【再録】J・K・ローリング「ハリー・ポッター」を本音で語る

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2016年03月28日 18:01  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版 創刊30周年 ウェブ特別企画


1986年に創刊した「ニューズウィーク日本版」はこれまで、政治、経済から映画、アート、スポーツまで、さまざまな人物に話を聞いてきました。このたび創刊30周年の特別企画として、過去に掲載したインタビュー記事の中から厳選した8本を再録します(貴重な取材を勝ち取った記者の回顧録もいくつか掲載)。 ※記事中の肩書はすべて当時のもの。


※このインタビューを行った記者の回顧録はこちら:【再録】J・K・ローリングはシャイで気さくでセクシーだった


[インタビューの初出:2000年8月2日号]


 この冬、日本中の子供たちを楽しませた映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』。シリーズ第4作となるその原作本がイギリスで発売されたのは、00年夏だった。本誌のマルコム・ジョーンズがそのとき、あまり人前に出たがらない著者、J・K・ローリングをインタビューした(記者の回顧録はこちら)。


 この7年前には失業中のシングルマザーだった彼女は、すでに米フォーブス誌の選ぶ「有名人トップ100」の25位にランクインしていた。この年の秋、ワーナー・ブラザースが製作する第1作の映画の撮影が始まった。


◇ ◇ ◇


――ブームは峠を越した?


 さあ。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(第3作)がピークだと思ったけれど、そうじゃなかった。時期が来れば静まるでしょう。映画が沈静化の助けになるとは思えないけれど。


――映画の脚本は完成した?


 ええ、9割方。まだ手直ししてるけど。


――映画についての発言権はどれくらいある?


 発言権という感じではないわね。意見を求められているのは確かだけど、指図する立場ではない。信頼できる相手だからこそ映画化権を売ったのだし、今のところ信頼は裏切られていない。


 キャストは全員イギリス人で考えていて、すべて順調。登場人物に対する思い入れの強さは私が一番ね。映画がうまくいかなければ、傷つくのは誰よりも私だから。


――キャストは決まった?


 まだオファーの段階。ハリー役が難航している。スカーレット・オハラの役を、子供版ビビアン・リーを探すようなものよ。


「会えばひと目でピンと来る」って思ってたんだけど、ロンドンでもエディンバラでも、歩いていると、ついキョロキョロしちゃう。運命的な出会いがあったら抱きついてしまうかも。「君、お芝居できる? ちょっと来て!」って。


――今のところ、商品化されたキャラクターグッズは一つもないが、その状況は変わりそうだ。


(うんざりした様子で)まったくねえ。とにかくワーナーは、ものすごい量の情報を送りつけてくる。何度も会議にも呼ばれたし。


 子供たちには、企業ではなく、私の望みどおりのグッズを与えてやりたい。(グッズの氾濫を)心配する人たちには、こう言ってあげたい。「どうか私を信じて。私はあなたたちの味方だから」


――最初に想定していた読者は?


 私自身。どうしたら子供たちに気に入ってもらえるか、なんて考えたことは一度もない。最初にアイデアがひらめいたときは、そりゃあ興奮したわ。これは楽しくなるぞってね。


 実をいうと、ファンタジー小説はあまり好きじゃない。大して読んでないし。『指輪物語』は読んだけど。14歳だったかしら。


 ファンタジーを書いていると意識したのは、執筆を始めてかなりたってから。そういうことに鈍いのよ。書くのに夢中だったし。3分の2まで書き終えたところで、ハッとしたの。あら、ユニコーンが出てくる。私、ファンタジーを書いてるんだ、って!


――読者からアイデアをもらうことは?


 ない。幼い読者はとても気前がよくて、私に手紙を書いては自作のおかしな言葉を教えてくれる。「使えますか?」って。私の返事は「いいえ。あなたの言葉なんだから、あなたが使いなさい」。


――ファンレターには自分で返事を書くのか。


(しぶしぶ)まあね。こんなことインタビューで打ち明けていいのかどうかわからないけど、個人的に目を通す手紙とそうでない手紙を分けているの。読んだ手紙には、手書きで返事を書く。


 ダンブルドア博士(ホグワーツ魔法魔術学校の校長)にあてて、真剣に入学させてくれと訴えてくる子もいる。悲しい手紙も多い。本当の話だと思いたい一心で、いつのまにか実話だと信じてしまった子もいる。そういう手紙には、ちゃんと返事をあげないと。


――6歳の娘さんには『ハリー・ポッター』を読んであげた?


 言葉の面では、賢い子なら6歳でも問題ない。でも読み進めていくうちに物語が暗い方向へ向かうから、子供は怖い思いをするかもしれない。だから娘には「7歳になったらね」と待たせていたの。


 だけど学校に上がると、周囲がほうっておかなかった。年かさの子供たちにクィディッチがどうのこうのとまくしたてられても、娘はちんぷんかんぷん。仲間はずれはかわいそうだから、一緒に読むことにしたわ。


――あなたは意識して質素な生活を保っているようだ。車を5台買うわけでも、ヘリコプターを買うわけでもない。


 私は運転ができないから、車が5台あっても困るだけ。ヘリコプターも同じ。でも、お堅いピューリタンを気取ってるわけじゃない。お金を使うのは楽しい。


 5年前と現在の最大の違いは、お金の不安がなくなったこと。赤貧を経験した人じゃないと、わからないでしょうね。お金の心配をしなくていいことに、毎日感謝している。


――生活が窮屈になったのでは? 今でも自由に街を歩ける?


