フランス大統領選、英米に続くサプライズは起きるか?

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2017年01月10日 12:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 2017年5月に決選投票が行われる仏大統領選がヒートアップしている。大統領選を迎えてのサプライズは珍しくないが、今回も既に幾つかの予期せぬ出来事があった。本稿では、17年の仏大統領選を迎えるに当たり、これまでのフランソワ・オランド大統領の任期(在任12〜17年)を振り返りつつ、保革二大政党の動向、さらには注目される極右ポピュリスト政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首の当選可能性を占ってみたい。


「撤退」余儀なくされたオランド大統領


 12年の大統領選で現職の座にあったニコラ・サルコジ大統領を破って当選したオランド大統領は、12月1日に次期大統領選への不出馬を表明した。憲法で在職2期10年が許されている大統領職に現職が再挑戦しない事態は、フランス現行体制(第5共和制、1958年〜)下の7人の大統領のうち、初めてのケースとなる(69年に当選したポンピドゥー大統領は74年に在職途中に死去したため再出馬できなかった)。


 迫る大統領選を前にオランド氏が辞退を表明した背景には、史上最低を更新し続ける支持率にある。財政緊縮へとかじを切った13年夏以降に支持率が30%を切り、翌年夏には20%を下回り、出馬しても当選する可能性が見込めなかったからだ。


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 また、14年夏にはアルノー・モントブール経済相が大統領の経済政策に反対して事実上辞任してからというもの、16年頭にはクリスティアーヌ・トビラ法相がテロ犯罪者に対する国籍剥奪法案に抗議して、さらに夏には大統領選に出馬予定のエマニュエル・マクロン経済相といった重量級の閣僚がそれぞれ辞任するなど、政権と議員団も分裂含みとなり、社会党内からも名誉ある撤退を求める声が高まっていた。


 リーマン・ショックと、続くユーロ危機による超緊縮政策が政治の混乱要因になっているという意味では、フランスも例外ではない。10年に国内総生産(GDP)比で7%超あった財政赤字は15年に3.6%と約半分に圧縮され、失業率は12年に10%を超えて高止まりしたままとなっている。


 その中でテロと難民流入危機が相次ぎ、内憂外患の大統領の下のエロー内閣(同12〜14年)とバルス内閣(同14〜16年)は、経済政策と治安強化の在り方をめぐって場当たり的な対応に終始し、それが大統領に対する世論の不信感を高めることになった。かくして権力の空白が生まれることになった。


フィヨン選出の「驚き」


 さらに、権力の空白を間近にして、大きなサプライズは保守ゴーリスト(ドゴール派)政党・共和派の側で起きていた。大統領候補を決するための11月下旬の公開予備選では、下馬評を覆してフランソワ・フィヨン元首相が勝利、候補者に指名された。一般有権者も投票権を持つこの公開予備選は、11年に現与党の社会党が自党候補者を選出するのに採用し、これが多くの有権者を動員したことから、共和派でも同種の予備選が用いられた経緯がある。


 7人の候補者のうちでは、中道からの支持も厚いアラン・ジュペ元首相、さらに一般党員の人気の高いサルコジ前大統領が有利とみられていたものの、第1回投票と決選投票で首位に立ったのはサルコジ政権下で首相を務めたフィヨン氏(同07〜12年)であり、これは国内外で大きな驚きを持って受け止められた。


 フィヨン氏は予備選で経済的にはリベラル、社会的には保守の組み合わせを掲げて他候補との差別化を図ったことが功を奏した。加えて、ジュペ対サルコジというヘビー級政治家同士が互いのつぶし合いに終始し、フィヨン氏が漁夫の利を得ることができた。選挙で敗れた過去の大統領(サルコジ氏)が予備選に出るということ自体も異例だが、その大統領の影で5年間にわたって丁寧な物腰で首相を務め上げ、クリーンなイメージを保ってきたのもフィヨン氏に支持が集まった理由として挙げられる。


 もっとも、フィヨン氏が掲げた公務員50万人削減、疾病保険民営化、同性婚者の養子縁組反対の姿勢、また外交での親ロシア寄りの姿勢などは、400万人以上の投票者(フランスの登録有権者数は4300万人)を動員した保守陣営内の支持を狙った結果でもある。実際にフィヨン氏を中心的に支持したのが、FN支持者とも重なる男性高齢者層と分析されていることからも、中道票を集めなければならない本選に向かって、今後は政策の中道寄りに軌道修正を図っていくことが予想される。


バルス、マクロン...社会党の「混乱」


 フィヨン氏の今後の立ち位置は、オランド大統領の出馬辞退の後、社会党の候補者指名を誰が獲得するかにも懸かってくる。


 与党の側からオランド後の権力の空白を埋めようとしているのは、大統領の下で14年から首相を務めたマニュエル・バルス氏だ。彼はオランド大統領の不出馬表明の直後に、首相職の辞任と公開予備選への出馬を表明した。この社会党を中心とする左派陣営の公開予備選は1月22日(第1回投票)、29日(決選投票)に予定され、社会党以外の小政党の候補者を含めて計7人が立候補している。顔触れを見ると、有力候補のうちバルス氏の知名度が最も高く、政策も最も中道に位置しているが、緊縮政策を進め治安対策でも強硬派だったことから、左派支持者の中には忌避感を持つものも多いとされている。


