この映画を観ればアメリカ政治の「なぜ」が解ける

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2016年11月07日 15:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 アメリカ大統領選の投開票が8日に迫った。異例づくめだった今回の選挙は、選挙戦最終盤にいたっても、民主党候補ヒラリー・クリントンと共和党候補ドナルド・トランプのどちらが勝つか先行きが見えないままだ。なぜトランプのような「独裁者」が正式な指名候補になり得たのか。ヒラリーはどうして嫌われるのか。


 去る10月31日、東京・大手町で開かれたニューズウィーク日本版創刊30周年記念イベントで、藤原帰一・東京大学大学院法学政治学研究科教授が「混迷のアメリカ政治を映画で読み解く」をテーマに講演。アメリカ政治の歴史と大統領選混迷の深層を、映画を縦軸に分かりやすく解説した。映画通としても知られる藤原教授の「青空講義」を、前後編に分けて再録する。


◇ ◇ ◇


はじめに――アメリカン・デモクラシーと大統領


 本日はアメリカの政治を映画から考えていく、大統領の役割を中心に跡付けていきたいと考えています。言うまでもなく、アメリカの最高権力者は大統領です。では大統領の役割とは何でしょうか。日本の首相と比べた場合に、最高権力者というだけでなく、国民の統合、アメリカを1つにまとめる中心的な人物という大きな役割を担っています。


 もともとアメリカの大統領は、イギリスから独立した後に国王がいないので、国王の代わりとして選ぶことになった。ですからアメリカ社会のシンボルとして国民が選ぶのですが、まるで君主のようなシンボリックな役割を担っています。だからこそ、アメリカ大統領に誰がなるかをアメリカ国民は非常に関心を持って見つめているのです。


(1)ルーズベルトとアイゼンハワー、慈父としての大統領


 これを映画で振り返っていきます。最初に触れていきたいのは、フランクリン・ルーズベルト大統領。アメリカのニューディールという時代、1930年代から第2次大戦のさなかまで大統領だった人です。ルーズベルトが大統領だった時代は、ハリウッド映画に政治が頻繁に表現されるようになった時代でもあります......とは言いながら、大統領はあまり登場しないんです。大統領本人は登場しなくて、アメリカの政治が出てくる。


『スミス都に行く』


 1939年、監督/フランク・キャプラ


 アメリカの映画で政治を扱った代表的な作品は、『スミス都に行く』。ジェームズ・スチュワートの代表作の1つだと思います。ボーイスカウト出身のいかにも純真な青年が、議員に立候補する。自分が議員になりたいというよりも、「こいつだったら純真だから国民が受け入れるだろう。だけどボスが好き勝手に操ることができる」という期待で議員に選ばれるのです。しかしながら、彼は政治でいろいろな夢を実現する純真な希望をもっている。ここでボスの要求と自分のやりたいことの間でぶつかり合いが出てくる。ぶつかり合いの中で、最後は政治ボスに対抗して頑張る――という話です。


ニューズウィーク日本版創刊30周年記念イベントでの講演の様子


 この話を聞くと、「ドナルド・トランプとは全然違う」とお考えになるかもしれませんが、トランプに期待しているアメリカ国民のニーズというのはこれなんです。既成の政治家と違う、普通のアメリカ人の考え方を代弁してくれる人がアメリカの政治に登場するという期待感はずっとある。トランプは率直に言ってグロテスクな例だと思いますが、その1つの表れなんですね。ただ『スミス都に行く』には大統領は登場しない。上院議長の副大統領もちょっと顔を出すだけ。言って見れば、大統領はずっと後ろで温かく見守るような存在として背景に出てくるに過ぎない。


『未来は今』


 1994年、監督/ジョエル・コーエン


 その点でまた1つ別の例を挙げたいのですが、『未来は今』というコーエン兄弟の映画です。もちろんこれは政治映画とはまったく違う作品なのですが、アイゼンハワー大統領が出てくる。そして、アイゼンハワー大統領がフラフープを発明した青年に「君のことを誇りに思うよ」と電話を掛けてくる。それだけです。アメリカの大統領が一般の国民に電話をかけること自体が大変なのですが、逆に言うとアイゼンハワーというのは電話を掛けるだけの人。国民を温かく見つめる、慈悲深いお父さんのような存在。ですから、大統領が直接表現されることはあまりない。陰で温かく見守る以上の存在ではない、という時代です。これが劇的に展開するのがケネディの時代です。


