【現職校閲者を震え上がらせた『地味にスゴイ!校閲ガール』2話レビューの画像・動画をすべて見る】
話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作。12日に放送された第2話で描かれた主人公・悦子の「ミス」は、全国の校閲者を震え上がらせたことだろう。
本記事では実際に新米校閲者として働く筆者が、実際の業務内容の紹介や現場の実情、業界に対する愚痴を交えつつ、前回に引き続きドラマの見どころをレビューする。
文:結城紫雄
大きな文字は地味にヤバイ
ファッション大好き校閲者・河野悦子(石原さとみ)。担当した「主婦の節約ブログ本」で提案したアイデアが著者に気に入られ、見事採用されることに。越権スレスレの破天荒ぶりを発揮しつつ調子に乗る悦子だったが、その裏で校閲者として致命的なミスを犯してしまい──。
以上が、12日に放送された第2話のストーリー。フィクションとはいえ身の毛がよだつ思いがしました。悦子と同じく新米校閲者である筆者にとって他人事とは思えません。
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脳が油断してしまうのか、「大きな文字」や「平仮名の連続」「重要なシーン」ほどミスしやすいので気をつけろ、という校閲者の常識、鉄則が存在します。
その「常識」を痛感させられるのが、世界で最も有名な誤植本。通称『姦淫聖書』と呼ばれる一冊も、その間違いは非常に大胆です。なんでも聖書でありながら、「なんじ姦淫するなかれ」という一文が「汝姦淫すべし」と誤ったまま出版されてしまった(英文で「Thou shalt not commit adultery」の「not」が抜けていた)という、まったくの正反対かついろいろヤバイ本。
これに比べたら悦子のミスもかわいいものです。というふうに、校閲者がミスしたときは「社内や業界で伝説となったさらにひどいミス」を探してきて慰める風潮があります。
刷り直していては発売日に間に合わないため、社員総出で、刷り上がったばかりの書籍に「訂正シール」を貼っていく校閲部メンバー。悦子の夢見る華やかなファッション誌編集部が遠のいていく瞬間です。
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校閲者が褒められることは“まず”ない
校閲とは本づくりを陰で支える存在です。関わるのは文字であって作家や内容ではありません。(中略)校閲は内容に干渉しない。これは基本中の基本です。
『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』2話 藤岩の台詞より
浮かれる悦子をたしなめる校閲部の先輩・藤岩りおん(江口のりこ)。その後のシーンで「指摘出しが素晴らしいと褒められ、私はすっかり浮かれていました」と、自分が過去にしでかしたミスを悦子に告白する藤岩でしたが、ここは非常にリアリティのある場面でした。
現実において校閲者が褒められるとき。それはドラマ内で描かれた悦子のような「内容に対するアイデア出し」ではなく、「作者や編集者のささいな見逃しを指摘した」ときぐらいしかありません。それも、ひとつの誤字脱字の見逃しで大きく減点になってしまうのが校閲の世界。決めて当然、失敗すれば大問題という「サッカーにおけるPKキッカー」のような過酷な業務なのであります。
校閲ドラマに校閲ミス?
そう思ってドラマを見ていたのですが、終盤に違和感を覚えるポイントがありました。学生作家・是永是之こと折原幸人(菅田将暉)の描いた「リニアモーター牛」のイラストです。
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校閲者として見逃せないポイントであり、これを看過するなど悦子は(恋している最中とはいえ)何をしているのでしょうか。と思って調べたところ……
実は「リニアモーター」とは、単に「可動部が直線運動をする電動機」のことであり、リニアの定義に「浮遊している」という条件は必須ではないのです(浮遊して移動するのは「磁気浮上式鉄道」。SF作品に登場する「リニア」はこちらと思われる)。
あたかも近未来の技術かのように(恥ずかしながら)思い込んでいたリニアですが、実際は各地で実用化がとっくに進められているとのこと。さらに調べたところ、筆者が校閲事務所への通勤に使用している「都営地下鉄大江戸線」も、通学に使っていた「福岡市地下鉄七隈線」も、実は「リニア」機構を導入した立派な「リニアモーターカー」なのでした。
地味な作業の連続である「校閲」ですが(そのくせミスしたときの代償は派手)、ささいな事実に気がついたときはほんの少し、それまでの日常が変化して見えるときがあります。幼少時に「21世紀の乗り物」として憧れていたリニアに、まさか自分が毎日乗っていたとは思いもよりませんでした。
「生活に彩りを与える主婦ブロガー」が登場する本回に、このリニアのエピソードをあえて持ってきたと考えるのは勘ぐりすぎでしょうか。勘ぐりすぎですね。
本記事では『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』オンエア開始以降、全話にわたってレビュー記事をお届け予定です。本作は毎週水曜22時より、日本テレビ系列にて放送中。
今週の校正ギア!
iOSアプリ「大辞林」(物書堂 / 税込2,600円)
まだまだ「紙の辞書信仰」が強い業界でのアプリ辞書使用は勇気がいるところです。しかし本製品ならではの強みとして「アップデート」機能は非常に優秀。文科省の常用漢字改定や、「小並感」「ぐうかわ」といった新語の追加など、日々変化する日本語への対応速度は紙の辞書にはない大きな長所です。
アプリとしては非常に高価ですが、携帯性や買い替えの必要がないことを考えると、非常にコストパフォーマンスに優れた製品だといえます。
参考:『増補版 誤植読本』(高橋輝次 / ちくま文庫)、『鉄道トリビア (56) リニアモーターカーは日本の5都市の地下をすでに走行中 | マイナビニュース』