トルコで最も強力な実権型大統領が誕生する意味

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2017年04月18日 17:13  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<トルコで憲法改正の是非を問う国民投票が16日に行われ、改正がほぼ決定した。これによりエルドアン大統領は、トルコ共和国史上、最も強い大統領となる。その意味とは>


2017年4月16日に実施された18項目の憲法改正に関する国民投票は、賛成51.4%、反対48.5%という結果となり、賛成が過半数を超えたために改正がほぼ決定した(注:18項目の改正の内容に関しては、例えば、岩坂将充「トルコにおける国民投票――「大統領制」は何をもたらしうるのか」参照)。投票に不正があったとして最大野党の共和人民党が抗議しており、一部の得票の見直しが行われる可能性があるが、今回の改正により、トルコ共和国において制度的に最も強い大統領が誕生することとなった。


拮抗した賛成と反対


投票直前まで賛成と反対が拮抗していると見られてきた。常に賛成派有利とは見られていたが、賛成支持のレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領や公正発展党党首で首相のビナリ・ユルドゥルムが最後まで賛成を呼びかけるキャンペーンに奔走した。アナトリア中央部と黒海地方では賛成票が多く、地中海沿岸と南東部では反対票が多く見られた。


これは総選挙において公正発展党の勝利した県とほぼ同じ傾向を示しているが、異なっているののはイスタンブルとアンカラという2大都市で反対票が賛成票を上回った点である。経済所得が高い県で反対票が目立った。


エルドアン大統領および公正発展党は、国民投票に際し、2つの戦略を採った。エルドアン大統領は現地時間の16日19時過ぎにユルドゥルム首相および憲法改正を支持した民族主義者行動党のデヴレット・バフチェリ党首に感謝の意を伝えた 。また、現地時間16日21時45分過ぎにユルドゥルム首相が勝利宣言を行ったが、その際もバフチェリ党首に対して謝辞を述べた。


【参考記事】迫るトルコの国民投票:憲法改正をめぐる政治力学


2016年6月に実施された総選挙、同年実施された再選挙における公正発展党と民族主義者行動党の得票率は、それぞれ40.9%と16.3%、49.5%と11.9%だったことを考えると、かなりの支持者が反対にまわったと考えられるが、それでも民族主義者行動党の協力は憲法改正の実現に不可欠であったと結論づけられる。


もう1つの戦略は、西ヨーロッパを中心とした在外投票者の開拓と取り組みであった 。ドイツ、オランダ、オーストリアなどでは閣僚が選挙キャンペーンを行ったことで当該政府との関係が悪化したが、結果的に在外の賛成の割合は59%と全体の賛成の割合を大きく上回った。エルドアン大統領および公正発展党が展開した2つの戦略は一定程度成功を収めたと言えるだろう。


【参考記事】緊張が高まるトルコと西ヨーロッパ諸国


政治学的視点から見た実権的大統領制


今回の憲法改正の最大の特徴は、執政制度が議院内閣制から大統領制に変わる点である。少しだけ議院内閣制と大統領制の違いを見てみたい。議院内閣制と大統領制は行政部門の活動を統括するリーダーをどのように選出し、議会や国民とどのような関係を構築するかを定める執政制度における最も多く採用されている2つの統治形態である。


最大の違いは、執政長官の選出の仕方であり、議院内閣制は議会による間接的に執政長官が選ばれるのに対し、大統領制は国民の直接投票によって選出される。


また、フランス、ドイツ、韓国などのように大統領と首相(総理)が共に存在する国も多いが、こうしたケースでは、実質的に大統領と首相のどちらが執政長官としての役割(行政権)を果たしているかによってどちらの制度か決定される。韓国は大統領制、トルコは今後の大統領制移行までは議院内閣制である。また、大統領と首相が行政権を分担している場合は、半大統領制と定義される。


加えて、トーマス・ポグントケとポール・ウェブは、2004年に民主主義国家が「大統領制化」していることを指摘したが、これは議院内閣制を採る国家において、制度上ではなく実際の運用において首相や調整役もしくは象徴として機能するはずの大統領の個人的権限が高まっていることを指している(詳細はT・ポグントケ/P・ウェブ(岩崎正洋監訳)『民主政治はなぜ「大統領制化」するのか』ミネルヴァ書房、2014年)。


民主主義体制下における執政制度の特徴は、強力な権力を有する執政者を輩出しないことである。例えば、議院内閣制で選出される首相は、通常、行政権と立法権を行使する能力を兼ねるが、その信任は議会に負っているので、任期は必ずしも固定されていない。一方、大統領は、通常、任期は固定されているが、立法権は議会が有している。要するに、政変などが起こり得ないと仮定される民主主義体制下では、三権分立とチェック・アンド・バランスによって抑制された権力を行使することが重要視されるのである。


