都会の部屋は「狭い」がクール

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2016年11月15日 11:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ロンドンやニューヨークにもミニ住宅が登場。若者たちの重要が支える狭小アパートブームの行方は?>(写真:マイクロアパートの先駆けだった東京・銀座の中銀カプセルタワー〔2014年〕)


 ロンドン北部の少し寂れた地区サマーズタウンに近い将来、「タワーマンション」が登場する。25階建てのブリルプレース・タワーだ。


 ただし、ブリルプレースは普通のタワーマンションではない。設計した建築デザイン事務所dRMMが「マイクロタワー」と呼ぶ建物は細長いビルを2つ組み合わせた形で、敷地面積はわずか350平方メートルほど。ロンドンのサディク・カーン市長が後押しする地区再生計画の一環で、今年6月に建築許可が下りた。


 建築の好みは人それぞれとはいえ、ブリルプレースは時代の先端を行く物件だ。完成した暁には、この狭い建物に54戸の「ユニット」、つまり寝室が1つまたは2つの住戸が誕生する。


 民間の不動産開発事業だから販売価格は安くないはずだが、広さは期待できない。dRMMによれば、最も狭い住戸の面積は約54平方メートルだ。


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 世界の大都市にはさらに狭い物件もある。例えばニューヨークのマンハッタン南部に今年完成した9階建ての集合住宅、カーメルプレースは市内初の「マイクロアパート」。マイケル・ブルームバーグ前市長時代に推進された低・中所得層向け住宅建設の第1弾として、建築事務所nアーキテクツが設計した。


 総戸数55戸のカーメルプレースの賃料は最低でも月額2650ドルだが、大半の部屋は24平方メートルほどの広さしかない。これだけの面積にシャワーやキッチン、収納も備えた賢い間取りは、部屋というより「通路」に暮らす印象だ。


 こんな超ミニサイズの住居が建てられる背景には、若者にとってはカフェやカルチャーの場がひしめく都市全体が生活空間だから、自宅は狭くても構わないという考え方がある。


 世界各地の都市で人口が急増するなか、若者や生活の縮小を望む退職者のニーズに見合った住宅の需要は大きい。となれば、狭小アパートが流行するのは当然の流れだ。


 こうした動きは目新しいものではない。都市に「狭くて便利」な住居を建設する試みは、1世紀ほど前から何度か行われている。


狭小の元祖は銀座の中銀タワー


 日本では60年代後半、手頃な家を求める若年層やサラリーマン家庭が郊外の住宅地へ流出し、通勤ラッシュが深刻化した。問題を解決すべく建設されたのが、東京・銀座にある中銀カプセルタワービルだ。


 建築家の黒川紀章が設計し、72年に竣工したこの集合住宅は、プレハブ式の140のカプセル(部屋)をコンクリートコアシャフトにボルトで固定する構造で、理論上はカプセルの交換も可能だ。各カプセルの床面積は10平方メートル。室内には作り付けの家具や電化製品、超ミニサイズのユニットバスがある。


 ミニ自動車やミニスカートが流行し、テクノロジーの進歩が全面的に肯定されていた当時、中銀カプセルタワーは称賛された。だが今では、立派なオフィスビルに囲まれて哀れな姿をさらしている。


 給湯設備が老朽化したため、建物内では数年前から温水が使えない。おしゃれな未来空間だったカプセルの多くは、今や閉鎖されたか、倉庫や事務所と化している。


マンハッタンで建設中のカーメルプレース Richard Levine-Corbis/GETTY IMAGES


独身者にはいいけれど


 物珍しさもあり、民泊サービスのAirbnb(エアビーアンドビー)で貸し出されている部屋もあるが、カプセルは住居としては狭過ぎる。黒川が生んだ大量生産型の都市住宅は風変わりな建築としては愛されても、住宅市場に受け入れられる物件ではなかった。


 さらに哀れなのが、モスクワのナルコムフィン・アパートメントだ。ソ連時代の建築家モイセイ・ギンズブルグとイグナティ・ミリニスが手掛け、32年に完成したこのユニット形式の集合住宅は、キッチンや洗濯室を共同で使う設計だった。


 社会主義的住居の手本とされた傑作だが、住人は独立した生活を望み、思惑どおりにはいかなかった。現在はアーティストのアトリエなどとして使用されている以外は空き室ばかりで、厄介者扱いされている。


 04年、ショッピングセンターのオープン式典で、当時のモスクワ市長ユーリ・ルシコフは老朽化したナルコムフィンを指してこう言ったという。「あんなゴミではなく、真新しいショッピングセンターがこの町にあるのはうれしいことだ」


【参考記事】光と優秀な人材を取り込む「松かさ」型ラボ


 こうした失敗にもかかわらず、理想を抱く都市計画の専門家や建築家はミニマル住宅の普及を推し進めている。その一例が、中銀カプセルタワーと同様の発想に基づくプロジェクト「カシータ」だ。


 生みの親である環境学者で起業家のジェフ・ウィルソンは、床面積約3平方メートルの金属製ゴミ収集庫を住居に改造して暮らしたことで知られる人物。カシータの住居はワインラックにボトルを入れるように、鉄鋼製のプレハブ式ユニット(面積は約30平方メートル)をフレームにはめ込む仕組みになっている。


 目的は住居の可動性だ。引っ越すときはユニットを引き抜いてそのまま運び、転居先のフレームにはめ込めばいい。


 確かに、住まいを丸ごと移動するというアイデアには魅力がある。しかし狭小アパートに付きまとう大きな疑問は拭えない。都会のマイクロハウスは独身の若者にはいいかもしれないが、その若者が誰かと出会って、家庭を築くことになったら?


 多くの場合、彼らはもっと広い家に引っ越すだろう。ミニサイズの家が増えるほど、都市中心部の人口流動性は高まる可能性がある。言い換えれば、住民の入れ替わりが激しくなり、安定したコミュニティーの形成が阻まれるということだ。


 再びブームを迎えた極小アパートはいずれナルコムフィンのように疎まれ、誰も住まない廃墟になってしまうのか。マイクロタワーは時代の先端かもしれないが、人間の生活は時とともに移り変わる。最低限のスペースで暮らし続けるのは、多くの人にとって無理な話だ。



[2016.11.15号掲載]


ジョナサン・グランシー(建築・デザイン担当)


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