シカゴ・カブス108年ぶりの優勝は、トランプ現象とは無関係 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2016年11月08日 17:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ワールドシリーズで108年ぶりの優勝を果たしたシカゴ・カブズの快挙を、庶民カルチャーの勝利でトランプ躍進の象徴と言うメディアもあるが、実際には人種混合チームがカブズの強さであり、そのような解釈は見当違い>(写真:ヘイワード〔写真中央〕ほか優勝の喜びを分かち合うカブスの選手たち)


 MLBのワールドシリーズは第七戦までもつれる名勝負となった結果、シカゴ・カブスが108年ぶりに優勝しました。有名な「ヤギの呪い」を解くことに成功したのです。ところでアメリカのメディアでは、この「カブス優勝」はアメリカの庶民カルチャーの勝利で、「トランプ躍進の象徴」だという解説があちこちで見られます。果たして本当にそうなのでしょうか?


 確かに、現在のカブスのオーナーである富豪のトム・リケッツという人は、有名な共和党の「タニマチ」で、しかも今回はトランプ支持を表明しています。基本的には「自分のカネ」で選挙戦を進めるというトランプですが、リケッツはそのトランプに大口の政治献金をしている珍しい存在です。


【参考記事】イチロー3000本安打がアメリカで絶賛される理由


 ですが、今回このカブスを優勝に導いたカルチャーは「トランプ的」なものとは無縁といいますか、ほとんど正反対だと言えるでしょう。まず、何と言ってもカブスの強さは「人種間統合」にあります。


 例えば第七戦を決定づけたエピソードで、10回の攻撃に進む際に降雨のために試合が20分ほど中断しました。実は、この時点でカブスは完全に追い詰められていました。一旦は5対1と4点リードしていた試合だったのですが、抑えのチャプマンが打たれて6対6の同点に追いつかれてしまったのです。


 打たれたチャプマンが涙をこぼすなど、沈滞気味のナインに対して、外野の名手ジェイソン・ヘイワード選手が率先してロッカールームでミーティングをしたそうです。本人が後に語ったところでは、ヘイワードはナインに対して、次のように語ったということです。


"I told them I love them. I told them I'm proud of the way they overcame everything together. I told them everyone has to look in the mirror, and know everyone contributed to this season and to where we are at this point. I said, 'I don't know how it's going to happen, how we're going to do it, but let's go out and try to get a W.'"(「俺は、チーム全員への愛を語ったんだ。何があっても、みんなで乗り越えてきた、そのことを俺は誇りに思うんだ。みんな、鏡を見ろよ、そうすれば分かるさ。全員がこのシーズンに、そして今ここにいるということに、全員が貢献したってことをさ。さあ、これから何が起きるか、どんな戦いになるかは分からねえ。でも、何でもいいから、とにかく行こうぜ。そして優勝をつかもうじゃないか」)


 かなりラフな意訳ですが、要するに自分たちらしさ、つまり全員の総合力で勝っていこうという「激」です。いい意味のアメリカの「体育会カルチャー」であり、そこでナインは蘇ったのだと言います。


 このヘイワード選手は、ジョージア州育ちのアフリカ系アメリカ人ですが、両親は必ずしもジョージアの出身ではなく、名門ダートマス大学で出会ったという知的な家庭の出身です。ですが、ヘイワード自身はジョージアの地元に根ざして、高校時代から野球で頭角を表し、プロのキャリアはアトランタ・ブレーブスから出発しています。


 一方で、この「激」の時点で下を向いていたチャプマン投手は、キューバのナショナルチームで活躍し、2009年にアメリカに亡命して来ています。そのチャプマン投手は、9回に自分が打たれてゲームを同点にされたわけですが、このヘイワード選手の「演説」でチームが蘇り、最終的にチャンピオンになった瞬間には、ナインの中で最も喜んでいました。チャプマンがキューバなら、若手セカンドのハビア・バエス選手はプエルトリコ出身ですし、捕手のコントレラス選手はドミニカ出身です。


 そんな選手たちの喜怒哀楽を、微笑みを浮かべながらもクールに統率していたマッドン監督は白人というわけで、とにかく、このカブスが見せた一体感というのは、人種統合の成せる技であり、他でもない21世紀のカルチャーの産物のように思います。


【参考記事】トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」の真実


 野球と人種の関係では、白人優位を嫌って黒人のアスリートたちがバスケやフットボールに流れるという現象が20世紀末には顕著にありましたし、中南米からの選手たちが自分たちだけでまとまる傾向もあったりと、様々にギクシャクした人間模様があったことは事実です。ですが、この2016年のシカゴ・カブスは、ヘイワード選手などのリーダーシップによって、これまでの野球界とは違ういい形での統合を達成していたし、それが強さの秘密だったと思います。


 その意味で、オーナーがトランプ支持だとか、漠然と中部の古い伝統球団が勝ったということで、このカブスの優勝のドラマを「大統領選の波乱」、特に「トランプの勢い」に結び付けるのは少々見当違いでしょう。



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