共和党が議会を握っても、オバマケアは廃止できない? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2017年01月05日 15:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<トランプ政権誕生と同時に共和党が議会多数派となってねじれも解消されることから、早速共和党からオバマケアの廃止法案が提案された。しかしトランプと共和党の思惑にはズレがあり、現実的に廃止は困難>(写真:昨年秋の同時選挙で共和党は上下両院で多数派となったが)


 今週3日、トランプ新大統領の就任式を17日後に控えたワシントンでは、いち早く新議会が招集されました。この新議会(第115回議会)は、上院の3分の1と下院の全員が、昨年11月に大統領選と同時に行われた選挙で当選した議員で構成されています。


 今回は、共和党は上院でも過半数を奪取しているので、ホワイトハウスに加えて、上下両院もコントロールすることになります。つまり「ねじれ」は解消され、共和党としての政策は通しやすい状況となりました。


 そこで、当然のように登場したのが「オバマケア廃止」法案です。オバマケアとは、2008年の選挙戦でオバマ大統領が公約として掲げて当選し、09〜10年にかけて議会との大論争の末に可決成立した「医療保険改革」法案です。


 正式名称は「アフォーダブル・ケア法(ACA)」つまり「手の届く医療法」で、これによって、従来は非現実的な価格だった個人加入する医療保険の保険料を「手の届く」水準にすると同時に、「重病に罹患している」というような理由では保険加入は拒否できないとか、親の医療保険の被保険者になれる年齢を26歳まで引き上げるといった「改革」が実現しました。


【参考記事】撤廃寸前のオバマケアに加入者殺到の怪


 共和党は強硬に反対していましたし、成立後の選挙では何度も何度も「オバマケア廃止」を公約に掲げています。また、議会の主導権を確保する中で、「オバマケア廃止法」を、最後は議会として可決するところまで持って行ったこともありますが、その際にはオバマ大統領が拒否権を発動をして廃止を回避しています。


 そして、今回2016年11月の選挙では、トランプ氏が強く「オバマケア廃止」を主張して当選、しかも上下両院をコントロールしたということで、「今度こそ廃止が実現」する、そんな意気込みで廃止法が提案されたのは事実です。


 ところが、提案はされたのですが、共和党としては今ひとつ意気が上がっていません。それどころか、廃止法の可決は難しいだろうとか、2年あるいは4年はかかりそうだというような「いきなり弱腰」の声が出てきているのです。


 何故かというと、大きな2つの問題があるからです。


 1つ目は、トランプ氏と議会共和党の思惑が違うことです。


 まず、議会共和党の多くは、どうしてオバマケア廃止にエネルギーを傾けているのかというと、それは「税金を投入した福祉政策」、つまり彼らが骨の髄から憎んでいる「大きな政府論」だからです。また、自身の健康という「究極の自己決定権」に属する部分で「保険に加入しないと罰則」があるというオバマケアは、権力の乱用だという主張も含みます。


 ところがトランプ氏の「反対論」は、これとは全く異なるものです。オバマケアの特徴は、福祉政策の改善コストについて全額を税金で賄うことはしないで、薄く広く負担を分散したところにあります。この点において、2008年に予備選でバトルを繰り広げたヒラリー・クリントン氏の案とは「財政に優しい」点で差別化されているのです。


 その結果として、新制度になる以前から医療保険に入っていた人々は、まさに「薄く広く」負担を強いられることとなりました。具体的には、診療時の自己負担額のアップです。具体的なアップ額は契約によりますが、家庭医以外の専門医に診てもらうと一律で一回の自己負担が30ドルアップとか、救急病院を利用すると一回最低でも80ドルとか、実際に自分や家族が「自己負担額アップ」を経験すると、ハッキリした不快感を感じてしまうわけです。


【参考記事】トランプとうり二つの反中派が米経済を担う


 トランプは、この点を突いた選挙戦を行ったばかりか、その「もっと良い医療保険を導入する」という主張を取り下げてはいません。今週に入ってからも「バカバカしいほどの自己負担額アップで、保険の意味がなくなった」とか「アリゾナ州では保険料が116%アップとか話にならない」などの批判ツイートを連続で流しています。


 こうした主張には有権者は喝采を送っていますし、また「公約実現への期待」もあります。ですが、よく考えればトランプの主張を実現するには追加のカネが必要になります。ということは「小さな政府論」から反対している共和党議員団のイデオロギーとはズレがあるのです。


 2つ目の問題は、本当にオバマケアが廃止できるのかという点です。仮に、2010年に成立した新制度を全部「ちゃぶ台返し」して、それ以前の制度に戻せば、確かに国費負担はなくなりますし、診療時の自己負担額の増額も元に戻せるかもしれません。


 ですが、いくら「憎い政策を廃止」すると言っても、「深刻な疾病を抱えた人は保険加入から排除する」とか「自営業や無職の人は無保険に戻す」といった不利益変更は人命に関わります。法廷闘争に持ち込まれたら、莫大なカネがかかる可能性があります。また、オバマケアによって新たな医療サービスが拡大し、潤っている業界、例えば電子カルテの関連産業などは「廃止」になれば困るわけで、何らかの補償が必要になるかもしれません。


 ということは、現実的には廃止は難しいのです。トランプ氏は、その辺りを見越して「オバマケアの責任はあくまで民主党にある」のであって、このまま「批判だけを続けて2年後の中間選挙で民主党に大ダメージを負わせよう」という戦術を匂わせています。つまり、本当に廃止してしまって、不利益変更を被った人の反発心が共和党に向かうような事態は、選挙での逆風を招くので得策ではないというわけです。


 そんなわけで、大統領と議会を押さえても、共和党として「オバマケア廃止」は難しいというのが現実なのです。そして、この問題は「小さな政府論」の議会共和党と、「実は大きな政府論でもある」トランプ政権の間の相違という、2017年以降のアメリカ政治が抱える本質的な矛盾を象徴していくことになるかもしれません。



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