれー!」と振り付きで元気に言っているではないか!! そうか、やっとここまで来たか!と感慨深い。

なんだってこんな商業ベースのイベントで子どもの成長を感じちゃってるんだろう、とどこか苦々しく思わなくもないのだけれど、まぁ、結果的に、結構な変化を定点観測できてしまったわけだ。

■子の自立で変わった親の私のふるまい
息子が大きな声で「がんばれー!」と言っている隣りで、意外なことに気づいた。私自身が「がんばれー!」と声を出すハードルが9割増しくらいに高くなってしまったのだ。声が出せない。照れが勝つ。

あの「声出し」は、息子を通して一緒に入り込んでいたからこそできていたのか……。ひとたび彼自身が自立的に楽しみ行動できるようになった途端、急にやりづらくなるとは、ちょっと予期していなかった。

そういえば、子ども向けの音楽系の催しで、曲に合わせて体を動かすような時、膝に子どもを乗せているとすごく動きやすい。子どもの一部、もしくは補助具のようにふるまっていると、積極的かつ派手に動ける。でも、膝から子どもが離れて、親が独自に大人の自分として「自由にノリノリで動く」ことを求められたら、急に照れがでる。

あぁ、なんだか、子どもフィルターでどこか一体化して一緒に楽しむのって、独特の状況だったんだなぁ。自分自身とその先が直接ではなく、子どもを媒介にしてのみつながっているような、俯瞰して見てしまうとなんとなく虚構の世界のような違和感がある、あの独特の空気。

……こうやって時期が来ると、その状況はそもそも成立しなくなって、できなくなるものらしい。

■横並びの「一緒に楽しむ」に変わった
4年前のように膝の上ではなく、ひとりで椅子に座り大きな声援を送る息子の横で、まぁ、私が大声を出さなくてもいいか、と様子を見守る。これはこれで面白い。

子どもを通さず私単独のフィルターで見ても、あのシャープな短距離走り込みは意外と難しそうだ、と思うし、「ほら、ウルトラマンきたよ」の声かけの代わりに、「やっぱりセブンはかっこいいよね」と普通に会話をすればいい。新しいウルトラマンたちの覚えきれない名前と詳細を息子たずねれば、得意気に教えてくれる。

子どもによって、小さなステップを上がっていくタイミングはさまざまだけれど、その変化に合わせて子どもと親の関係も変わっていく。

親子間や家庭で流れる切れ目のない時間の中では、そろそろ変化させた方がいい関係になっていることに気づかず、こじれて困惑してしまうこともあるけれど、こんなふうに明るく定点観測できたのは、いい機会だった。


……とまとめて、思い切り商業ベースのイベントに連れていく微妙な気分を「まぁいいか」にしておこう。社会風刺が強かった時代のウルトラマンのストーリーの方が私は好きだったんだけどなぁ……。

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コラム筆者の狩野さやかです。2016年2月22日(月)「IDOBATA!?実りある雑談をしよう」を開催します。テーマは「育児期夫婦のズレ」。ぜひご参加ください!
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狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。

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