オバマが任期最後に発効させた「ガン戦争」法案

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2016年12月27日 16:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<大統領としての任期の最後にオバマが署名・成立させたのは、国を挙げてガン治療に取り組むという「21世紀治療法」。肉親をガンで亡くしたオバマやバイデン副大統領の思いが込められている>(写真:今月13日に最後の署名式に臨んだオバマ)


 今月13日、バラク・オバマ米大統領は「21世紀治療法」という法案に署名した。オバマは多くの議員らに囲まれて法案を成立させる署名式に臨んだが、おそらくこれがオバマにとっての最後の署名式になると見られている。


 オバマが任期の終盤に「21世紀治療法」を成立させたことは意味深い。この法律では、今後10年で個人の医療情報を活用する精密医療や脳研究、処方箋薬物の濫用防止、精神病に対する治療などを発展させる目的で63億ドルの予算が割り当てられることになる。だが特に注目されるのは、ガンとの戦いの強化だ。


 オバマは今年の年頭の一般教書演説で、ガン対策の「ムーンショット・プログラム」の立ち上げを明らかにした。このプログラムは18億ドルを充ててガン研究をさらに進めることを目的とし、人類最大の「敵」の一つであるガンに対抗するために国をあげた取り組みを行うものだ。


 そしてオバマは、ジョー・バイデン副大統領にこのプログラムを主導するよう指名した。というのも。2015年に息子を脳のガンで亡くしているバイデンにとって、ガンとの戦いは非常にパーソナルな問題だったからだ。この21世紀治療法は結局、超党派の広い支持を得て議会を通過した。


【参考記事】退任直前のオバマが、駆け込み「恩赦」を急ぐ理由


 ちなみにオバマは2008年の大統領選で、公約としてガン対策を掲げており、さらに大統領の任期中も、ガン対策には取り組んできた。というのも、若い息子を亡くしたバイデンのように、オバマも母親が52歳でガンで亡くなっているのだ。


 アメリカが国家的プロジェクトしてガンとの戦いを宣言するのは、今回が初めてではない。45年ほど前の1971年12月23日、当時のリチャード・ニクソン大統領は、連邦議会議員らの前にして、「第二次大戦で死んだすべての米兵よりも多くのアメリカ人が、毎年ガンで死亡している」と語り、「国として治療法を見つけるため、ガンに打ち勝つよう取り組む」と宣言した。


 このスピーチは、アメリカがガン研究を重要な国家戦略と位置付けた、いわゆる「ガン戦争宣言」と呼ばれるものだ。ニクソンは、その場で米国ガン法(1971年)に署名している。


 アメリカでは、ニクソンのスピーチから45年でガン対策はどれだけの成果を挙げてきたのか。ニクソンの「ガン戦争宣言」により、米国立がん研究所には累計で約900億ドルが投資され、研究費などは飛躍的に増加した。さらにガンに特化した研究機関などの非営利組織も増加し、その数は心臓病や脳卒中、アルツハイマー病のための組織の合計数よりも多い。


 その成果として、米疫病対策センターや米国立がん研究所によれば、癌を克服した人の数は1971年に比べて4倍に増加している。例えば、腎臓ガンの5年生存率は当時の50%から現在は70%になり、結腸ガンの生存率は52%から66%に向上している。さらに治るガンも増えている。


 それでも、今年アメリカでは168万人以上がガンと診断され、59万人がガンで死亡している現実がある。残念ながら、アメリカはガンとの戦いでまだまだ優位に立ったとは言えない状況にある。もちろん、以前よりガンについて圧倒的に「理解」できるようにはなっているが、まだガンを医療で制圧できるところにまでは至っていない。だからこそ、オバマはバイデンを中心に、国を挙げて、次なるガンとの戦いを宣言したのだ。


【参考記事】遅刻魔プーチンの本当の「思惑」とは


 ちなみに、このムーンショットと言うプロジェクト名は、ジョン・F・ケネディ大統領時代の月探査ロケットの打ち上げプログラムの立ち上げから生まれた言い回しだ。つまり国を挙げて挑戦するプロジェクトを意味している。


 人類が直面する脅威には様々あるが、その中でもガンは数多くの人を死に追いやる強敵だ。アメリカにとどまらず、世界中の国々が知見を持ち寄って、ガンという共通の敵に立ち向かう「全面戦争」に乗り出す時ではないだろうか。


【執筆者】


山田敏弘


国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」で国際ニュース解説を担当。



山田敏弘(ジャーナリスト)


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