アレッポに蘇るチェチェンの悲劇

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2016年10月14日 11:01  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<反政府派の拠点を空爆で破壊するロシアは、第2次チェチェン紛争で証明した「残虐性の価値」を再びフル活用している>(写真はロシアの攻撃でずたずたにされたチェチェンのグロズヌイ〔99年〕)


 街は爆撃で瓦礫の山となり、人々は逃げ、隠れ、廃墟の中で死んでいく。世界が恐怖のあまり傍観しているうちに。


 ロシアの戦闘機が爆弾を落とし、ロシアの銃や発射装置から砲弾やロケットが火を噴く。これがシリアのアレッポの現状だ。少し前まで、チェチェン共和国の首都グロズヌイも同じだった。


 ロシアの対シリア軍事戦略を理解するには、ウラジーミル・プーチン大統領が初めてロシアの最高司令官として戦った、99〜09年の第2次チェチェン紛争を分析するのが賢明だろう。両者はまったく異なる戦いだが、プーチンが反乱勢力を相手にしたときに重視する点は共通している。残虐性の価値だ。


 ロシアは第2次チェチェン紛争によって、残虐さを見せつけることは戦略的に価値があると証明した。グロズヌイは今のアレッポのように、大砲や空爆、核兵器に次ぐ破壊力を持つといわれる自走ロケット砲TOS−1「ブラチーノ」でずたずたにされた。


【参考記事】「ホワイト・ヘルメット」を無視するノーベル平和賞の大罪


 何千人もが死に、何万人もが家をなくしたグロズヌイを、国連は「地球上で最も破壊された町」と表現した。あるロシア人将校は昨年、グロズヌイの戦いについて、「戦争はすべて恐ろしいが、最も恐ろしい戦争にすることが戦術になる場合もある」と語った。ちなみにロシア語でグロズヌイは「恐ろしい」という意味だ。


 14年にほぼ無血でクリミア半島を併合したときのように、ロシアに残忍さが見られなかった例もある。だが領土奪取だけでなく、抵抗は無駄だと反乱勢力に分からせることが目的であれば、戦略はまったく違ってくる。


 今回はプーチンが全面的に戦いの指揮を執っているのではなく、シリアのバシャル・アサド大統領やイランも重要な役割を果たしている。それでも彼らの意見は一致しているようだ。自分たちの望む条件でシリア和平を結ぶには、圧倒的な勝利と攻撃力を見せなくてはならない、と。その不幸な例がアレッポだ。


血みどろの勝利の教訓


 ロシア政府とシリア政府は、国際社会の怒りと失望に直面している。さらなる経済制裁が議論されているし、国連安全保障理事会の先月の緊急会合ではサマンサ・パワー米国連大使が「ロシアの行為はテロ対策ではない。蛮行だ」と指摘した。


 だがロシアは証拠を突き付けられてもそれを否定した。チェチェン紛争時、ロシアのイーゴリ・イワノフ外相は、爆撃された家や病院の写真は「ロシアと友好国の関係を悪化させる」ためのでっち上げだと述べた。今回のシリアでもロシアのビタリー・チュルキン国連大使は同様の物言いをし、空爆などに関する大量の証拠をはねつけた。


 否定できないことは「みんながやっている」と一般化するか、怒りの反論で話をそらすのがロシアのやり方だ。チェチェンでは、反ロシア政権におけるイスラム教徒の影響力が次第に強くなっていった。そこでロシアはあの紛争を、イスラム原理主義勢力タリバンやテロ組織アルカイダに対する世界的な戦いの一部と位置付けた。ロシアに疑義を唱える者がいれば、テロリストをかばうのかと糾弾した。


 同様に、アレッポについてアメリカから非難されたロシアは、米軍主導の有志連合がシリア兵を誤爆したことから非難をそらすための策略だろうと反論した。


 重要なのは、欧米は冷めやすくて簡単に気をそらせられる連中だからこの作戦が効いている、とロシアが信じ込んでいる点だ。欧米が価値観や人権を主張するのは、あくまで自己正当化や偽善にすぎないと、ロシアは本気で考えているらしい。


【参考記事】シリア停戦崩壊、米ロ関係かつてない緊張へ


 だから彼らは、テロ組織の崩壊など望ましい結果につながるなら、欧米はロシアの残忍さを受け入れるだろうと考えている。


 欧米の怒りは長続きしないとも思っている。チェチェン紛争は一時は注目を集めたが、すぐに忘れられた。08年のジョージア(グルジア)侵攻から1年もたたない09年1月には、新任のバラク・オバマ米大統領が米ロ関係の「リセット」を提案した。


 見掛けの戦術は似ているが、プーチンがシリア内戦をチェチェン紛争の再来と信じている節はない。しかし、プーチンがチェチェンにおける血みどろの勝利から教訓を得ているとしたら、それは「残忍な戦争で勝利するには、残忍な手を使うのが一番いい」ということ。まさにそれが、シリアの悲劇だ。



[2016.10.18号掲載]


マーク・ガレオッティ(ニューヨーク大学教授)


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