映画『彼らが本気で編むときは、』レビュー ――「普通の家族」という呪縛

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2017年03月06日 10:33  MAMApicks

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昨年(2016年)は一年を通して面白い邦画が多かったが、今年も期待できそうだな、という作品に出会った。現在、公開中の『彼らが本気で編むときは、』だ。
http://kareamu.com/

母親から育児放棄を受け、家にひとり残された小学5年生の女の子・トモ(柿原りんか)は、母の弟であるマキオ(桐谷健太)のもとを訪ねる。そこにはマキオの恋人で、元・男性であるトランスジェンダーの女性、リンコ(生田斗真)がいた、というのがあらすじだ。

疑似家族として3人が暮らす中で育まれる愛情や絆を描いたドラマで、数ヵ月前に予告編を見たときから非常に気になっていた。

生田斗真さんと言えば、演技派俳優としての評判も高いが、女性を演じるって。たしか桐谷健太さんとは数年前にドラマで共演していて、その時は対照的なタイプの友人という設定だったけど、今回は恋人役。

そして、監督は『かもめ食堂』や『めがね』などを手がけた荻上直子さん。『かもめ食堂』のまったりとしたムードと、LGBTというテーマが、なかなか頭の中ではつながらなかった。ところが本作品は、先月開催された第67回ベルリン国際映画祭で、テディ審査員特別賞というLGBT映画を表彰する権威ある賞を日本映画では初めて受賞。どんな見どころがあるのだろう、と公開前から期待していた。


映画の冒頭で、トモは母親が自分を置いて家を出ていってしまったことに気づき、すぐにマキオが勤める書店に赴く。トモは想像以上に気丈で、リンコに出会ったときも最初は戸惑いを見せるが、すぐに打ち解ける柔軟な女の子だ。

一方で、リンコも性的マイノリティとして卑屈になることもなく、家族からの理解にも恵まれ、仕事や家事、趣味も楽しむ心の優しい女性だ。

この設定でまず、いかに自分が先入観にとらわれていたのかに気付く。
育児放棄されたのであれば、「涙ながらに叔父さんにすがるいたいけな女の子」の姿を、トランスジェンダーであれば、「家族や周囲からの理解を得られずに鬱屈としている女性」の姿を勝手に思い描いていたのだ。

LGBTというテーマには以前から関心があって、結構よく映画も見ているのだが、社会的な抑圧や葛藤を描いている作品が多いのもあって、リンコにも苦悩があるんじゃないかと決めつけていた。

近年、多様性という言葉をよく見聞きするし、意識もしているつもりだけど、どこかにある「これが普通の家族でしょ」みたいな固定概念に振り回されていて、そこからはみ出したものには生きづらさやしんどさが付き物、そこがドラマになる、と思っていたのだ。

このところ、友人と話していると、結婚生活のあれこれや、家族のこと、健康面や介護まで自分の身に直接振り掛かってきたことも、そうじゃないことも合わせて、20代の頃には考えられなかった話題が多くなってきた。

そのたびに、「みんな色々あるねー」「本当だよね」というザックリした言葉でまとめてしまうのだけど、「普通の家族」なんてどこにもないし、色々あって当たり前なのだ。

ある人が、「普通の家族って言うとサザエさん一家を思い出しちゃうんだけど、サザエさん家も全然普通じゃないよね」と言っていて、確かにそうだ、でも昭和の家族像としてサザエさんのイメージが先行するのは何でだろうな、と不思議にも思う。

マキオとリンコとトモは血の繋がりもないけど、お弁当を持って花見を楽しんだり、一緒に編み物をしたり、時にはリンコの家族も含めて鍋を囲んだり、ありきたりな、何てことはない幸せを満喫している。ピュアなだけではなくて、下世話な会話もする。

だけど、彼らの内側からあふれ出るような笑顔を見ていると、私たちはきっと「少数派」であることと「普通か普通じゃないか」をつい一緒くたに考えがちなんだと気づかされる。

「普通の家族」じゃないからって何が不都合なわけでもなし、逆に本人たちがそれをよしとしているなら、もうすでにそれは「普通の家族」なんじゃないのとも思ったが、意外とこの「普通」の呪縛は大きい。


ほんの数日前、娘が保育園のお友だちのことを「〇〇くんは、おとこのこなのに××なんだよー」と言っていて、「おとこのこなのに、ってことはないと思うよ」と思わず口を挟んでしまった。

具体的に何を言っていたのかまでは掴めなかったのだが、すでに「男の子はこういうもの、女の子はこういうもの」っていう口ぶりを見せることに驚いてしまったのだ。4歳という年齢から、自分の頭で考えて言っているわけではないだろうし、誰かの影響だとしたら、私か、夫か、または保育園の先生か、いずれにしても周囲の大人だろう。

そう思うと、本来どこにもないはずの「普通の家族」像を植え付けるのも、周囲の大人なのかもしれない。

必ずしも悪意があって言うわけじゃないけれど、大人の言葉を聞いているうちに、「これが普通」という価値観が形成されるのだとしたら、迂闊なことも言えないし、かと言って、逐一「そうじゃないんだよ」とか言って回るのも神経質すぎるし、ここらへんはなるようにしかならない、という事なのだろうか。

大作が次々に公開される中、決して目立つ作品ではないし、派手な演出も主題歌もない。だけど、優しい表情で相手の顔をじっと見たり、黙って抱擁する姿にこみあげる感情はとても力強い。

現代っ子らしいドライな言動が印象的なトモが、たまに見せる強がりやアンバランスさにはホロリとくる。初めての女性役を演じた生田斗真さんは、視線の落とし方や微笑むときの口角の上がり方まで完璧で、一目見たときに「……可愛い」とニヤけてしまった。

そして、明るい、気のいいお兄ちゃんというイメージが強い桐谷健太さんが見せる、物腰柔らかで穏やかなマキオのキャラクターがすごくいい。グサグサくるようなリアリティはなくて、ファンタジーの世界を見ているようではあるのだけれど、きっとこんな家族もいるんだろうな、と感じさせてくれる「普通の家族」のストーリーだ。

映画『彼らが本気で編むときは、』公式サイト
http://kareamu.com/

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