はじめまして。駆け出しのフリーライター、中沢といいます。ぼくは今、人との意思疎通を苦手とするメンタリティ、いわゆる“コミュ障”で悩んでいます。それにも関わらず、人から話を聞き出すライターを仕事に選んでいるのですから、我ながら手に負えません。一刻も早くこの悩みを解決せねば…! そんな思いを胸にコミュニケーションの達人を尋ねることにしました。
今回お話をお聞きするのはカウンセラーの高石宏輔さん。慶応大学在学中にパニック障害、うつ病を経験。それからカウンセリングを学んだ後、百戦錬磨の場としてナンパや路上スカウトを選び、現在はカウンセラーとして活躍する異色の経歴の持ち主です。
およそ1年前、自分を上手くプレゼンする能力や空気を読んで周りに合わせる能力こそ“コミュ力”と考えていたぼくは、偶然手にした高石さんの本に衝撃を受けました。
カウンセラー・高石宏輔さんが自らの経験を通して得たコミュニケーションに関する知見をまとめた自伝的な一冊
※画像は春秋社より許可を頂き掲載しています
※画像は春秋社より許可を頂き掲載しています
本書は、言いたいことを言わず空気ばかり読もうとするスタンスを「表面上だけ上手くいっているように見えるコミュニケーションの手段」とバッサリ。
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皆さんにも心当たりはありませんか? 他人との関わりがなくなるのを恐れるあまり、自分が本当に思っていることを言わずに発展性のない会話を続け、自己嫌悪に陥ること。
人間関係の摩擦を恐れて自分の心に蓋をしながら生きていくと、次第に本心を自覚できないほど感情が鈍化し、他人の気持ちも理解できなくなってしまうそうです……。
この状態から抜け出すには自己観察が不可欠、と高石さんは指摘します。
“自分が他人と接しているときにどのようなことを感じ、どのように身体が動いたのかを静かに丁寧に見つめていくと、コミュニケーションの中での所作や言動が改善されていく”
『あなたは、なぜ、つながれないのか ラポールと身体知』(高石宏輔/春秋社)p. 10より
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読むと納得ですが、実践でその余裕はありません。そこで、自己観察の仕方を具体的に教えていただきつつ、コミュ障で悩む人はどう自分と向き合えばいいのかお聞きすることにしました。
取材から一転、悩み相談の時間に……!?
―――今日はコミュ障をテーマに、その対策や自分の感情との向き合い方についてお聞きしたいと思います。実際、ぼく自身がコミュ障で困っているので、ところどころ個人的な悩みを相談しつつお話をうかがえればなと……。高石 では、まずは中沢さんに悩みをお話し頂いて、それにぼくがお応えする形はいかがでしょう? ぼくの意見を先に話してしまうと、そこに同調しなければいけない流れになってしまうので。
―――えっ! わかりました。ではそれでお願いします!
……ということで、いきなり個人的な悩みをぶつける展開に! 結果、取材というより悩める27歳のカウンセリングの時間になってしまいました。
会話中の極度の緊張には“前触れ”がある!?
―――まず初めに相談したいのが、人から一方的に話され、自分の話ができないことについてです。例えば、好意を抱く女性と話をしていても、いつもひたすら職場の愚痴を言われ続ける関係になってしまうんです。本当はもっと共通の話題でキャッチボールをしたいんですけど……。高石 愚痴を聞きながら、内心そう思っているわけですよね。けど、そのことは彼女に言ってないのですか?
―――言ってません。嫌われたり、関係性が終わったりするのが恐くて。以前、彼女を非難するようなことを言ってしまい、向こうの心が閉じてしまったこともありまして。
高石 非難にならない形で自分がどんな話をしたいかを伝えたりはしていますか?
―――共通の話題と思える話を振ったりはしています。ただ、彼女はあまりピンと来ていないようで……。
高石 なるほど。彼女が愚痴を言いたい心境であれば、たとえ共通の話題であったとしても、噛み合わないかもしれませんね(笑)。ひとまずは彼女が話している内容から逸れないことが大事かもしれません。
―――つまり愚痴を聞きながら、自然な形で共通の話題に持っていくべきと?
高石 いえ、愚痴を聞きながら中沢さんが思っていることを伝えるんです。
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高石 はい(笑)。それだと攻撃的ですよね。どうして早く終わって欲しいんですか?
―――彼女と会って話すのを楽しみにしていたのに、愚痴ばかり言われるとイライラしてしまって……。
高石 そういう気持ちがあったわけですね。じゃあイライラして制御不能になる前に、中沢さんの素直な気持ちが言えたらいいですよね。
―――そうなんですけど……緊張してうまく言えるか正直不安です。実は以前にパニック障害を患い、会話中に極度に緊張すると過呼吸になってしまうこともあったりして……。
高石 気づいたら呼吸がしづらくなっていたという感じですか?
