ごっこ遊びに見るわが子の集大成、そして親子の成長の通過点

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2016年02月08日 10:31  MAMApicks

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ごっこ遊びをする子どもの姿はかわいらしく、見ていて癒される。

私は出産前から我が子がごっこ遊びをする姿に憧れのような気持ちを持っていた。なんというか、子どものごっこ遊びは、子どもらしい遊びの象徴だったり、“成長の通過点”というような印象があったからかもしれない。

憧れというのもおかしな感じがするけれど、まだ乳児の我が子を見ながら、いつか一緒にお料理する日が来るのだろうか、カフェでお茶しながらお話できる日が来るのだろうか、と妄想したことがある。子どものごっこ遊びに対する私の憧れの気持ちは、そういった将来を想像したときのワクワクとした気持ちに似ている。

私がごっこ遊びを成長の通過点と感じるのは、その子の“人生の集大成”がごっこ遊びに詰まっているのではないかと感じるからだ。

集大成という表現は大袈裟かもしれないが、生まれて数年が経ち、コミュニケーションを覚え、身体能力も上がり手先も器用に扱えるようになる頃だということを思うと、やはり“集大成”という表現がしっくりくる。


私の周りにいる娘と同世代(3歳前後)の子どもたちは、それぞれに違った性格を持っていてさまざまな遊びをしているが、性別を問わずごっこ遊びは好きなようだ。

男児は車掌さんごっこや、戦いごっこという、いわゆる男の子らしいと言われるようなごっこ遊びをするという子もいれば、一方ではクリスマスにキッチンセットを買ってもらったという男の子もいるし、一人でお人形ごっこに集中する子もいる。女児もまた然りで、この年代の子どもたちには“男の子らしい”や”女の子らしい”といった違いはないようだ。

ごっこ遊びには、お料理ごっこ、戦いごっこ、お買い物ごっこ、お世話ごっこ、いろいろなものがあるけれど、その中でもお人形を使ったごっこ遊びというのに、とくに思い入れを感じる。

たいていの場合はボソボソと小さな声で遊んでいるので、どんな世界が繰り広げられているのか知るよしもないが、子どもの表情や、かすかに聞こえてくる単語から連想して、その姿を眺めているときの、微笑ましく幸せな気持ちといったら。

私の娘の場合、おもにリカちゃん人形とスヌーピーが登場することが多い。

これはおそらく、子どもの片手で持てるサイズというのが重要なようで、必ずしもお人形でない場合も多く、東京タワーのキーホルダーや、ときには小さめのペットボトルですら登場人物になることがあり、子どもの自由な発想や器の大きさといったことを思いしらされている。

こうして自由に遊ぶ姿を見ていると、ごっこ遊びをしているときの姿は私(親)の知っている子どもの姿と同じとは限らないことに気がつく。

とくに、人形と会話をする口ぶりや、登場人物たちのキャラ設定、子ども自身の立ち位置などは、普段の親子関係のなかで見ることのないものばかりで、毎度興味深く見守る自分がいる。

その姿からは、娘がどんな世界観を持ち、普段の生活からどんな影響を受けて、どんな風にそれを吸収し、自分のものにしているのかということを、とても客観的に見て取ることができる。

とくに物の扱い方や言葉遣いなどからは、子どもにとって自分がどんな親に映っているのか気が付くきっかけになり、育児する自分にダメ出しをしてくれる人などいない中ではとても貴重だ。

ごっこ遊びを見ているなかで、親が見慣れた子の姿は、あくまでも「私(子)と親」という関係性の中の姿だという、至極当たり前のことに気づかされ、自分がいかに今まで子ども扱いしていたかと猛烈に反省させられた。

道具を使い、考え、コミュニケーションを取りながら遊ぶという、これほどまでに自立した個人に成長しているのにも関わらず、私は過去と同じような、赤ちゃんのときと同じような感覚で子どもを見ていたのだ。

ごっこ遊びなど、ひとり遊びが上手くなってきた一方で、娘は第1次反抗期と呼ばれる時期を迎えている。

最近では、力も、言葉も、意思も、ものの意味も理解するようになり、2歳のイヤイヤ期までは丸め込めていたものを同じように収拾させることが難しく、「ちょっと前までは言うこと聞いていたのに」、「ちょっと前までは何とかなってたのに」と、悶々とすることも多い。

しかし、すでに自我がある一人の人だということ、ゆえにこれまでと同じように小手先でごまかすなんていうラクはもうできないのだ、と認める時期なのだろう。

育児はいつだって子どもの成長の後追いだ。けれども、先に成長する子どもに戸惑いつつも、さまざまな部分で臨機応変に適応してきたではないか。

たしかに子どもは自分の欲求を制御したり、要求を言葉で正確に伝えることはまだまだ難しいかもしれない。しかし、これまでもそうだったように、子どもはいつだってさまざまな方法でサインを送っているし、親はそのサインを受け取り、適応してきた。

ごっこ遊びはやはり成長の通過点だと感じるが、それは子どもの成長だけではなく、親自身の通過点であるのかもしれない。

これまでのお世話はどうしても子どもに張り付いていなければならず、いつしか子どもと自分が密着して生活していることが当たり前になっていた。

ごっこ遊びが上手にできるまでに育ってくれた、という喜びを感じつつ、子どもの自立の第一歩を見守り、親と子、少し今までとは違う距離感で寄り添っていこうと思う。

望月 町子
リクルートや大手飲食チェーンでマーケティング職を経験。切迫流産の診断を受けたことで妊娠初期に会社を辞めるも、産後は子どもが1歳半になったころから“子連れ出勤”を開始、日々をブログ「1歳からの子連れ出勤」に綴る。夫と3歳になる娘の3人暮らし。

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