トランプが財務相に選んだムニューチンの「貧困層いじめ」疑惑

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2016年12月01日 17:21  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<トランプが財務相に起用したムニューチンも商務相に起用したウィルバー・ロスも、弱った会社を買収し、リストラで再建するのを得意としていた。トランプが公約した製造業の復活や雇用創造につながるのか>


 ドナルド・トランプ次期米大統領が財務長官に指名したスティーブン・ムニューチン(54)は、ゴールドマン・サックスで働いた後ハリウッドは大作映画を製作し、選挙戦の間はトランプ陣営の責任者を務めていた。トランプの多くの取り巻きと同じく、純資産4000万ドルと言われる富豪でもある。


 米上院で指名が承認されれば、ムニューチンは所得減税やFTA(自由貿易協定)、インフラ建設などの成長政策を指揮することになる。


 同日に商務長官に指名された知日派のウィルバー・ロスも投資家で、買収ファンドを通じた企業再建を得意とするが、「ハゲタカ」の批判もある。ムニューチンも同じだ。


トランプが蘇らせるウォール街


 大統領選中に民主党候補のヒラリー・クリントンとウォール街の近しい関係を激しく批判したトランプの経済閣僚がいずれも投資家とあって、リーマンショックで力を失ったウォール街は歓迎ムードだ。


【参考記事】ウォール街を出しぬいた4人の男たちの実話


 ムニューチンについて知っておくべき5つのポイントを挙げる。


1)父子2代でゴールドマン・サックス出身


 父親のロバート・ムニューチンは米証券大手ゴールドマン・サックスのトップトレーダーから美術商に転じた人物。息子のムニューチンもエール大学卒業後、22歳でゴールドマン・サックスに入社し、17年間勤務して2002年に退社した。


【参考記事】ゴールドマンの過労死対策、「勤務は午前0時まで」


 ゴールドマン・サックスでは政府債、モーゲージ証券、短期金融市場商品、地方債の取引を監督し、最終的にはCIO(最高情報責任者)を務めた。


 ゴールドマン・サックスは民主・共和両党に政治的影響力を持つ証券大手として知られる。議会に承認されれば、ムニューチンはゴールドマン・サックス出身の3人目の財務長官となる。ビル・クリントン時代のロバート・ルービン、ジョージ・W・ブッシュ時代のヘンリー・ポールソンもゴールドマン・サックス出身の財務長官だった。


【参考記事】AIG「強欲復活」は米景気回復のサイン?


2)ソロスの下で働く


 大富豪の投資家ジョージ・ソロス率いるソロス・ファンド・マネジメントと、その関連会社SFMキャピタル・マネジメントで一時期働いた。ソロスはリベラルな政治運動や政治家に多額の寄付をしていることで知られ、今回の大統領選では民主党候補ヒラリー・クリントン陣営の資金集め団体「プライオリティーズUSA」に多額の献金を行った。


 ムニューチンがソロスとどの程度親しかったか、そもそも付き合いがあったかどうかは不明だ。


 ムニューチンは2004年に独立して、自身のヘッジファンド「デューン・キャピタル・マネジメント」を設立。ブルームバーグ・ニュースによると、「ソロスが何億ドルも出資した」このファンドは、少なくともトランプの2件の開発事業(ハワイのワイキキとシカゴのプロジェクト)に投資している。


3)民主党に献金


 政治資金監視のNPO「民意を反映する政治センター」の調べでは、ムニューチンは2008年の大統領選でヒラリー・クリントンとバラク・オバマ、2004年にはジョン・ケリー、2000年にはアル・ゴアと、民主党の候補に多額の献金をしてきた。議会選でも多数の民主党候補に献金している。


 一方で、2012年の大統領選でミット・ロムニー陣営を支援するなど、数人の共和党の政治家にも献金しているが、12年以前の民主党候補への献金額のほうがはるかに多い。


『アバター』を製作


 今回の大統領選と議会選では、上院議員選挙に出馬した民主党のカマラ・ハリス(カリフォルニア州)に2000ドル、共和党全国委員会に1万ドル、トランプ陣営に2700ドルの献金を行い、今年5月からはトランプ陣営の財務責任者として資金集めに奔走した。


4)ハリウッドに進出


 ムニューチンは映画のプロデュースを手掛けるデューン・エンターテインメントを設立。その後、映画監督のブレット・ラトナー、実業家のジェームズ・パッカーと組んで、社名をラットパック・デューン・エンターテインメントと改称した。


 同社は世界で28億ドルの興行収入を稼いだ『アバター』をはじめ、『アメリカン・スナイパー』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『X−MEN』シリーズなど多数のハリウッドのヒット作を製作している。


5)ワンウエスト銀行問題


 トランプは破綻した銀行を買収して再建し、その後の売却で多額の利益を上げたムニューチンの手腕を高く評価している。だが、議会での指名承認手続きでは、民主党にこの点を追及されそうだ。


 トランプはムニューチン起用の理由をこう語った。「彼は(カリフォルニア州の住宅金融大手)インディマック銀行を16億ドルで買い、プロのやり方で経営を立て直し、34億ドルで売却した。我が国の顔となる私の政権には、まさにこういう人物が必要だ」


 ムニューチンは09年に投資パートナーと共同でインディマック銀行を買収。社名をワンウエスト銀行グループに変更し、CEOに就任した。ワンウエス銀行に対しては、市民団体が強引な差し押さえや融資差別などに抗議して当局に調査を要請し、多数の訴訟も起きている。ムニューチンらは15年にワンウエスト銀行をCITグループに売却した。


 住宅バブルの最中に見境のない融資を行ったインディマック銀行は、サブプライムローン危機で経営破綻に陥り、米連邦預金保険公社(FDIC)の管理下に置かれた。


 市民団体「カリフォルニア・リインベストメント・コアリション」のケビン・スタインによると、ムニューチン率いるワンウエスト銀行になってからも、低所得層を食いものにする体質は変わらず、ローンの支払いが滞るとすぐさま抵当物件を取り上げる「差し押さえマシーン」だったという。


 スタインによると、差し押さえられた住宅は3万6000戸に上る。FDICはワンウエスト銀行に10億ドルを支払って、これらの抵当物件を引き取った。「ブルーカラーの庶民」がようやく持てたマイホームを取り上げて、「富豪の投資家たち」が大儲けしたと、スタインは怒る。


 議会の指名承認プロセスでこうした批判にきちんと応えられなければ、親子2代にわたる「ウォール街の申し子」ムニューチンには「貧困層いじめ」疑惑が付いて回りかねない。




フレッド・ルーカス


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