サイバー攻撃で他国を先制攻撃したいドイツの本音

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2017年04月11日 18:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ロシアからのサイバー攻撃に悩まされるドイツが今月、遅ればせながら連邦軍にサイバー部隊を発足。しかしドイツがこれまで、密かに友好国などにサイバー工作を仕掛けてきたことはあまり知られていない>


今月ドイツで、正式にサイバー部隊が発足した。


ブンデスヴェーア(ドイツ連邦軍)は、かつて西ドイツの首都だったボンに、「サイバー・アンド・インフォメーション・スペース・コマンド(CIR)」を設立した。260人体制でスタートしたCIRは、7月までに1万3500人規模になり、2021年までかけて軍隊として完全に機能させることを目指すという。CIRのサイバー兵士たちは陸軍や海軍、空軍の兵士たちと同等に扱われ、防衛のみならず、攻撃的なサイバー作戦にも従事することになる。


2016年6月、NATO(北大西洋条約機構)はサイバー空間が陸海空と同じ戦闘領域であると正式に指定した。米国防総省は2011年の段階で「サイバー空間作戦戦略」の中で、陸空海と宇宙に次いで、サイバー空間を作戦領域に加えているが、そう考えるとかなり遅いと言える。


ではなぜ今なのか。その背景のひとつにはロシアのサイバー攻撃がある。ドイツは、ロシアの仕業とみられる政党へのサイバー攻撃だけでなく、プロパガンダやフェイクニュースの拡散工作に悩まされている。なにしろドイツは今年9月に総選挙を控えている。


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そんなドイツが、実はこれまでもサイバー空間で「暗躍」してきたことはあまり知られていない。世界的に見ると、サイバー工作を行っている国としてはアメリカや中国、ロシアなどが言われているが、ドイツも負けてはいない。


直近では2017年2月、ドイツの諜報機関である連邦情報局(BND)がサイバー工作をしていることが明らかになった。1999年から米ニューヨーク・タイムズ紙や英ロイター通信、英BBCなどの電子メールから電話、ファックスまでをスパイしていた。さらにレバノンやクウェート、ジンバブエ、インド、ネパール、インドネシアなどのジャーナリストたちもターゲットになっていた。


ロイター通信の場合は、アフガニスタンやパキスタン、ナイジェリアにいたスタッフが対象になっていたとのことだが、著者もロイター通信に勤務していた時代にアフガニスタンやパキスタンと頻繁にメールや電話でやりとりしていただけに、他人事とは思えない。


2013年に元CIAのエドワード・スノーデンがNSA(米国家安全保障局)の世界的監視工作を暴露した際、ドイツのアンゲラ・メルケル首相もその対象になっていたことが判明している。メルケルは当時、「友人をスパイするのはいかがなものか」と苦言を呈していた。ドイツでは国民の反発が起き、政府がアメリカを非難したが、その背景にはナチスドイツ時代や東ドイツの社会主義時代の監視国家の記憶がある。


それなのに、ドイツも「友人」にサイバー工作をしていたことが判明した。フランスの外務省や欧州委員会の幹部などをターゲットにし、欧州の企業や個人にサイバー攻撃でスパイ行為を実施してきた。しかもメルケルが苦言を呈したNSAからの要請に応じてサイバー工作を行っていたというのだから、メルケルの発言は茶番だったと言われても仕方がない。


そしてドイツでは最近、これまで水面下で実施されてきたサイバー攻撃をもっとオープンに行うべきだとの主張が出てきている。ドイツの情報機関である連邦憲法擁護庁(BfV)のハンス・ゲオルク・マーセン長官は今年の1月10日、「防衛だけでは機能しない。敵を攻撃し、さらなる攻撃を食い止めることができるようでなければならない」と語っている。


【参考記事】ウィキリークスはCIAを売ってトランプに付いた


また他国からのサイバー攻撃に個別的自衛権を発動すると主張するCIRの設立後、ドイツのトーマス・デメジエール内相は4月9日に「防御や防衛以外とは別の、外国のサーバーを突き止めて(サイバー攻撃で)排除するルールが、国際的にも、国内にも必要だ」と述べたことが話題になった。つまり先制攻撃でサイバー攻撃を実施できるルール作りに言及したのだが、欧米各国の首脳がこうした発言をするのは稀なことだ。


ただこうした議論ができるようになれば、もしかすると現在はほとんど存在しないサイバー攻撃の国際的なルールに対する認識が変わっていくかもしれない。ドイツにしてみれば、みんなが水面下でやっているサイバー攻撃についてきちんと話し合いましょう、ということなのだろう。


サイバー空間で暗躍するドイツが世界のサイバー政策にどんな影響を与えるのか、注目されている。



山田敏弘(ジャーナリスト)


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