ピュリツァー賞歴史家が50年前に発していた現代への警告

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2017年03月18日 21:43  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<「文明が複雑になるにつれ不平等は深刻化する」「自由と平等は永遠の敵同士」......40年かけて歴史書を著したウィル・デュラントのエッセイ集『歴史の大局を見渡す』の洞察>


40年という歳月をかけて11巻に及ぶ歴史書を著した人物がいた。歴史家、哲学者、著述家のウィル・デュラントである。


デュラントは1885年にアメリカ、マサチューセッツ州で、カトリック教徒の家に生まれた。イエズス会の大学に進学し、本人も周囲も聖職者になるものと思っていたが、ダーウィンやスペンサーの書と出会い、信仰が揺らぐ。神学校に入っても信仰心をとり戻すことはできず、かわりに見つけたのがスピノザの『エチカ』だった。スピノザは彼に大きな影響を与えた。


1911年にデュラントは神学校を去ってニューヨークに移り、モダン・スクールの教師になった。モダン・スクールは労働者階級のための先進的な学校だった。彼はそこで生徒と恋に落ち、1913年に教職を辞して結婚。生計を立てるために講師となる一方、スポンサーを得て、コロンビア大学の大学院で学んだ。


ある日、彼のプラトンについての講義を聞いた出版社の経営者から、それを本にしないかという話が持ち込まれ、哲学に関する小冊を次々と出版した。するとそれが別の出版社の目に留まり、"The Story of Philosophy"(哲学の話)という1冊の本にまとめて刊行されるやベストセラーとなった。同書は哲学を一般の人々に広めた画期的な本と評価された。


デュラントには長年温めてきた構想があった。それは、ヘンリー・バックルの文明史のような本を書くことだった。"The Story of Philosophy"の成功によって経済的自由を得た彼は、残りの人生をその執筆に捧げることにした。


そうして誕生したのが、11巻にわたる"The Story of Civilization"(文明の話)だ。第1巻が1935年、第11巻が1975年に刊行される大著となった。第7巻からは妻、アリエルが共著者として加わっている。2人はこのシリーズの第10巻"Rousseau and Revolution"(ルソーと革命)でピュリツァー賞(一般ノンフィクション部門)を受賞。1977年には大統領自由勲章を贈られた。"The Story of Civilization"でデュラントの名声は確固たるものとなった。


『文明の話』全10巻のエッセンスを13のエッセイに


第10巻の出版後、デュラント夫妻は長年の研究と思索に基づいて、13のエッセイから成る本を書いている。それが、"The Story of Civilization"10巻のエッセンスを抽出して分析した"The Lessons of History"だ。1968年のことである。今般、その訳書が『歴史の大局を見渡す──人類の遺産の創造とその記録』(筆者訳、パンローリング)として刊行された。


デュラントは生物学、政治学、宗教など、さまざまな観点から歴史を概観し、人の性質や国家の行動、将来の見通しについて述べている。例えば第3章「生物学と歴史」では、歴史の教えとして私たちが学ぶのは、生存競争や自然淘汰など、生物学の法則にほかならないと論じる。


【参考記事】1年間すべてに「イエス」と言った女性から日本人が学べること


人は生存競争にさらされている。生きていくうえで競争は避けられない。他と競う個人には所有欲や好戦性、排他性、自尊心という特性がみられるが、個人の集まりである国家は、競争を戦争という究極の形でやってのけると警告する。


人はまた、自然淘汰からも逃れることができない。健康や能力、性質など、もって生まれたものは人によって大きく異なり、生まれたときからすでに淘汰は始まっている。人は生まれながらにして自由かつ平等の権利を有するとフランス人権宣言は謳っているが、自由と平等の両方を手にするなど不可能だという。


【参考記事】テロリストの一弾が歴史を変えた――第一次世界大戦史(1)


印象的なセンテンスを対訳で読む


歴史に学ぶのはもちろん、数々の警句も本書の魅力の1つである。以下は『歴史の大局を見渡す――人類の遺産の創造とその記録』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。


●Society is founded not on the ideals but on the nature of man, and the constitution of man rewrites the constitutions of states.


(社会は理想ではなく人の性質を基盤に築かれる。人の性質が変わると、国の性質も変わる)


――大きくとらえると、歴史は繰り返す。それは、人間の性質の変化には長い時間を要し、人は飢えや危険のような何度も発生する状況に対してはいつも同じ反応を示すからである。しかし、新しい状況が生まれると、本能的な型にはまった反応とは異なる反応が求められる。社会は慣習と創造の相互作用によって進化していくという。


●Inequality is not only natural and inborn, it grows with the complexity of civilization.


(人は生まれながらにして不平等で、文明が複雑になるにつれ不平等は深刻化する)


●For freedom and equality are sworn and everlasting enemies, and when one prevails the other dies.


(自由と平等は深い恨みをいだく永遠の敵同士で、一方が栄えると一方が滅びる)


――人は生物学的に平等たり得ない。しかし、教育の機会均等を推進し、各人が能力を活かせるよう道を開くことは可能だという。


●Democracy is the most difficult of all forms of government, since it requires the widest spread of intelligence, and we forgot to make ourselves intelligent when we made ourselves sovereign.


(民主制は最もむずかしい政体である。民主制のもとでは、誰もが知性を身につけていることが必要になる。ところが私たちは主権を得たとき、知性のことなど考えていなかった)


――多数の人をだまして大国を支配することは可能だとデュラントは警鐘を鳴らす。耳に心地よいだけの言葉に乗らないよう、ものごとを知り、自ら考え、判断することが求められる。


◇ ◇ ◇


50年も前に書かれた本だが、今を生きる私たちにも、歴史に対する新しい視点や現代という時代を理解するヒントを与えてくれる。


『歴史の大局を見渡す──人類の遺産の創造とその記録』


 ウィル・デュラント、アリエル・デュラント 著


 小巻靖子 訳


 パンローリング


トランネット


出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150〜200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。


http://www.trannet.co.jp/




小巻靖子 ※編集・企画:トランネット


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  • 「耳に心地よいだけの言葉に乗らないよう、ものごとを知り、自ら考え、判断することが求められる」これは普遍の真理ですね。
    • イイネ!13
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