日本ロボット学会会長が語るヒューマノイドロボットの未来【前編】

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2016年11月19日 10:11  FUTURUS

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ヒューマノイド(人間型)ロボット研究の第一人者であり、日本ロボット学会会長でもある早稲田大学のヒューマノイド研究所所長の高西淳夫教授に話をうかがった。前後編でお送りする第1回は、「ロボット研究とは何か?」という“そもそもの話”を、最新研究の成果も交えてご紹介しよう。

ロボティクスは人の願望を実現するための研究

──研究開発責任者として取り組んでいる「WAREC−1」は、ヒューマノイド(人間型)とはずいぶんと異なるロボットのようですね。

「WAREC−1」は、2014年から早稲田大学高等研究所の橋本健二助教、三菱重工業株式会社と共同研究を進めている災害対応ロボットです。自然災害や老朽化したインフラ事故の現場を想定し、人間の代わりに作業できるロボットを目指しています。

4つの脚を持っていますが、1脚ごとに7自由度、全体で28自由度の動きができ、4脚歩行だけでなく起ち上がって2脚歩行も可能です。人間のようにハシゴを昇降したり、従来の4脚ロボットでは困難だった足場が崩れる危険もあるガレキの上も、頑丈なボディを押しつけることで腹ばい移動することもできます。将来的には背中に人や荷物を載せた移動も実現予定です。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=s4JrwrfcsXE]

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人間は約600種類の筋肉を持ち、さまざまな動きや活動を可能にしていますが、同じ数のモーターをロボットに付けたら重たくて歩くことすらできません。「WAREC−1」は、災害現場という過酷環境での移動や作業をするための機能を持たせていますが、その実現には、これまでのヒューマノイドロボットの研究実績と技術が土台となっています。ロボット研究とは「人間とは、どういうふうに出来上がっているのか?」をエンジニアリングの視点から解明していくこと。人間には腕と脚があり、役割が分担されていますが、あえてその違いを無くし、4つの脚を自由に動かすことでユニバーサルな環境下で対応できるロボットが誕生しました。

ヒューマノイドこそがロボットらしいロボット

──「ロボット」は、必ずしもヒューマノイドが理想というわけではない?

僕自身は、ヒューマノイドこそがロボットらしいロボットだと思っています。紀元前の「ギリシャ神話」にも「タロス」という青銅の巨人が出てきますし、古くから人間の代わりに働く人間の形をした機械への願望が強くあったと考えられます。それが「ロボット」という言葉で明確になるのは、チェコの作家、カレル・チャペックが戯曲の中で使った1920年以降ですが、これによりヒューマノイドのロボットのイメージが明確になりました。

しかし、人間の願望は、多様で個別的なものです。工場の生産現場の作業を代行するには、人間と同じ手首や肘など複雑な仕組みまではいらない。アームに物がつかめる先端があればいい。部屋の床掃除をする掃除機ロボット、常に操縦桿を握らなくても位置指定をすれば目的地まで飛ぶドローンなど、願望実現の機能さえあればとブレイクダウンしてニーズに対応し、広まっているのが現状です。

ロボット開発の基本技術は、センサー、アクチュエーター(モーターやシリンダー)、コントローラーの3つ。これが機械の中に入り、求める動作をする。さらに現在では、これにインテリジェント化が加わり、自立という4つ目の要素が含めたものが「ロボット」というキーワードで括られて、いろいろな技術領域に広がり始めています。自動車などは、それが体感できる分野でしょう。「ロボティクス(ロボット工学)」という言葉は、今、「人間の願望の実現」という意味でとても大きな可能性を持っているのです。

他人の抱えている課題をロボットで解決する喜び

──ロボット研究の成果は応用範囲が広い?

研究所で学んだ学生たちは、卒業後に全員がロボットメーカーに行くわけではありません。実は、世界トップの産業ロボットの生産国である日本であっても、国内の産業ロボットの市場は全部で数千億円程度。大手自動車メーカー1社の規模より小さいのです。しかし、ロボット研究から生み出される技術は、自動車メーカーや家電メーカーも必要としていて、そうした現場で実用技術として実現化されています。

そうしたロボット研究の産業への貢献は30年も前からあることなのですが、21世紀になってからの顕著な傾向として機械の高性能化がより求められるようになりました。精密で高度な部品、高い情報処理能力を持つコンピューターにより、以前は実現が難しかった製品もアイデアさえ有ればどんどん生み出せるようになってきました。「ロボット」は、そうした未来に向けたトレンドを示すキーワードとしても捉えられるようになりました。

──裾野の広さを考えると、ロボット研究をする上では、どのような心構えが必要とされますか?

