ルワンダの首都キガリに、テクノロジー業界での起業を目指す人々を支援する施設「シンク」がある。その一室でティモシー・ムウィジヒレは、夜遅くまでパソコンに向かっていた(冒頭写真)。隣の部屋では著名な銀行家による講演に数十人の若者が耳を傾け、積極的に質問していた。
100万人近くが犠牲になったとされるルワンダ虐殺から今年で22年。この国はIT立国を掲げるポール・カガメ大統領の下で目覚ましい発展を遂げ、「アフリカの奇跡」と呼ばれる。3選禁止の憲法を改正したカガメは今年1月、来年の大統領選へ向けて3選出馬を表明した。
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写真家のフアン・エレーロはルワンダに6週間滞在し、悲しい過去を背負いながらも前進し続けている若者たちの姿をカメラに収めた。かつて死体がそこら中に放置されていた通りには、今では真新しいオフィスビルが立ち並ぶ。ITを学んだ若者たちは、牛乳の供給網を携帯電話で追跡できるシステムを開発したり、ルワンダ版のトリップアドバイザーを立ち上げたり――。
彼らの起業家精神と革新性が「新生ルワンダ」をさらなる復興へと導いていく。
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政府の統計によれば、ルワンダの都市部の人口は今後20年で3倍に増えるという(キガリの中心部)
虐殺記念館となっているニャマタ教会の床に残る、なたや農具で傷つけられた跡。多くの人が安全だと思って逃げ込んだこの教会でも約1万人が殺害された
オンライン学習も取り入れている先進的なケプラー大学
アメリカ留学の奨学金が得られたと知り大喜びするユベル・ユイシメ(20)
著名な現代アーティストのイノセント・ンクルンジザは若い芸術家たちへの支援も行っている
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「この国ではダンサーは稼げない。だから社会で認めてもらえない。でも俺たちはプロダンサーの第1世代として次世代のために道を切り開いていく」――東部州のンタラマ村でダンスを教えるプロダンサーのヒルワ・クリス
公共のプールで遊ぶ人たち
東部州の舗装されていない道路。ルワンダではまだ人口の4分の3以上に安定した電力が供給できていない
以前にヘルスケア関連のアプリを開発したリリアン・ウイントワリは現在トウモロコシ産業を効率化するためのアプリ開発を目指している
「昔はどの国の出身かと聞かれると『コンゴ人だ』『ケニアから来た』と答えていた人が多かった。でも今はルワンダ人であることをみんな誇りに思っている」――キガリ市内を見下ろせるタワーの屋上に立つフォトグラファーのジャック・ヤクブ・ンキンジンガボは大虐殺のさなかの94年に生まれ、彼の誕生から1週間後に父親は殺された
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キガリ市内にはIT関連の巨大広告も
撮影:フアン・エレーロ
1984年、スペイン生まれ。マドリード・コンプルテンセ大学で国際経済・開発を専攻。オランダとキューバでも研究を続けたが、その後写真家へと転向した
Photographs by Juan Herrero for the Pulitzer Center on Crisis Reporting
<本誌2016年2月23日号掲載>
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Photographs by JUAN HERRERO
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