こうした諸点を念頭において、改めて今回のトルコの大統領制への移行を検討すると、次のように言えるだろう。


まず、大統領制への制度的な移行は、2007年10月に大統領を国民の直接投票によって選出するという憲法の改訂が行われた時点からすでに始まっており、2014年8月の初めての国民の直接投票による大統領の選出、そして今回の憲法改正というように段階的に進められてきた(注:2014年8月から2017年4月15日まではエルドアン大統領による「大統領制化」の時期と評価される)。


2点目に、三権分立よって権力を抑制することよりも大統領に権限を集中させることで、外部勢力の政治への介入を抑制することが念頭に置かれた。トルコは1945年に複数政党制を導入し、民主主義国の道を歩み始めたが、これまでに軍部による2度のクーデタ、2度の書簡によるクーデタ、3度のクーデタ未遂を経験している。特に昨年7月15日の軍部の一部の反乱戦力によるクーデタ未遂事件はエルドアン大統領と彼の出身政党で与党である公正発展党の政策決定者たちに、実権的な大統領制の制度化の必要性を認識させた。


民主主義体制下でも、とりわけ新興民主主義国に区分される国々ではいまだに政権が外部勢力によって打倒されるケースがみられる。今回のトルコの憲法改正のように、三権分立とチェック・アンド・バランスよりも、外部勢力への対応のために権力を集中するという措置は今後、他の新興民主主義国でも採用される可能性もあるだろう。


トルコ政治史における実権的大統領制の意義


それでは次に、トルコ政治史における実権的大統領制について考えてみよう。建国の父であるムスタファ・ケマルは一党独裁期の大統領として新生トルコを牽引した。ムスタファ・ケマルの出身政党である共和人民党の一党独裁であったため、非常に強い権限を有していたが、執政制度は議院内閣制であった。


ケマル以外に強い大統領と言えたのが、1983年から89年まで首相、89年から93年の急死まで大統領を務めたトゥルグット・オザルである。オザルも大統領に選出された89年10月から91年10月まで出身政党の祖国党が与党であったため、権力行使が容易であった。特に1990年8月から91年3月にかけての湾岸危機において、オザルは独断で多国籍軍と協力する方針を固めた(今井宏平『中東秩序をめぐる現代トルコ外交』参照)。しかし、これに対して外務大臣、国防大臣、統合参謀総長が相次いで辞任する事態となった。結局、91年10月に祖国党が野党となり、オザルの権力は低下した。


2014年8月から大統領制に移行するまでのエルドアン大統領も出身政党の公正発展党が単独与党の座を失った2015年6月から11月までの期間を除き、強い権力を保持している。


このように、クーデタ後の軍政期を除き、ケマル、オザル、エルドアンは大統領として強い権限を有していた。しかし、執政制度は議院内閣制であったため、彼らはあくまで「大統領化」した大統領であった。よって、大統領制に基づき、行政権を持つ実権的な大統領となるエルドアンは制度上、最も強力な権力行使が可能となる。


正当性を高められるかは移行期が鍵


制度上はトルコ共和国史上、最も強い大統領となるエルドアンであるが、政治運営はまた別の次元の話である。予想以上の苦戦を強いられ、僅差で勝利したこともあり、大統領制までの移行期、および大統領制に移行する2019年11月以降、当面は慎重な政治運営を行う可能性もある。強大な権力をいかに自制できるかがエルドアンをはじめ、今後の大統領に求められるだろう。


今後懸念されるのは、大規模テロの発生と、EU諸国との軋轢の深まりである。「イスラーム国(IS)」やクルディスタン労働者党(PKK)とのつながりが疑われる「クルディスタン自由の鷹(TAK)」は、国民投票前のテロは大統領制の実現に利するとして自制していたと見られており、国民投票が終わったことで再び活動を活発化する可能性がある。


また、国民投票のキャンペーンをめぐり、トルコとの関係が悪化したEU諸国は大統領制の実現を快く思っていないのは確かである。


国民投票後にエルドアン大統領が死刑の復活について言及するなど、すでにトルコとEU諸国との間では火花が散っているが、EU諸国はトルコによって難民の流入が防がれていることもあり、緊張が過度に高まるのは避けるだろう。特にEUの盟主であるドイツは9月に選挙を控えており、ナショナリストを刺激しないためにも難民の抑制は不可欠である。


大統領制が正式に施行される2019年11月までの間、国民投票で生じた国内の亀裂、そして欧州との亀裂を修復させ、テロを防ぎ国内の治安を確保することができれば、実権的大統領制の正当性は高まるだろう。


参考文献


・岩崎正洋『比較政治学入門』勁草書房、2015年。


・粕谷裕子『比較政治学』ミネルヴァ書房、2014年。


・建林正彦・曽我謙吾・待鳥聡史『比較政治制度論』有斐閣、2008年。




今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)


このニュースに関するつぶやき

  • オスマン帝国への「回帰」を理想とし、クルド人を虐殺し続けるエルドアンの「正当性」など国際社会が「認めたら終わり」だと思う。
    • イイネ!15
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