―――はい。いつも突然襲われる感じで……。
高石 実際はそうなる前に前兆があるんじゃないかと思うんです。なんとなく嫌だなと思っていたり、いつもよりちょっとだけ息苦しさを感じていたり。
―――意識的じゃないと見逃すレベルの小さな反応というか。
高石 そうです。別に大丈夫だろうと思っているときに、すでにそうなりつつあったということですね。自分を普段よりほんの少しでも丁寧に観察できていると、いつも気づいていなかった小さな緊張まで認識できるようになります。「あっ、この体の緊張は、このまま行くと過呼吸になるパターンだ」みたいな。それに早めに気づけば会話の流れを変えることもできるかもしれません。
―――彼女に対するイライラも同じように前兆があるかもしれないと。
高石 そうですね。これまでは気づいたら愚痴を言われ続けてイライラしていたという感じですよね? でもそうなる前に、嫌な予感とか、体の緊張とかに気づけるようになると、会話の展開も変わってくるはずですよ。
―――なるほど。そういうふうに自分を観察していったら、思っていることを少しずつでも言える気がしてきました。
高石 それはいいですね。
誰でも会話上手に? “コミュ力”向上トレーニング
―――高石さんは会話の達人だと思うのですけど、話を聞き出すときのコツとかテクニックってあるんでしょうか? ぼくも人の話を引き出す仕事なので、参考にさせてもらいたくて。
高石 達人じゃないですけどね(笑)。ただ、いわゆる会話のコツって求め始めると取って付けたものになってしまうと思います。大切なのは自分の取りこぼしに気づくこと。たとえば今日、取材の後に「さっきこれ聞いとけばよかったな…」とか、ふとした瞬間に頭に浮かぶかもしれません。それを取材中に気づけるようになるとインタビューの精度が高まりますよね。
―――たしかに。
高石 そうなるためには、会話の振り返りが重要だと思うんです。プライベートや仕事で誰かと話した後、それを思い返す時間ってありますか?
―――いや、そういうのはしてこなかったです……。
高石 では、今ここでやってみましょうか。一旦、仕事ということを忘れて、僕の目を見る必要はないので、何となく下の辺りを見つつ、思い出してみてください。さっき自分はここでこんなこと話してたな……と。好きな女性との会話のこと、それからパニックになるときのこと……。周りのことは忘れて、なんとなく今自分がしている呼吸を感じつつ。
(下を向いたままぼんやりとしている)
高石 その中で、もっと話したかったことや聞きそびれてしまったこと。あのとき本当はこう思っていたなとか。振り返ってみると、会話の中でこんなことを感じていたなということが思い浮かんでくるまで待ってみてください。
―――取材の始めはすごく緊張してたなとか、途中焦って自分の話をしていたなとか、そういうことを思ったんですけど、これで合っていますか?
高石 そうそう、そんな感じです。この作業を日々繰り返していくと、細かい取りこぼしに気づくスピードが早くなっていきます。はじめはコミュニケーションが終わった後にしか気づかなくても、次第に会話中にも違和感に気づいて、その場で修正できるようになっていくと思いますよ。
―――なるほど。業界の先輩からは「とにかく書け!」みたいなスパルタ的な指導が多いので、本当に新鮮です。
高石 例えば帰り道とかに自然な形で振り返りができたらいいですよね。僕はカウンセリングを終えた後の一時間くらいは予定を入れないようにしています。時間を作っておくと自然と振り返ることができますよ。
取材を終えて……
高石さんへの取材が終わりました。いや、これはもはや自分への取材といっても過言ではありません。「答えはクライアント自身にある」という考えのもと、高石さんは内省を誘う言葉を次々と投げかけてきます。
ぼくは導かれるまま、1時間話し続けました。意中の相手との会話中に見過ごしていた感情や彼女にずっと話したいと思っていたこと。忘れかけていた数々の思いが心の中を去来します。
一度は自ら抱いた気持ちなのに、なぜ今まで気づかずに過ごしていたのか……。我ながら自分の鈍感さが怖くなりました。
その恐怖と反省が自分を少しずつ変えつつあります。
以前は一度自己嫌悪に陥ると抜け出せないことがよくありました。今も失敗が絶えない日々ですが、不思議と感じる痛みは和らいでいる。
ネガティブな感情が渦巻く心の中を少しは冷静に見つめられるようになったのかもしれません。
取材後のある日、初対面の相手と話をするとき、無意識に呼吸が浅くなっている自分にふと気づくこともありました。
そのとき相手はゆっくりと息を吸うようにして、リラックスしている。緊張しているぼくを気遣ってのことなのかもしれません。以前なら見逃していた動作でした。
そう考えると、自分自身をつぶさに観察することは、他人と丁寧に接することに通じる行為なのかもしれません。
だから今、改めて思うのです。
コミュ障の人がまず向き合うべきは「相手よりも自分自身」と。
自分の言動を日々振り返りながら、感情ときちんと向き合い、気になることは少しずつでも改善していく。それがやがて人間関係のあり方を変えていく。
取材を通して、それを体験しました。
皆さんもほっと一息ついたときなどにぜひ自分を観察してみませんか。まだ気づいていない気持ちに出会えるかもしれませんよ。
●識者プロフィール
高石宏輔さん(たかいし・ひろすけ)
カウンセラー。大学在学中よりカウンセリングのトレーニングを受け始め、セミナー講師なども務める。2010年よりコミュニケーションに関連するワークショップを開催。その他、大学等でもコミュニケーション関連の講演を行っている。著書に『あなたは、なぜ、つながれないのか ラポールと身体知』(春秋社)、共著に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(中経出版)。
●構成・文/中沢 新 撮影/逢坂 聡
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