すべての命を森に活かす。プロの狩猟家が進める「自然資源」の好循環

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2016年03月28日 21:11  FUTURUS

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FUTURUS(フトゥールス)

かつて日本の里山は、野生動物の住む山林と、人々が住む里の緩衝地帯として、さまざまな役割を担ってきた。それは適切に人が自然に手を入れることによって、山林や生態系が豊かに保たれ、またそれを人が生活に活用することで“循環型”の暮らしが営まれてきたのである。

しかし、現在里山の多くは、過疎化や高齢化が進行する中で、耕作されない農地、いわゆる“耕作放棄地”が拡大し、さまざまな問題が起こっている。

そのひとつが、今まで山に暮らしていた鹿やイノシシなどの野生の動物が里山に頻繁に現れ、農作物や林業に大きな損害を与えているという問題だ。その被害は深刻で、全国で240億円(*1)もの農作物被害が報告され、林業への被害も約9千ヘクタール(*2)と膨大だ。

これらの被害は、農家や林業家の生産意欲を減退させ、それがまた耕作放棄地を増やし田畑が荒れるという悪循環を生んでいる。

特に、ニホンジカの繁殖率は年に2割前後と高く、4〜5年で個体数は倍になるため、農家にとっては本当に死活問題なのだ。

*1 平成24年度農水省 *2 平成26年度 林野庁

すべての命を無駄にせず、森にいかす

この野生獣の問題に対して、伊豆半島の南端、静岡県南伊豆町で新しい試みが始まっている。

この町で生まれ育った黒田利貴男(ときお)さんらが設立した株式会社森守は、野生獣を捕獲するだけでなく、人と動物が共存できるような森作りを進めている。

その試みの中心となるのが、同社が運営する、昨年11月にオープンした『野生獣肉処理センター』だ。

現在日本では、年間97万頭の野生獣が捕獲されるが、活用されているのは2割ほどしかなく、残りは山に埋められるか破棄されている。昨今は、ジビエとして野生鹿やイノシシ肉などが特産品として利用されはじめ、全国にも110を超える処理加工施設があるが、黒田さんらのように、国や行政の補助を受けず完全民営で経営するケースは珍しい。

同センターでは、補助金を使わないことにより、動物の命をすべて無駄にせず、まるごと活かすことが可能となった。食用となる肉はもちろん、それ以外の従来廃棄されていた部位はペットフードなどに利用され、ゴミになる部位はほとんどない。また、南伊豆で捕獲され、森守の定める条件をクリアした獣は1日5頭まで受け入れる。

これにより、今まで無駄にされていた部位すべてが活かされ、野生獣を持ち込んだ猟師の収入にもなる。さらに、処理加工の雇用が生まれ、商品として販売することで経営的に安定し、それがまた森や里山に活かされるという循環をつくる。

黒田さんは森守の思いをこう表現する。

「すべての命を無駄にせず、命と森を守り、育てる」

その思いの核になるのが、この処理センターなのである。

狩猟家と林業家の2つの視点を活かす活動

10歳の時から、猟師のお父さんの後について山を歩いてきた黒田利貴男さんは、南伊豆の山を知りつくすプロの猟師であり、林業家でもある。その両方の経験は、野生獣の管理や活用に留まらず、それを囲む山と森、海といったつながりも考えて活動する視点を生み出している。

「山や森が荒れれば、海も荒れる」

山と海の両方に恵まれている南伊豆の自然を見てきた黒田さんの言葉には説得力がある。

そのため、その活動は、森林資源の活用、耕作放棄地の再生、狩猟者や加工処理の人材育成、自然を活用したエコツーリズムと幅広い。

最近では、都市部でも黒田さんの活動を応援する人が増え、環境イベントなどでの講演も増えている。また、シカの端肉を使ったソーセージは人気で、製造が追いつかないほどだ。南伊豆の木で作った炭で、シカ肉のソーセージを焼いて販売し、その売上で山や耕作放棄地を手入れするといった循環が、実際に生まれてきているのである。

やや強面の黒田さんだが、狩猟で鹿を撃たなければならない時は話しかけるという。

「どうして出てきたんだ? 森にいなくちゃだめじゃないか」と。

限られた自然資源の中で、野生動物とどう折り合っていくか、問いかけはこれからも続いていく。

【取材協力】

※ 黒田利貴男 – 株式会社森守

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