子どもたちが未来の選択肢を奪われる国 ホンジュラスと若者ギャング団「マラス」の今

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2016年12月13日 20:02  新刊JP

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『マラス』(集英社刊)
中米の小国ホンジュラス。
北と東をカリブ海に面した人口約810万人のこの国は、北中米最貧国の一つとして知られている。主な産業はバナナやコーヒーの栽培。経済規模は日本の鳥取県と同じレベルだ。

そしてこの国は、「世界一治安の悪い国」としてたびたび名前が挙がる。

一般市民の間にも麻薬が出回り、暴力をともなう犯罪が日常的な光景となっている。そしてそうした犯罪は大人だけではなく、子どもたちを巻き込んだものだ。

フリーのジャーナリストであり、学生時代からラテンアメリカの貧困問題と関わってきた工藤律子さんは、2014年9月、とある理由からこのホンジュラスという危険な国を取材することになった。

 ◇

――工藤さんは首都のテグシガルパと第二の都市であるサン・ペドロ・スーラで取材を行っています。特にサン・ペドロ・スーラは最も治安の悪い都市としても有名ですが、どのような雰囲気なのですか?

工藤:まず、私たちがイメージするような「都市」というような場所ではなく、行ってみるとかなり田舎です。テグシガルパも人口100万人を超えているけれど、「本当に首都?」と思うくらいに小さいイメージです。

サン・ペドロ・スーラはこじんまりとした町で、ちょっと都会かなと思えるところは、中心部だけ。あとは結構農村のような雰囲気ですね。

だから、初めて行くと、なぜ危険なのかが分からないと思います。でも警察や軍警察の車両とよくすれ違うなあという感じで。



――貧富の差は大きいのですか?

工藤:はい。貧困層が圧倒的多数なので、国全体を見ると貧しい人しかいないと思うかもしれません。もちろん富裕層もいますが、少数です。代々お金持ちで、米国を中心とする外国資本と組んでビジネスをしているので、お金は米国や富裕層にばかり流れます。こうした構造がある限り、貧困問題は解決できないと思います。

 ◇

繰り返すが、工藤さんは学生時代からラテンアメリカの貧困問題を取材し、フリーのジャーナリストとして活動してきた。メキシコやフィリピンのストリートチルドレンに詳しく、彼らを支援するNGO「ストリートチルドレンを考える会」の共同代表も務める。

そんな工藤さんが執筆し、第14回開高健ノンフィクション賞を受賞した『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社刊)は、ホンジュラスの若者ギャング団「マラス」についてのルポルタージュである。

「マラス」というワードを検索にかければ、顔中に入れ墨を入れた若者たちの写真を見ることができるはずだ。ラテンアメリカではメキシコを主なフィールドにしてきた工藤さんは、どうしてホンジュラスの凶悪少年組織を取材しようと思ったのか?

 ◇

――本作はホンジュラスが舞台です。もともとメキシコを活動拠点にしていた工藤さんはどうしてこの国に行ったのですか?

工藤:中米諸国の人たちが不法移民として、メキシコを通過して米国へ向かうという現象は昔からあったのですが、最近その中に未成年が増えている話を聞いたんですね。2014年にはニュースにもなっています。

私は、パートナーでフォトジャーナリストの篠田有史ら仲間とNGOを運営し、メキシコの路上で暮らす子どもたちを支援する現地NGOを応援してきたのですが、どうやら最近グアテマラやエルサルバドル、ホンジュラスからやってきた子ども、しかもギャングから逃げてきた子が増えている、と。

中米で力をふるっているマラスというギャング団は以前から知ってはいたし、ギャングに入る若者がいることも知っていたけれど、実際に会ったことがありませんでした。

でも、これだけ子どもたちが逃げてきているということは、よほど大きな問題があるのではないか。そして、マラスとはどういう組織なのか、どんな若者たちがそこにいるのかということが、知りたくなりました。

――それでホンジュラスに取材に向かったんですね。

工藤:そうです。マラスにいる子どもたちも、そこから逃げようとする子どもたちも、ホンジュラスに住んでいる普通の子どもたちも、まったく違うとは思えないんです。

メキシコの路上に暮らす子どもたちも、スラムに住んでいる普通の子たちとまったく違うわけではなくて、たまたま家庭環境が悪くて虐待されていたとか、暴力を振るわれていたとか、問題から逃れるために路上にきた子たちです。

だから、マラスの子たちも、検索で出てくるようないかつい刺青のイメージほど特別な存在ではないように思えたんですね。

 ◇

『マラス 暴力に支配される少年たち』には、若者ギャング団「マラス」にかつて所属し、組織から抜け出した人から、今も属している人まで、さまざまな人が登場し、自身のこれまでとマラスについて証言する。



本書を読んでいくと、ある一つのことが見えてくる。マラスの少年たちには、未来に対する選択肢がほとんどない。いや、むしろ別の方向に目を向けられない環境ができてしまっているのだ。

工藤さんが取材した青年の一人・アンドレスは、マラスを抜け出すために祖国からの脱出を計画、大冒険をした末に、メキシコで移民局に保護され、難民認定を受けられたという幸運の持ち主だ。そんな彼もマラスにいた頃は「周囲が見えなかった」と述べる。

 ◇

――ホンジュラスからメキシコに逃げてきたアンドレスという青年は、とても賢い印象をうけます。今では勉強をして一流ホテルのスタッフとして働いているそうですが、周囲に目を向けることで社会人としてやっていける子はたくさんいそうですね。

工藤:そうなんですよね。彼も正直な気持ちを吐露する中で、選択肢がなかったと言っています。彼の故郷であるサン・ペドロ・スーラでは、マラスやその他のギャング以外の世界が全く見えなかった、と。

彼は頭も運も良い子で、難民認定を受けることもできたし、職業訓練も修了することができました。でも、彼自身は自分が故郷にいたときに、そういう支援や選択肢があるとは思えなかったと言っています。

この本に出てくるサン・ペドロ・スーラの教会を、アンドレスは知っています。また、その教会がやっている若者支援センターにも実は行ったことがあるというんですが、長続きしなかったそうです。



――長続きがしなかったのは、アンドレスの性格的なものではなく?

工藤:というよりは、教会の周囲を支配する若者ギャング団が変わってしまうからです。自分の属するグループの縄張りであるうちは行けるけど、別のグループになると行けなくなる。本人に行く気はあっても、行けなくなってしまうんです。

彼は、「何度か行ったことがあるけど、続けられなかったんだ」と言っていて、教会に助けてくれる人がいることは知っていました。けれど、それ以上にマラスの存在が大きかったんです。子どもたちからすれば、教会の人たちは本当にどんな場合でも自分を助けてくれるか、確信が持てないのだと思います。

だから、アンドレスはメキシコにきて、初めて本気で自分を助けてくれる人がいるんだということに気付いたし、自分にも勉強や仕事ができるんだと思ったと言っていましたね。

――では、他のマラスにいる子どもたちも、きっかけを与えてあげればアンドレスのようになれるのでしょうか。

工藤:アンドレスの場合、努力が続けられているということが素晴らしいんですよね。マラスのメンバーにせよ、路上に暮らしている子どもにせよ、目標を持って前に進むという経験が少なく、単純に続けられない子もいます。

それは意志の弱さというより、そういう習慣がなく、自信が持てなかったり、貧困層出身というだけで差別を受けたりするからなんですね。そういったことを乗り越える意思とサポートがないと、前へ進めない。だからアンドレスはとてもえらいんですよ。

(後編は12月16日配信予定)

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