じわじわ恐怖感が募る、『ザ・ギフト』は職人芸の心理スリラー

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2016年11月08日 10:31  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<監督・脚本・主演をこなす新星エジャートンの並外れた才能に圧倒される『ザ・ギフト』>(写真:若い夫婦の前に不器用な男が現れ、平穏な日常がゆっくりと狂い始める)


 血も流れないし、ホラーじみた仕掛けもない。ジョエル・エジャートンの初監督作品『ザ・ギフト』は心理的な要因だけで観客の背筋を凍り付かせる。


 学生時代の恥ずかしい記憶、人と人との関係性の移ろいやすさ、誰もが心の奥に抱える残虐性......エジャートンは鮮やかな手際でそれらを結び付ける。


 殺人鬼や悪魔が大暴れするホラーを期待していたら、がっかりするだろうが、先入観なしで見たら斬新な手法に舌を巻くはずだ。


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 サイモン(ジェイソン・ベイトマン)とロビン(レベッカ・ホール)は若い夫婦。ロサンゼルス近郊の閑静な邸宅に引っ越して新生活を始める。


 こまやかな気遣いで互いを支える2人は理想的なカップルのようだ。ところが、サイモンが高校時代の同級生ゴード(エジャートン)にばったり出会ったときから、何かが狂い始める。さほど親しくなかったのに「旧交」を温めたがるゴードに、サイモンは迷惑顔だ。


 偶然の出会いの後、サイモンとロビンの家の前に次々に贈り物が置かれるようになる。毎回カード付きでゴードのメッセージが添えてある。サイモンはゴードのあだ名が「変態」だったことを思い出し、押し付けがましい振る舞いにいら立ちを隠さない。一方、ロビンは人をバカにする夫に対して軽い反発を感じ、ゴードはただ自分たちと友達になりたいだけなのだと好意的に解釈する。


 だが薄気味悪いディナーに招いたり、贈り物がどんどん高価なものになったりと、ゴードの奇妙な振る舞いはエスカレートするばかり。ついに夫婦は彼との付き合いを断つことにした。


 ゴードが寄こした謎めいた謝罪の手紙がきっかけで、ロビンは過去に夫とゴードの間に何かあったのでは、と疑いだす。やがて事実が明らかになる。虚偽に覆われた正体不明の人物はゴードだけではなかった。


終盤はやや急ぎ過ぎか


 エジャートンがメガホンを取るのはこれが初めてだが、13年公開のスリラー『ディスクローザー』では主演に加え脚本を担当している。翌年の『奪還者』でも原案に参加しており、ストーリー作りはお手の物だ。


 主役の3人はどこにでもいそうな人物。映画が展開するにつれてさまざまな側面を見せるが、3人とも完全な悪役ではない。


 彼らが繰り広げるドラマは一見すると脈絡がないが、実は緻密に計算され尽くしている。最後の最後まで先の読めない展開に、観客はぐいぐい引き込まれていく。


 エジャートンの才能は言うまでもないが、徐々に高まるサスペンスを支える夫婦役の2人の演技も見逃せない。


 ロビン役のホールは『トランセンデンス』や『ザ・タウン』でヒーローの相手役を務めて注目を浴びた。今作では、正体不明の男に戸惑いつつ、夫に次第に不信感を募らせるロビンの心の揺れを繊細に演じている。


 ベイトマンはコメディーで知られる役者だが、誠実そうなうわべに狡猾な顔を隠したサイモンを見事に演じ切った。


 エジャートン演じるゴードはいかにも不器用な男だ。おずおずとした表情で相手の様子をうかがい、言葉に詰まりながら自虐ネタを話すゴードは何とも言えず薄気味悪い。


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 上映時間108分には不要な場面は1つもない。あらゆる要素が緊迫感を高め、張り詰めた糸は緩むことなく驚きの連続のまま衝撃のラストを迎える。


 難を言えば終盤はやや急ぎ過ぎた感もあるが、中盤まで抑えに抑えた展開だから、いきなり慌ただしくなった感じがするのだろう。映画を見終わってみれば、新人監督の並外れた力量にただただ圧倒されるのみだ。


<映画情報>


THE GIFT


『ザ・ギフト』


監督/ジョエル・エジャートン


主演/ジョエル・エジャートン


   ジェイソン・ベイトマン


   レベッカ・ホール


日本公開中




[2016.11. 8号掲載]


エイミー・ウエスト


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