<生まれつき金持ちなことを恥じないイバンカの生き方は中国エリートのロールモデル、中国語で歌う白人娘のアラベラは中国の未来?>
北朝鮮問題や南シナ海の領有権問題をめぐり米中関係が緊張するなか、一般の中国人はもちろん中国の政治指導者をも魅了する意外な外交使節が表れた。ドナルド・トランプ米大統領の長女、イバンカ・トランプだ。
つい先日正式に政権入りしたイバンカは2月上旬、在米中国大使館で春節式典に出席した際、5歳の娘アラベラに中国語で新年の歌を披露させた。その動画が世界中を駆け巡ったのは記憶に新しい。4月上旬にフロリダのトランプの別荘「マール・ア・ラーゴ」で米中首脳会談が行われたときも、イバンカは中国の習近平国家主席夫妻の前でアラベラに中国語の民謡を歌わせた。
Very proud of Arabella and Joseph for their performance in honor of President Xi Jinping and Madame Peng Liyuan's official visit to the US! pic.twitter.com/fu3RIh26UO— Ivanka Trump (@IvankaTrump) 2017年4月7日
トランプの別荘で中国の歌を披露するアラベラと大感激の習近平夫妻
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イバンカは、従来の大統領一家による外交儀礼を超えた領域で影響力を発揮している。「いつもはトランプに批判的な中国のコメンテーターでさえ、イバンカの話題になると敬意を払う。少なくとも表立った批判は控えている」と、米ニューヨーカー誌は指摘する。中国の一部ネチズンは、イバンカは独力で成功した女性の鑑であり、富裕な名家の子孫として一目を置く。
【参考記事】イバンカ政権入りでホワイトハウスがトランプ家に乗っ取られる
中国「イバンカ熱」の源泉
なぜイバンカが好きなのか。それはトランプ政権下の米中関係にどんな意味をもつのか。3人の識者に聞いた。
■レベッカ・カール(米ニューヨーク大学歴史学教授)
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イバンカは、中国のエリート層特有と思われてきたクレプトクラシー(権力者が国の富を独占すること)と縁故主義が、アメリカのエリート層にも同じようにはびこっていることを体現している。中国のいわゆる「伝統ある縁故主義」も「アメリカ版の縁故資本主義」も、もはや見分けがつかない。米政界は、今までクレプトクラシーと見られないように取り繕ってきた。だがそれもおしまいだ。イバンカは身をもって、アメリカがひた隠しにしてきた実情を世界に暴露した。
【参考記事】スカーレット・ヨハンソンが明かしたイバンカ・トランプの正体──SNL
自分の努力でなく立派な家柄出身というだけでトップに上り詰める人間に対して、嫉妬と尊敬の入り混じった気持ちを抱く文化は中国にもある。現代中国史において、家柄や社会階層をめぐって凄まじい政治闘争が繰り広げられてきたのは、単に毛沢東主義が暴走したためだけでなく、生い立ちがどれほど社会的な成功を左右するかを察して、持たざる人々が戦った証だ。アメリカも、政界や社会に蔓延する中国並みに汚い出来レースを前に、人々は絶えず壁にぶつかってきた。
白人でブロンドで家長を重んじ、自分や家族の利益になる限り社会の不公正など気にもかけないイバンカのような女性が、中国(やアメリカ)で憧れの対象になっても驚くにはあたらない。しかしだからといって、イバンカの存在が米中関係に実質的な変化をもたらすとは思えない。むしろ彼女は、もっとグローバルで生死に直結する問題──戦争や金融、経済競争、貧困、環境問題など──について議論が及ぶのを避けるためのお飾りだ。
■イシュ・マオ、独フンボルト大学ベルリン大学院生