 もちろん。うれしいことに、私はあまり目立たない。それに、声をかけてくれるのは礼儀正しい人ばかり。自分かお子さんが本を読んでいて、素敵な言葉で励ましてくれる。


 家の前にマスコミが群がっていた時期は参ったわ。あんなことになるなんて......。不愉快よ。でも、泣き言はいわない。私は人生最大の夢をかなえたんだから。ちょっと、当たりが大きすぎただけ。


――作中のハリーも、いずれは年を取る。


 ちゃんと成長してほしいし、そうさせるつもり。でも、本の雰囲気を壊すような形は避けたい。ハーマイオニーが10代で妊娠したり、誰かが麻薬に手を出したりしたら、ぶち壊しでしょ。


 児童書で妊娠や麻薬を扱うのは好ましくないって思うわけじゃない。ただ、『ハリー・ポッター』にはそぐわないと思う。


――司書や批評家や親から、妊娠や麻薬の話は避けろというプレッシャーを受けたことは?


 そういうプレッシャーはまるで感じない。児童書は、「これこれしかじかを勉強するために読みなさい」という本ではないし、それは文学のあるべき姿じゃない。どんな本からも得るものはあるだろうけど、堅苦しいお説教ばかりじゃなくていいはず。


『ハリー・ポッター』にも教訓はあると思う。でも子供たちが3章まで読んだところで「この本の教訓はこれか」なんて納得している姿を想像すると、ぞっとする。


――あなたは悪魔崇拝を奨励していると非難されているが。


 人気が出ると、決まってこういうことになる。悪魔崇拝を理由に難癖をつけたがる連中には、正面から対決してもいいと思っている。彼らの価値観を変えるのは不可能でしょうけど。


 ただ、一つだけ強く言っておきたいのは、検閲という概念は許せないということ。もちろん、彼らには自分の子供に読ませる本を決める絶対的な権利がある。でも、他人様の子供の読書を制限するなんて、絶対に正しくないと思う。


――お子さんが生まれる前と比べて、どこか書き方は変わった?


 私の作品に登場する子供たちと、その感情の根底にあるものはすべて私の記憶。娘の影響はまったくない。ストーリーの大半は娘が生まれる前に固まっていた。


 それでよかったと思う。自分の子供を実名で自分の本に登場させるなんて、いいアイデアじゃない。私のジェシカが「ハリー・ポッターの妹」として一生を送るなんて、考えただけでゾッとする。


――第4作はシリーズの重要な節目になる?


 そうね。プロットの展開からいけば、とても重要な作品よ。


――作品の長さでも一番?


 いいえ。いちばん長いのは第7巻になりそう。きっと百科事典並みになるわ。それでお別れだから。


 いちばん苦労した作品であることは確かね。『秘密の部屋』にも手こずったけど。不思議なもので、いちばん苦労したこの2作品が一番のお気に入りなの。


――書くことで、あなたは変わっただろうか。


 ええ。ずっとハッピーになった。作品を書き終えるたびに、私はどんどんハッピーになる。『ハリー・ポッター』は、完成できた初めての小説。あと一息だった作品は、それまでに2冊あるけど。


 書くことだけが自分の才能だと思ってたから、それが証明できてうれしい。私は、ものを書くこと以外にはほとんど役立たずの人間なの。平凡な教師で、教えるのは好きだったけれど、事務仕事は苦手だった。誇れることじゃない。


――前に書いた2作品とは?


 両方とも大人の本。詩を除いては、何でも挑戦した。詩も書いたけど、自分でもクズだってわかったから(笑)。皮肉なもので、児童書は考えたこともなかった。いつも大人向けの話を考えていた。


――でも90年に、マンチェスターからロンドンに向かう列車の窓から野原の牛を見ているうちに、ハリーのイメージが浮かんできた。本当に魔法みたいな話だが。


 そう、本当にね。アドレナリンが大量に流れるのを体で感じたわ。いいアイデアが浮かんだサイン。体で感じるの。そのときは今までにないぐらい強烈だった。


 ハリーのイメージが怒濤のように浮かんできた。自分が魔法使いだって知らない男の子。おまけに、おでこには奇妙な傷跡......。どうして自分が魔法使いだって知らないの? その傷はどうしたの? 答えを見つけていかなくちゃって思った。すべてを創作するって感じじゃなかった。


――このシリーズの大きなテーマの一つに、子供たち、とくに普通の子供たちの無力さがある。


 ええ、そのとおり。


――それが若い読者に支持される理由の一つなのか。


 だから、いつでも、そしていつまでも、魔法や秘密のパワーを見つけたり、日常で実現できないことを描いた物語が存在する。大人も同じ。心の中の小さな声が、世の中をあるべき姿に変えられたらって願っている。


 大人になることは、自分の無力さを自覚することでもある。子供は「大人になればきっと」って思うけれど、大人になったとたんに物事はそれほど簡単じゃないって気づく。むずかしくても、トライしてみる価値はあるのだけど。


――「ハリー・ポッター以後」のあなたは何をしているだろう?


 まだ何も決めていない。でも、執筆活動を続けているのは確かね。何も書かないでイライラせずにいられるのは、せいぜい1週間が限度。一種の麻薬よ。


 アイデアはある。全部、クズみたいなものかもしれないけど。


※このインタビューを行った記者の回顧録はこちら:【再録】J・K・ローリングはシャイで気さくでセクシーだった


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[2006.2. 1号掲載]


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