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<日本料理店が乱立するニューヨークのマンハッタンで異彩を放つ人気店「饗屋(Kyoya)」の料理長が明かす、意外な現地事情と和食の極意>
和食ブームに沸くニューヨークにあって、舌の肥えたニューヨーカーたちを虜にしている和食屋がある。イーストビレッジに2007年3月28日にオープンし、3月で10周年を迎えた「饗屋(Kyoya)」だ。
不動産価格の高騰や競争率の高さから数年で閉店する店も珍しくないマンハッタンで、オープン翌年に発表のミシュラン09年版で1つ星を獲得して以来、客を魅了し続けている。食通の日本人も足しげく通う人気店の舞台裏について、小暮聡子(ニューヨーク支局)が料理長の園力(その・ちから)に話を聞いた。
――客層はアメリカ人と日本人、どちらが多いのか。
日にもよるが、平均すると7対3でアメリカ人の方が多い。オープンした直後は100%日本人だった。
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以前から店の宣伝はしていないのだが、開店して間もない頃にニューヨークの日本語フリーペーパーのライターさんが食べに来てくれて、辛口で有名なその方が良い記事を書いてくれた。そのフリーペーパーは日系の商社などにも配られるものだったらしく、掲載後に急に電話が鳴るようになった。2カ月後には、店の外にリムジンが10台くらい並んだこともあった。
記事がきっかけで、初めは日本人の駐在員さんやその奥様たちが来てくれるようになった。こうした方々が接待やビジネスディナーとしてアメリカ人のお客さんを連れて来てくれるようになり、一度来たアメリカ人たちも気に入ってくれて、一気に広がった。
【参考記事】NY著名フレンチシェフが休業、日本に和食を学びに来る!
――日本とは入手できる食材が違うなか、工夫している点は?
基本的には変えていない。正直言うと「あれがあればいいな」というものはあるが、手に入らないものを欲しいと言っても仕方がないので、ならばこっちで歩いて聞いて見て食べて、というのが自分の基本姿勢だ。
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魚の仕入れは日系の魚屋さんとアメリカの魚屋さんをそれぞれ3軒ずつ使っていて、そこに注文すると信頼する日本人がブロンクス(ニューヨーク北部)のフィッシュマーケットに買いに行ってくれる。そのほかにも世界中から仕入れていて、オーストラリアや地中海、北欧からも来る。日本からは火曜から金曜まで毎日届く。
アメリカ国内でも各地から調達している。刺身の魚だと、例えばマグロは5月から10月まではボストンの本マグロを使っている。
個人的には太平洋マグロよりも大西洋マグロのほうが好きだ。大西洋マグロのほうがさっぱりしているが味が濃くて、得に赤身のうまみが良い。脂が乗っているトロでさえさっぱりしていて、普通だと2枚くらいしか食べられないところを4枚と食べられてしまうのが大西洋マグロの特徴だ。鉄分や酸味のバランスも良い。
盛り付けの美しさにも職人技が光る「刺身の盛り合わせ」 Satoko Kogure-Newsweek Japan
日本で食べるよりおいしい魚もある
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――刺身は日本から空輸しているものの方がおいしいという先入観があったのだが。
そんなことはない。ニューヨークには、日本人に教えてもらって「生け締め」を上手くできるようになったアメリカ人も少数だがいる。
日本で言う生け締めとは、基本的には釣った魚をその場で漁師が締めたり、いけすで生かしておいた魚を生きたまま市場に持って行き、市場の職人が締めるというシステムだ。日本はそうした流通機関がしっかりしているし、魚の管理能力が半端ではない。
ニューヨークではそんなことやっていないし、やれる人もいなかった。そもそもここでは、レストランで魚をいけすなどで生かしておいて自分たちで締めることは違法だ。ロブスターなど甲殻類は規定がないのだが。
饗屋では、生きている魚を扱っている魚屋で仕入れる日の朝に締めてもらっている。
だが、全ての魚でそれをやる必要はないし、寝かせておいしい魚もたくさんある。
管理された魚を日本から入手することもできる。例えば、今だと下関からのトラフグが皮を剥いて中の内臓を取った状態で、「みがき」になって入ってくる。真空パックで冷凍されてやって来るのだが、その身も素晴らしい。これはやはり、日本の技術なのだと思う。
――日本で食べるよりもおいしいと思う魚はあるか。
大西洋マグロのほかに、サバもいい。特にボストンのサバはすごくいい。ここ数年いなかったのがこの1〜2年で戻って来ていて、サイズは少し小さいが脂が乗っていてとてもおいしい。
日本でサバを養殖しているというのはすごい技術だが、やはり天然の、その中でも釣る人が「この時期に釣ったものはおいしい」と見極めて釣ったサバの方がおいしい。日本から仕入れた天然サバの場合、ボストンのサバほどではない場合が多々ある。
饗屋で出している「炙り〆鯖の棒寿司」には、デンマークのサバを使っている。同じ北欧だとノルウェーのサバもよく獲れるのだが、ノルウェーのサバは脂、つまり水分が多すぎて、煮たり焼いたりするには適していても締めて食べるのには向かない。
デンマークのサバを使った人気メニュー「炙り〆鯖の棒寿司」 Satoko Kogure-Newsweek Japan
鯖の棒寿司に、脂は必要以上には要らない。店の開店前に仕込んでおいてお客さんに出すまでに最低3時間、できれば5時間くらい置いておくと、シャリにサバのうまみが回り、一体化されておいしくなる。
――魚の仕入れ先は、常に世界中から探しているのか。
探している。店をオープンしたての頃は誰からも相手にしてもらえないので自分で調べて開拓していたのだが、ミシュランで星をもらったりと名前が知られるようになってきたら、魚屋さんが向こうから食材のサンプルを持ってきてくれるようになった。「うちにはこんなものがあります、使ってみて下さい」と。
ワインなどはイタリアから業者さんが来たりもする。特にミシュランはヨーロッパが本拠地なので、ニューヨークという大きなマーケットに向けてヨーロッパから売り込みに来る。
かつお節そのままの輸入は当初違法だった
――ニューヨークと日本で、水に違いはあるか。
ある。ニューヨークの水は軟らかくておいしい。硬いよりも軟らかいほうが出汁(だし)が出やすいので、水に限って言えばニューヨークは和食に適していると言える。
あとは、その水をどのように「ろ過」して使うかだ。ニューヨークはビルが古いし、貯水タンクもだいたい建物の上のほうについていて、そこから水道管で降りてくる。水道管によっては1800年代〜1900年代初頭のものもあるので、何を使ってろ過するかがポイントだ。
饗屋ではロケットのような大きなろ過装置を2つ設置していて、トイレの水まで全てろ過している。
ニューヨークの水は、飲んでもおいしい。自分は北海道出身だが、高校の修学旅行で東京に行った際にホテルで水道水を飲んで衝撃が走った。「まずっ!」と(笑)。「水に味がついている!」と、びっくりした。その経験があったのでニューヨークの水を心配していたのだが、意外にも美味しかった。
――「アメリカ人の客」を想定してメニューを作ることはあるか。アメリカ人に人気の「味」と言うと?