【参考記事】CIAとケネディ大統領の「密談」を公開


(2)1963年11月22日、ケネディ暗殺と権力の陰謀


 それまでの大統領と違って、ケネディはテレビを活用した人です。ケネディはニクソン候補とのテレビ討論で大変な成功を収めるんですね。討論そのものはニクソンの勝ちだという人が政治評論家では多かったのですが、国民の反応は圧倒的にケネディに傾いた。ケネディ大統領と奥さんのジャクリーヌはホワイトハウスに住んでいるのですが、それがあたかもアーサー王の宮殿のようだ、ということで、アーサー王を描いたミュージカル「キャメロット」になぞらえるほどでした。


『JFK』


 1991年、監督/オリバー・ストーン


 アメリカの憧れが強まっていたところ、この非常に人気の高い大統領が暗殺される事件が起きました。事件は1963年11月22日に起きるのですが、この暗殺についてはさまざまな陰謀があったのではないか、という疑惑がその後も残ることになる。副大統領のリンドン・ジョンソンが大統領になるように工作したんじゃないかとも言われ、アメリカの政治の闇に関心が集まりました。そして、事件はアメリカ映画と政治の関わりを変えてしまうんですね。アメリカ大統領は背後で温かく見守ってくれる存在という時代だった。それが大統領暗殺事件を契機に、アメリカ社会の裏を描くことへの関心が高まります。オリバー・ストーンという監督は本人も自覚されているように、陰謀説を唱えることが仕事のようになった人。その『JFK』はケネディに関わるさまざまな陰謀をベースにした作品です。


【参考記事】Picture Powerケネディ大統領暗殺をとらえた 市民たちの記録


『パララックス・ビュー』


 1974年、監督/アラン・J・パクラ


 陰謀としての政治、という視点で一番いい仕事をしたのがアラン・J・パクラという監督です。『パララックス・ビュー』という映画はケネディ暗殺がはっきり出てくるわけではないですが、ケネディ暗殺と権力の陰謀をベースにした話です。最初に国会議員が暗殺される事件が映る。そしてその関係者が次々に殺されていく。これはケネディの暗殺について、さまざまな調査が行われると関係者がどんどん死ぬ、なぜだ?ということをベースにした映画です。


『大統領の陰謀』


 1976年、監督/アラン・J・パクラ


『パララックス・ビュー』がパラノイア映画、アメリカは政治の闇に覆われている、というイメージの映画だとすれば、それをさらに拡大することになるのがウォーターゲート事件です。ニクソン大統領が大統領選挙に勝つため、さまざまな工作を行った。実際にワシントンにあるウォーターゲートビルという建物の民主党本部に忍び込んだ。それを取り扱ったのが、『大統領の陰謀』というよく知られた映画です。この映画、ぜひご覧になってください。この映画を観ていないと私の授業の単位を出さない、というのはまったく嘘ですけど(笑)、観ていないと損をする、という映画です。


 左側に映っているダスティン・ホフマンと右側のロバート・レッドフォードが主演で、レッドフォードは実在するワシントン・ポスト紙の記者ボブ・ウッドワードを演じました。このウッドワードがディープスロート、匿名の情報源からさまざまな情報を得て、大統領選挙に勝とうとするニクソンのさまざまな工作を暴いていく、という話です。


 こう言うとこの映画、いかにも説教がましい政治的立場を強調した映画のように思えますが、全然そうじゃない。淡々と映画の画面が流れていく中に、すごく力があります。最初は全体の構成を見せず、だんだん盛り上がる構成で、例えば音楽も最初は断片的にしか出さず、後の方になって音楽全体が出てくる。脚本もよく出来ていて、極めつけの行動は実は画面に出てこないんです。やっとこれで報道に成功するというところで、急に画面が報道する記者がいる部屋に移り、みんなが一生懸命タイプをしている。そこにテレックスの形でニクソンの訴追にいたる情報が映っていく。「最後はハッピーエンドだよね」という期待を宙ぶらりんにして、一番最後を字で表現するのは、観客の操作としては大変優れています。


●特別講義・後編:トランプの「前例」もヒラリーの「心情」も映画の中に


【参考記事】ニューストピックス 決戦2016米大統領選


藤原帰一


東京大学大学院法学政治学研究科教授。東京都出身。幼少期をNY近郊で過ごす。1979年東京大学法学部卒業、フルブライト奨学生としてイェール大学大学院に留学。映画に造詣が深い。




藤原帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)


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  • 今、アメリカは手詰まり感がハンパないんだろうね。数字の上で好調に見える経済も極端に開いた格差を縮めることは出来ないからね。
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