つらいおなかの悩みを救う「低FODMAP」食事療法って?

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2016年12月10日 11:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<慢性の腹痛や下痢、便秘......過敏性腸症候群の症状緩和には短鎖炭水化物の摂取を減らす治療が有効>(写真:キアヌの実の上に焼き野菜とホウレンソウをのせ、低脂肪のヨーグルトをトッピングしたIBS患者向けメニュー)


 ボストンの栄養士ケイト・スカーラタは2年前にある専門家会議で、目標は「IBSをもっとセクシーに語ること」だと宣言して参加者の笑いを誘った。彼らは今頃、もっと真剣に受け止めればよかったと後悔しているかもしれない。


 IBSとは、過敏性腸症候群のこと。スカーラタは、この病気をはじめとする胃腸の機能障害に悩む数百人の患者に手を差し伸べてきた。数年、時には数十年も下痢や便秘、腹部の膨満感やガス、腹痛などのつらい慢性症状に苦しんでいる人々だ。


 排泄物やおならの話が絡む胃腸の悩みを大っぴらに語ることはタブー視されていると、スカーラタは言う。「それでも、私がパーティーの席などで自分の職業を明かすと、近くにいる人たちが身を乗り出すようにして質問してくる」


 スカーラタはそんな人々やIBSの患者に、「発酵性のオリゴ糖、2糖類、単糖類、ポリオール」の説明をする。この4つをまとめた略語がFODMAP。小腸で吸収されにくい「短鎖炭水化物」のことだ。


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 このFODMAPがIBSを含む胃腸疾患の元凶であることを示す研究が増えている。小腸でうまく吸収されないFODMAPは、やがて大腸に入る。それを大腸内の細菌が食べ、水素やメタンのようなガスを出す。


 このプロセスが大腸を膨張させ、腸壁の神経が痛みの信号を脳に送る。症状は断続的な場合も慢性的な場合もあるが、FODMAPの少ない食事を取れば、多くが改善するようだ。


 スカーラタを含む多数の栄養士や医師によると、胃腸疾患の症状に悩む人が「高FODMAP食品」を控えると、驚くような変化が起きる。その多くは、リンゴ、ヨーグルト、ナッツ、全粒小麦、低脂肪乳など医師たちが長年、胃腸疾患の患者に摂取を推奨してきた食品だった。


ブームを狙う食品会社


「低FODMAP」の食事療法が、IBSの腹痛に有効なことを示す研究も増えている。例えば先日、ミシガン大学病院の研究者が学術誌ガストロエンテロロジーに発表した論文によると、50%以上の患者に症状の改善が見られた。61%の患者は6週間の食事療法で生活の質が全面的に改善した。


 アメリカでは人口の20%がIBSに悩んでいる。15年に全米胃腸病学協会が3200人のIBS患者を対象に実施した調査によると、回答者の3分の1がすぐにトイレを使えない状況は避けるようにしていると答えた。


 また、多くの回答者がIBSから解放されるのなら、人生の大切な楽しみを1カ月我慢してもいいと答えた。インターネットを止めてもいいという回答は全体の半分近く、セックスでもいいという回答も40%あった。


 それを考えれば、大手食品会社が低FODMAPに目を付けるのも不思議ではない。10月には、ネスレの一部門ネスレ・ヘルスサイエンスが、低FODMAP食品の第1弾として「プロノーリッシュ」を発売した。


 患者はこのような商品を待ち望んでいたと、スカーラタは言う。特に低FODMAP食事法を始めたばかりで、食品ラベルをいちいちチェックする大変さに困惑する時期はそうだ。しかも短鎖炭水化物は、市販食品のほぼすべてに含まれる。


 最近の研究によれば、IBSの原因の1つは、患者の腸内の微生物群(マイクロバイオーム)のバランスの乱れにあることが分かってきた。病気や不適切な食生活によって、「善玉菌」が腸内で減少して微妙なバランスが崩れると、IBSや食物アレルギーを引き起こす可能性があるらしい。


 食品メーカーは広告宣伝活動を通じて、「腸の健康」という概念を消費者に売り込んできた。一部には不正確で説得力に欠ける主張もあったが、それがマイクロバイオームに対する一般の関心を高める要因の1つになり、食品・栄養補助食品業界に巨額の利益をもたらしている。


 今では腸内バランスを保つことが消費者の間でブームになり、食品メーカーはあらゆる製品に善玉菌を加えている。アメリカの法律では、例えば善玉菌入りのシリアル食品が腸内環境を変える効能があると宣伝することはできないが、多くの消費者は健康にいいと思い込んでいる。


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 こうした健康食ブームの背景には、消費者の「自己診断」がある。低FODMAP食品も同じような形でブームになる可能性がある。IBSの患者には切実なニーズがあり、インターネットで検索してこの種の食品に期待する人々もいるはずだ。


食べる楽しみを奪わない


 一方、IBSの処方薬は数が少なく、効果がある患者は全体の30%前後にすぎない。そのため専門家は、もっぱら食生活の改善に力を入れている。


 低FODMAP食事法では、このカテゴリーに属する糖類を含む食品を避けなくてはならない。オリゴ糖は小麦、ライ麦、ニンニク、タマネギに含まれる。2糖類を含むのは、牛乳(乳糖)、焼き菓子(ショ糖)、麦芽由来の飲料(麦芽糖)など。単糖類は蜂蜜、一部の果物に含まれ、ポリオールはソルビトール、マンニトール、キシリトール、イソマルトといった無糖の甘味料だ。


 この食事療法を実践するのは大変なので、ルールを厳密に適用するのは初期段階だけというケースが多い。栄養士や医師はこの食事療法を通じて、患者がFODMAPのどの糖に耐性がないかを判断する。


 食事療法を始めた当初は、リストに載っている全食品を避ける。この「完全排除」を数週間続けたら、食品テストの段階に入る。リストの食べ物を1つずつ順番に試し、どれが患者の症状の原因なのかを調べるのだ。


「食事制限の初期段階で症状が改善するのが理想だが、その後の食品テストも重要だ」と、ニューヨーク大学ランゴン医療センターのカテリーナ・オネート医師は言う。「(症状の原因を特定できれば)食事メニューの自由度を広げることができる」


 つまり、目標は患者から食事の楽しみを奪わない治療法だ。



[2016.12. 6号掲載]


ジェシカ・ファーガー(ヘルス担当)


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