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トランプは大統領就任前から中国を挑発する発言を繰り返してきたが、いまや多くの中国人が、本人やトランプ家に対して奇妙な共感を覚えている。トランプが着々と家族経営のような政権をこしらえたことに対し、アメリカでは批判の声が噴出したが、多数の中国共産党幹部にとっては、権力を掌握するための手法としてあまりに見慣れた光景だ。
一時トランプと妻のメラニアの不仲説が出回ると、中国で夫の影に隠れてないがしろにされている主婦層のネチズンが一斉にメラニアに感情移入し、応援するようになった。
中国エリートの模範
トランプ家のポジティブなエネルギーの源泉とされるイバンカを中国で崇拝するのは、美しく自立し成功したいと熱望するホワイトカラーの女性だけではない。「Bling Dynasty」と称される中国でわずか1%の超富裕層や、「富二代」と呼ばれる裕福なエリート層の子どもたちも、自分たちのロールモデルとしてイバンカに憧れている。
トランプ家のゴシップを取り上げる中国メディアの過熱ぶりは、米中が対立する諸問題の扱いの小ささと比べると、常軌を逸している。
トランプの孫娘にあたるアラベラが中国語で歌を披露した動画は、中国の一般家庭で何度も再生されたが、肝心のトランプと習による会談内容については、いまだ詳細がはっきり伝わっていない。なぜこうなったのか。まず中国は、対米関係の悪化から国民の目をそむけ、対米世論を和らげようとしたのではないか。その上で武道さながら、戦いの前に敵に敬意と感謝の意を示したのかもしれない。トランプ政権もそれに応じ、友好的なジェスチャーを見せた格好だ。
中国でトランプへの共感が広がる背景には、2国間の相互理解と共通点を見出すために地ならしをしたい中国側の明確な願望がある。米中関係を改善する道のりは前途多難だが、今のところ両国とも落ち着いた雰囲気で交渉をスタートさせる構えのようだ。下馬評とは違い、トランプは中国流の戦術にかなり巧みに応戦しているようだ。大統領選中、中国で長年ビジネスを行った経験を自信満々に宣伝していたのも納得できる。
■リンダ・ジェビン(作家)
権力者の前でかわいい女の子が演じるのは中国の広報、プロパガンダ、外交の常套手段だ。ある中国の友人は、小学生のころしょっちゅう北京の国際空港に呼び出されていた。そこには数百人のかわいい愛国者が集まっていて、花束を持って外国からの賓客を歓迎した。幼稚園の子供たちも、振付のついた歌と踊りを軍事パレード並みの正確さで披露し、かわいらしさでお客様を魅了した。
中国研究家ローラ・ポッジが著書『中国の子供たちよ立ち上がれ!』で書いた100年前の中華民国では、ダーウィンの『進化論』に影響を受けた中国の知識人の間で後から生まれる者ほど価値があると信じられ、子供こそ国家の進歩の希望ともてはやされた。当時の映画もテレビも、思春期前で無垢でかわいい子供の作品でいっぱいだ。今の子供用品にかわいらしいものが多いのも、子供を「母なる大地」の象徴とする信仰を裏付けている。
アラベラも夢に見る中国
アラベラ・クシュナーは、子供を国家発展の希望と崇める中国の子供信仰の西洋人版だ。かわいらしく飾り立てられた青い目のお人形がどこか退屈そうにしていると、嘘がなくていっそう純真で魅力的に見える。彼女がたどたどしく漢詩をそらんじ、党幹部が好みそうな歌を歌うと、中国人はまるで自分が褒められたように感じる。最も反中的なアメリカ大統領の孫娘さえが中国に未来を見ているのだ、と。
そしてイバンカ・トランプは生まれながらのブランドだ。彼女がインスタグラムやツイッターに投稿するアラベラの姿に、中国人は人類の次の進化段階のビジョンを見る。生まれながらにして中国文明の優越性を理解し、中国語で歌って踊る西洋の子供は中国の未来であり、将来の顧客としてまた投資家として、富の源泉でもある。アラベラへの称賛は、祖父のトランプに向けられるはずだった嫌悪や怒りをかき消した。アラベラの助けを借りて、イバンカはまた、トランプに金メッキを施すことに成功したのだ。
From Foreign Policy Magazine
レベッカ・カール(米ニューヨーク大学歴史学教授)他
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