レストラン経営者「私はヒラリーの大ファンだ」

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2016年10月27日 11:31  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<今年の米大統領選は言わば「嫌われ者」同士の対決だ。両候補とも不支持率が約60%に上るなか、有権者はどのような理由で投票するのか。2人の支持者の素顔に迫る前後編企画、後編は「人種と銃」の問題を身近に感じるクリントン支持者の本音を>


 ハーレム生まれ、ハーレム育ち。メルバ・ウィルソン(40代)は、ニューヨークのハーレム地区でソウルフードの人気レストラン「メルバ」を経営するやり手の女性オーナーだ。先週、米大統領選の最後の候補者討論会が始まる直前にレストランを訪ねると、彼女ははっきりとこう言った。「私はヒラリーの大ファンだ」


 なぜ共和党のドナルド・トランプではなく、民主党のヒラリー・クリントンを支持するのか。ハーレムという黒人社会で生まれ育ち、現在は16歳の息子の母であるウィルソンにとって、息子がより生きやすい国を作るのはどちらかを考えれば答えは明白だという。クリントンは同じ女性で母であり、教育問題に熱心で、マイノリティ社会にも積極的に関わってきた。


 しかし話を聞いていくと、彼女がクリントンを支持する理由はどうやらそれだけではなさそうだ。むしろ根底にあるのは、トランプに対する絶対的な拒否感ではないか。そう聞くと、彼女はこう答えた。「私はヒラリーこそ大統領に適任だと思う。だが彼女を支持する大きな理由は、トランプを支持していないことだ」


 笑顔の絶えないウィルソンは、努めて朗らかにこう切り出した。「私には16歳の黒人の息子がいる。普通、母親が16歳の息子とする会話って、大学はどうするのとか、彼女はいるのかとか、夕食に何を食べたいかとか、そういうことでしょう。もちろん、私もそういう会話をする。でも私は、その間にこういう話も差し込まないといけない。『今日学校で何をしたの? ......ところで今日は、警察に呼び止められなかった?』って」


 アメリカではこのところ白人警官によって黒人男性が射殺される事件が相次ぎ、人種による分断と銃の問題が深刻さを増している。若い黒人男性を息子に持つウィルソンからすれば、全米ライフル協会(NRA)から支持を受けているトランプではなく、銃規制の強化を訴えるクリントンを支持するのは当然なのだろう。しかも射殺事件の根底にある黒人への人種差別は、日常にある身近な問題だ。


 数カ月前、仕事の手伝いをしてもらって夜遅くなる息子を「ウーバー(アプリ1つでタクシーを呼べるサービス)」に登録させたところ、ウーバーを使った息子が警察に職務質問されたという。


 息子が友人と一緒にウーバーに乗って目的地であるタイムズスクエア近くのファミリーレストランに着くと、降りた瞬間に待ち構えていた警官からIDとクレジットカードの提示を求められた。運転手が、乗車してきた黒人少年たちはクレジットカードを盗むなり犯罪的な手法でウーバーを利用したと疑い、車内から通報していたのだ(ちなみにウィルソンの息子は身長が非常に高く、16歳には見えない)。


「人種問題に理解がある大統領かどうかを考えると、トランプはむしろ私たちを分断しようとしており、人種差別をする側だ」と、ウィルソンは言う。「彼の言葉は毒されていて、その毒は私たちに向けられる。彼は人種差別主義者であり、性差別主義者でもある」


「クリントンのほうが、私たち国民を一体化できるチャンスがあると思う。彼女はマイノリティに対してより親身だし、そうしたコミュニティと関わりを持ってきたし、力もある。トランプが大統領になったら、彼の支持者は『自分たち』、つまり白人に属さない人々を堂々と標的にできるようになるだろう。アメリカは、そんな国ではないはずだ。私はアメリカ人として、トランプのような人間が大統領になる可能性があることを恥ずかしいと思う」


参考記事芸人的にもアリエナイ、トランプ・ジョークの末路


 メキシコからの移民を「レイプ犯」と呼び、イスラム教徒に差別主義的な発言を繰り返すトランプは、非白人のマイノリティから見ればアメリカを怒りによってさらに分断させる存在でしかない。


 マイノリティ社会におけるトランプへの反感は支持率上でも明らかで、ピュー・リサーチセンターによる8月の世論調査によれば、黒人の85%はクリントン支持(トランプ支持はわずか2%)、ヒスパニックの50%がクリントン支持(トランプ支持は26%)だった。一方で、白人の支持率はトランプが45%と、クリントンの33%を上回っていた。


 黒人の間でのクリントン支持は、夫であるビル・クリントンが南部アーカンソー州出身の大統領として黒人社会との距離を縮め、「初の黒人大統領」と呼ばれるほど人気だったことも理由だろう。ウィルソンも、経済を好転させて黒人社会にも恩恵をもたらした元大統領の手腕を、妻であるヒラリーに期待していた。


 しかし、マイノリティからの支持がクリントンにとって確固たる強みになるかどうかは、蓋を開けてみないと分からない。すべては、マイノリティの有権者が実際に投票するかどうかにかかっているからだ。


 08年にバラク・オバマが初の黒人大統領になったときには、黒人有権者の投票率は04年の60.3%から65.2%へと飛躍的に伸びた。ヒスパニック有権者の投票率も47.2%から49.9%に伸びたが、白人有権者のそれは67.2%から66.1%に落ちていた。


 08年、黒人有権者はオバマに対する積極的な支持から投票所に向かったのに対して、今年はクリントンへの熱心な支持というより、ウィルソンのようにトランプへの拒否感が動機付けとなるケースも多いだろう。マイノリティ社会がどれほど熱心にクリントンを支援しているか――それは11月8日の投票結果で明らかになる。


参考記事【ニューストピックス】決戦 2016米大統領選


◇ ◇ ◇


 本誌は10月上旬、ニューヨーク州でトランプ支持者とクリントン支持者の声を聞くべく、一般人への取材、撮影を行った。ここで紹介したメルバ・ウィルソンを含む11組の有権者から聞き出した「本音」とポートレートを、本誌2016年11月1日号(10月25日発売)の写真連載Picture Powerにて掲載している。


撮影:Q.サカマキ


写真家/ジャーナリスト。


1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争----WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。


http://www.qsakamaki.com


本誌ウェブサイトで「Imstagramフォトグラファーズ」連載中


※当記事は2016年11月1日号


 p.42〜47の「Picture Power」の関連記事です。




小暮聡子(ニューヨーク支局)


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