アメリカ人は甘い味付けが好きだとか、スパイシーなものが好きだとかはもちろんあるが、アメリカ人向けに変えることは一切ない。全て、自分がおいしいと思うものを出している。
饗屋でアメリカ人の客に人気の「味」というと、やはり出汁だ。
かつお節というのはカビ付けされていて、例えば本枯節だったら半年くらいカビ付けして、白くなったものを削って中を使う。
カビが食材として国外から入ってくるというのはアメリカ側としては受け入れられないので、かつお節を丸のまま輸入するのは違法だ。だが日本政府が交渉してくれた結果、真空パックの削り節に限り認められるようになった。
饗屋では大量の出汁を使うので、愛媛のカツオ問屋さんに自分が調合した削り節を送ってもらっている。直火で炙ったカツオにしているのでかすかにスモーキーで、うちの出汁を飲んで感動してくれるアメリカ人はたくさんいる。
饗屋に来るアメリカ人のお客さんは日本食通であり、味に対してプロフェッショナルな方達が多い。そんな彼らが喜ぶのが出汁だ。
――特にアメリカ人に人気のメニューと言えば。
胡麻豆腐、サツマイモの天ぷら、海老しんじょう、豚の角煮......。魚だと、西京焼き。
今は「銀鱈の粒味噌焼き」が定番だが、うちでは「白粒味噌」にみりん等の甘みを加えないまま使っているので、一般的な西京焼きと違って甘くない。味噌自体がおいしいので、味噌の甘さだけで出している。
これを食べたアメリカ人はみんな、どこで食べても普通は甘いのにここは甘くないよねと言う。アメリカ人は甘いのが好き、と言われるが、そうではない人もたくさんいる。
アメリカ人に人気の「銀鱈の粒味噌焼き」。一般的な西京焼きと違って甘くない Satoko Kogure-Newsweek Japan
あと人気があってやめられないのが、「鰻有馬煮のサンドウィッチ」(ウナギのかば焼きをバターを塗った食パンに挟んだメニュー)。ニューヨークの人は皆さんウナギが好き。ウナギのタレの、バランスのとれた甘辛が好きなのだろう。
鰻丼も、甘すぎるところだとたくさんは食べられない。すごく甘いと途中で飽きてしまって、「美味しかったけどもうお腹いっぱい」となるが、ちょうどいいバランスの甘さだと最後まで全部食べられて、「あぁ、美味しかった!」と言える。
「鰻有馬煮のサンドウィッチ」。ニューヨーカーはウナギが好き Satoko Kogure-Newsweek Japan
【参考記事】世界も、今の人たちも、和食の素晴らしさをまだ知らない
目の前の人にご飯を作ってあげたいのが料理人
――園さんにとって、料理とは。
自分も含めて、人が幸せになれる人生の材料。自分の場合、料理をしていて一番ハッピーになれるのは実は自分自身だ。
もしかするとちょっと上から目線に聞こえるかもしれないが、料理人というのは、どんなに忙しくても、へとへとになっていても、目の前の人にご飯を作ってあげたいと常に思える人でないとダメだと思う。
疲れている人を見たら、何を作ろうかなと勝手に考えてしまっている。ご飯を作って相手が喜んでくれたら、自分がものすごくハッピーになる。料理とは、自分が幸せになれるツールなのかもしれない。
――今の夢は。
昔は自分で店をやることだったのだが、それはタイミングの話なので。今年で饗屋は10年になるが、常にチームとしてやっている。一緒に仕事をして17年くらいになる人が1人いて、10年いる人も3人。日本やヨーロッパからうちで働きたいと電話をかけてきて、雇った若い人たちもいる。
ストイックで情熱があって、こいつは雇いたいな、と思った若い人が期待に応えてくれると、自分も嬉しい。この人たちがいないとな、と思う今のチームは、自分の料理の一部だ。
彼らが巣立っていって、どこかの店で料理長を務める。そこまでのサポートというのが、夢というより目標だ。
小暮聡子(ニューヨーク支局)
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