内憂外患のフィリピン・ドゥテルテ大統領、暴言を吐く暇なし

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2017年03月14日 14:53  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<「フィリピンのトランプ」と呼ばれたドゥテルテ大統領だが、最近は外相が辞任し、自分も汚職や人権侵害の疑いで告発を受けるなど大忙し。得意の暴言も聞かれない>


フィリピンのトランプと言われて本家の「ドナルド・トランプ米大統領」にも劣らない強烈な個性と想定外の発言で内外の注目を集めたドゥテルテ大統領。だが最近は、国際ニュースに登場する機会はめっきり減っている。一因は腹心の外相の突然の辞任、ドゥテルテの「殺人」などに対する告発、反ドゥテルテ派上院議員の逮捕が続いたこと。その対処で手一杯なのだ。


ドゥテルテ大統領が直面しているのは政府内と議会という"内憂外患"だ。


フィリピンの閣僚任命委員会は3月8日、パーフェクト・ヤサイ外相の閣僚任命を不承認とする決定を下した。ヤサイ外相といえばドゥテルテ大統領の学生時代からの親友であり、知米派としてドゥテルテ大統領のオバマ大統領や米国に対する数々の暴言、失言をカバーし、両国外交の良好な関係維持に大きな役割を果たしてきた。


【参考記事】比ドゥテルテ大統領、トランプ勝利に「ともに暴言吐く仲間、アメリカとの喧嘩はやめた」


ASEAN(東南アジア諸国連合)の会議では南シナ海問題に関して「対中強硬姿勢」で意見集約を図るなど外交的手腕も発揮するなどして文字通り大統領の右腕的存在だった。


ところが閣僚一人一人の資格について時間をかけて審査していた同委員会が閣僚任命から約8か月後にようやく結論に至り「閣僚として不承認」としたわけだ。


ヤサイ外相は外相就任前に米国在住で1980年代に米国市民権を取得した経緯があるにも関わらず資格審査の公聴会で「(市民権を)持っていない」との虚偽の説明をしてきたことが閣僚として不適格と判断された。


任命された閣僚を審査する同委員会はフィリピンの決定は全会一致で、8日にヤサイ外相は辞任に追い込まれた。


上院議員が大統領の不正蓄財を追及


最大の打撃となったのは、ある上院議員がドゥテルテ大統領の不正蓄財疑惑を暴いたことだ。上院のトリラネス議員は2月16日に記者会見をして、ドゥテルテ大統領とその家族が合計24億ペソ(約55億2000万円)の不正蓄財をしていると告発した。


野党マグダロ党の上院議員であるトリラネス議員は昨年4月の大統領選前にもドゥテルテ氏の不正蓄財を告発したものの、大統領選での圧倒的勝利とその後の高い支持率に守られる形で大きな注目を集めなかった。ところがその後「新たに不正を裏付ける証拠を見つけた」として改めてこの日、大統領追及に打って出たのだ。


同議員によると2006年〜2015年までの間、ドゥテルテ氏名義の複数の銀行口座に不正な資金の流入があり、不正蓄財の疑いがあるとして大統領に「改めて各口座の出入金記録と現在の預金額の公開」を要求。さらにダバオ市長時代のドゥテルテ氏に1億2000万ペソ(約2億8000万円)が実業家から銀行口座に振り込まれている事実も新たに確認した、と発表した。もし疑惑が誤りなら「即座に議員を辞職する」と同議員は強調した。


これに対しドゥテルテ大統領は「不正は一切なく、もし事実なら私が辞職する」と疑惑を完全否定。大統領報道官も「昔の済んだ話を同議員は持ち出しているだけで解決済みだ」「疑惑があるなら会見ではなく司法の判断を仰ぐのが順当な手続き」「口座情報開示の準備はできているが司法の手続きが必要だ」などと反発している。


今後この不正蓄財疑惑が果たして司法の場で議論されるのか、再びウヤムヤにされるのか、それともトリラネス議員の身に危険が迫るのか、予断を許さない。というのも反ドゥテルテ派の急先鋒だった別の上院議員は既に逮捕、起訴されているからだ。


【参考記事】ドゥテルテ麻薬戦争で常用者を待つ悲劇


反大統領派急先鋒議員が逮捕される


2月24日、国家警察はデリマ上院議員を包括的危険薬物取締法違反の容疑で逮捕、その後同容疑で起訴した。直接の逮捕容疑は同議員が司法長官を務めていた2012年〜13年の間にマニラ首都圏モンテンルパにあるニュー・ビリビット刑務所内での違法薬物取引に関わった疑いとされている。同議員は逮捕前に会見して容疑を完全に否定するとともに「私は政治犯だ。しかし逃げない、真実を司法の場で明らかにする」と闘争継続を表明した。


フィリピンでは麻薬関連犯罪の容疑者などが裁判中や服役中に行方不明になったり、原因不明で死亡したりするケースがあることからデリマ議員の身の安全を危惧する声も出ているが、国家警察長官は「警備を厳重にする」と特別配慮を示した。


デリマ議員はドゥテルテ大統領が就任後積極的に進めている麻薬関連犯罪容疑者の超法規的殺人を容認する政策に「人権侵害の疑いがある」として反対を表明。ドゥテルテ大統領がダバオ市長時代に麻薬犯罪容疑者を殺害する処刑団を容認していた容疑で元処刑団のメンバーを証人として委員会に喚問するなど反ドゥテルテの急先鋒として注目されてきた。


【参考記事】比上院議員、ドゥテルテを大量殺人や人道に対する罪で告発


しかしその後、委員会メンバーを解任され、愛人問題、麻薬関与などが次々とマスコミを通じて"暴露"され、政治生命の危機に追い込まれていた。


真価問われる政権


依然として国民の80%以上という高い支持率を背景に、ドゥテルテ大統領は麻薬犯罪の徹底的取り締まり政策を継続する一方で、議会内の反対勢力対策を強化、野党から与党に移籍する議員も増えている。


一連の流れの中でもデリマ議員の反対姿勢が変わらないことから、ドゥテルテ政権は麻薬犯罪関連容疑で現職の上院議員逮捕という強硬策に打って出たのだった。


こうした前例があることから今回大統領の不正蓄財を再度告発したトリラネス議員にも今後政権側からの厳しい対応が予想されている。


当のドゥテルテ大統領は最近は、麻薬犯罪捜査に関連して麻薬を使用・所持したり、麻薬と無関係の犯罪容疑者あるいは一般市民を殺害したりする「悪徳警官」を摘発したり、政権との和平交渉が決裂して再び戦闘状態に陥っているイスラム系武装組織「アブサヤフ」や共産党系「新人民軍」への対応に迫られるなど、内政の難問の中を漂流している。かつての暴言、放言はすっかり影を潜めた格好だ。


フィリピンは今年ASEANの議長国として外相会議をはじめとする各閣僚会議、日米中も参加する拡大外相会議、そして渦中の北朝鮮もメンバー国として参加するASEAN地域フォーラム(ARF)などの重要外交日程を抱えている。


ヤサイ外相の後任にはマナロ外務次官が外相代行として任命されたが、外交手腕は未知数。有能な右腕を失い、告発にさらされるなどでフィリピンのマスコミの中にも手厳しい批判が出始める中、どこまで自己流を押し通していけるのかドゥテルテ大統領も正念場を迎えている。


[執筆者]


大塚智彦(ジャーナリスト)


PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など




大塚智彦(PanAsiaNews)


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