私の研究所では、二足歩行に始まり、ヒューマノイドを動きだけでなく感情面でも研究し、音楽、医療、スポーツなどさまざまな分野のロボット研究を行ってきました。一見すると、とりとめもないあれこれに取り組んでいるように見えるかも知れませんが、そこで極めているのは、センサー、アクチュエーター、コントローラーの3つの機械技術です。

何かの課題を抱えている人がいっぱいいます。それを受け取り、それらの機械技術を応用し、ロボットとして課題解決を実現する。それが“ロボット屋”の醍醐味です。サイエンスは、未知なるものを解明する行為。その欲求があればこそ、人類は高度な知能を獲得できました。一方、エンジニアリングは、目の前の課題、たとえば飢餓で苦しみ不衛生な水で感染症の危機にある子どもを見たなら、水を浄化し、バクテリアを防ぐフィルターを開発するといった方法で、研究者が社会と関わるための手段のようなもの。大きく言えば、人類の幸せのためにエンジニアリングはあるのだと僕は考えています。

研究の動機となるのは、相手の存在です。その人たちの希望に添えた物を作り出す、あるいはそこに近づけることができた時に、よろこびというか、やっていて良かったなと感じますね。

日本のロボット研究は江戸時代と重なる

──ロボット研究に必要なのは、積極的な社会との関わりを持つ姿勢ということでしょうか?

ええ。ロボット研究者に限らず、広くエンジニアにとって、社会的なコンテキスト(文脈)がどうあるかで、取り組みの結果、進むべき先は大きく違ってくると思います。

たとえば、今、もしも日本が戦争をしていたのなら、我々は全員が兵器の開発をしていることでしょう。70年以上、これだけ長い間、平和な時代が続いていればこそ、ロボット研究も、暮らしや医療、サービス分野などに役立つ技術の実現のためにどんどん使えるわけです。

それとよく似た状況が、江戸時代だったと僕は考えます。現代人をも驚かす、精密なからくり人形を作ったのは、それまで槍や弓、武具を開発し作ってきた職人たちでした。平和な時代に職を失い、その技術を人を驚かす、喜ばすものに使い、それを見せて全国を回った。そして、江戸時代という260年間におよぶ平和な時代が続く中で、寺小屋教育が広まり、世界でもまれに見る識字率の高い社会が実現。明治維新の前から、多くの人が高度な知識を持ち、専門用語も日本語に置き換えて知識を普及させていた。だからこそ、外圧で開国を強いられても、植民地化されることなく、独自の近代化をスタートさせることができました。

ちなみに明治期の大学は、東京帝国大学も多くの私学も開校当時は英語やドイツ語で授業をしていました。しかし、早稲田大学は学問の自主性を重んじ、日本語で講義をしていたそうです。

ロボット研究の発展にはさらなる多様性が必要

──日本ロボット学会の会長として見た時、これからの日本のロボット研究に何を期待されますか?

日本ロボット学会は1983年に設立されました。当初は国内の研究者を対象にした活動が主でしたが、欧文論文の学会誌も30年前から発刊しています。これは年間24号も出していて、国内研究者はもちろん世界中から論文が投稿されています。こうしたグローバルな研究舞台で活動できる研究者を育成していくことが重要です。

また、これまでのロボット研究が、さまざまな産業界の要請に応えて発展してきたことも踏まえ、産学連携の強化、さらには他の分野の学会との連携も重視しています。サービス学会、人工知能学会など異分野の学会との協力が始まったところです。原発事故以降は、日本原子力学会との連携も進み、この国家的な課題でもロボット研究が果たす役割は大きいと思います。

我々のロボット研究が、もっともっと広い領域から感心を持たれるようになり、実際にその技術が使われることで、社会をもっと良くする、人びとが幸せになれる、その変化のトリガーとなれればと思っています。(了)

【後編】では、高西教授のこれまでのロボット研究や実用化された技術などを振り返りながら、「日本のロボット研究の強味」とは何かを見ていく。

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