 保革の候補者が自陣営を固めた上で中道票を狙って穏健化していくのは仏大統領選の一般的なパターンだが、今回は保革両翼で公開予備選が導入されたことで、このパターンが入れ子構造となって、より複雑な展開を見せている。また、共和派の予備選にとどまらず、英労働党でもそうであったように、多くの先進国ではリーダー選出に一般有権者が参入するようになると党派性がよりラジカルになる傾向が見られ、そうした観点から、左派陣営の予備選の行方も予断を許さない。


 与党・左派陣営にとってのもう一つの波乱要因は、バルス内閣で経済相を務めていた弱冠39歳のマクロン氏だ。彼は16年8月に経済相を辞任、自らの政治運動「アン・マルシュ(前進)!」を立ち上げ、経済リベラル・社会リベラルの旗を掲げて、中道から左派陣営を固める戦略に打って出た。


 これは70年代に「フランスのケネディ」と言われ、やはり経済通で鳴らしたヴァレリー・ジスカールデスタン大統領が、中道から保守陣営を固めた選挙戦略とも類似している。若くてハンサム、さらに既存政治家とは距離を取るマクロン氏に対する若年層からの支持は厚く、本選の第1回投票を見越してどれほど左派中道票を奪うかによって、保革両政党の候補者の戦術は対応を余儀なくされるだろう。


ルペンの「ガラスの天井」


 もっとも、最大の焦点はFNのルペン候補が選挙で獲得する票数である。各種世論調査を見ても、第1回投票でのルペン氏の得票率は20〜25%と、上位2人による決選投票に進むことは確実視されている。12年の大統領選で3位につけたルペン氏のスコアは17.9%だったから、そこからかなりの票を上積みしている。


 11年にFNの創設者である父ジャンマリ・ルペン氏の後継者として選出された三女のマリーヌ・ルペン氏は、経済的には大きな政府、社会的には反リベラル路線を徹底し、自由市場・グローバル化・欧州統合に反感を持つ権威主義的保守層と単純労働者、若年失業者など、異質な政治的連合を作り上げることに成功、支持率でも2割から3割を得ている。


 一方、FNの伸長は14年の欧州議会選での首位(得票率25%)で確認されたが、その後の15年の地方選では第1回投票で首位に立ちつつも、1議席も獲得することができなかった。これは比例代表で戦われる欧州議会選と違って、2回投票制では保革の選挙協力によってFNに対して2対1の戦いに持ち込むことができるからだ。また、認知度は上がりつつも、依然として世論における反FN感情には根強いものがあり、ルペン氏を支持しないとする有権者も6割以上居る。


 従って、順当にいけば5月の決選投票ではルペン氏と保革二大政党のいずれかの候補者の一騎打ちとなって、結果として反FNの共同戦線が形成され、選出が阻止されるという02年大統領選の再現となる可能性が高い。2回投票制という制度的特性と極右候補者の決選投票進出という過去の経験から来る警戒心が、ルペン氏にとっての「ガラスの天井」であり続けることになる。


 もっとも、本来は選挙で競い合うべき保革政党が反FNで一致することは民主政治における不自然な競争であり、これがFNの既成政党批判に正当性を与え続けることにもなる。ジャック・シラク大統領とジャンマリ・ルペン氏が争った02年の大統領選では、左派支持者はやむを得ずシラク氏に投票したが、この時の投票率が79.7%と第5共和制最低だったことを想起してもよい。


予期せぬ出来事、どんでん返し起こすか


 世論調査を見る限り、社会党の予備選が行われておらず候補者が確定していない段階では、フィヨン氏とルペン氏が決選投票に進み、フィヨン氏が大統領に選出されることが予想されている。もっとも、フィヨン氏が予備選で見せた保守的態度を貫いて中道の票を取りこぼし、さらに左派支持者層の反発も招くと、反FN戦線が機能せず、ルペン氏が有利になる構図が出来上がる。政治的ラジカリズムは、ラジカリズムそれ自体への支持というよりも、既成政党の弱体化と対立によって生まれる権力の空白の隙を突いて、現実のものとなるというのが歴史の教えるところだ。


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 かつてのハロルド・マクミラン英首相は記者に「最も怖いものは」と尋ねられて「君たち、それは予期せぬ出来事だよ(Events, my dear boy, events)」と答えたという逸話がある。欧州連合(EU)離脱を問う英国の国民投票直前の難民・移民流入、米大統領選でのヒラリー・クリントン候補のメール問題再燃など、予期せぬ出来事こそが政治を動かす。仏政治がそれと無関係であると考えるのは間違いかもしれない。大統領選の展開を引き続き注視していかなければならないゆえんである。


[執筆者]吉田 徹(よしだ・とおる)北海道大学法学研究科教授1975年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。パリ政治学院招聘教授等を経て現職。現在、フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)日仏財団(FFJ)研究員。著著に『ミッテラン社会党の転換』、『ポピュリズムを考える』、『感情の政治学』、『「野党」論』、共編著に『グローバル化のなかの政治』、『ヨーロッパ統合とフランス』など。


※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。




吉田 徹(北海道大学法学研究科教授)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載


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