日本の国是「専守防衛」は冷徹な軍略でもある - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2017年04月20日 16:44  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<国際世論を味方に付けなければならない現代、先制攻撃が得策とは限らない。第二次大戦の「旧枢軸国」である日本が専守防衛を国是とするのは一つの軍略でもある>


北朝鮮危機の緊張が高まりつつある今月12日、トランプ大統領はFOXビジネスニュースのマリア・バートロモのインタビューに応えて「我々はアルマダ(大艦隊)を送っている。大変にパワフルな艦隊だ。」と述べていました。


この発言の前の今月8日に米海軍は、原子力航空母艦のカール・ビンソンを旗艦とした空母打撃群を北へ向かわせているという発表をしていたことから、それが「アルマダ」だということになり、米国が北朝鮮の核開発を封じ込める意図を明確に表現したメッセージだと受け止められました。


ですが、それから一週間後になって、実はカール・ビンソンを旗艦とする艦隊は、12日の時点でもインドネシア近海を南へ向かっており、オーストラリアとの統合軍事演習に参加していたのだということが明らかになりました。


一部には「連絡ミスではないか」などという報道もありましたが、そんなことはないでしょう。では、騙そうとしてやっていたのでしょうか? それだけではないと思います。軍事衛星などを通じて情報収集している国(例えば中国やロシア)から、情報が洩れているかどうか試していたのではないでしょうか。


米国では、その後、ホワイトハウスのスパイサー報道官が釈明したりしていますが、こんな重要な軍事行動について情報が錯綜するはずはありません。ますますもって、何らかの意図でそうした言い方をしていたと考えられます。いわゆる「軍略」というものです。


【参考記事】米空母「実は北朝鮮に向かっていなかった」判明までの経緯


日本に軍略はあるか?


日本にも軍略はあります。日本の軍略は専守防衛論という国是です。


今回の北朝鮮危機に際して日本政府は、北朝鮮が日本領海内に弾道ミサイルを発射した場合、「武力攻撃切迫事態」へ認定する「検討に入った」と報じられています。


安全保障関連法では、緊迫度が三段階に分けられています。(第一段階)武力攻撃予測事態、(第二段階)武力攻撃切迫事態、(第三段階)武力攻撃発生事態の3つの段階であり、その中の「第二段階」となる「武力攻撃切迫事態」になれば、防衛出動を発令し、自衛隊を前線に配備することができる、その検討に「入った」というわけです。


ちなみに、個別的自衛権を発動して武力による反撃が可能となるのは、第三段階つまり攻撃が発生したケースだけとなります。日本の場合は「専守防衛」が国是である以上、そうなっているわけです。


そう申し上げると、専守防衛では十分な防衛ができないので、敵の攻撃が切迫した場合は先制攻撃ができるようにせよという声があります。どうして、日本だけが「専守防衛」などという自主規制をしなくてはいけないのか、というわけです。では、軍略ということで考えた時に、この専守防衛論というのは、マイナスなのでしょうか?


必ずしもそうではないと思います。現代の戦争はケーブルニュースとネット動画で国際世論を味方に付けたほうが圧倒的に有利、つまり国際世論を相手にした情報戦という性格を持っています。ですから、反対に先に撃って「戦争の原因を作り」国際世論を敵に回せば、いかに軍事面で優位に立っていても大局的には不利になり得るのです。


この点で、残念ながら旧枢軸国というイメージ的なハンデを背負った日本は、少し他の国とは条件が異なります。他の国よりも余計に先に撃っては損になるのです。何とも不公平な話ですが、歴史的な宿命ですから仕方ありません。不愉快だと憤ることはできても、相手のある話、しかも損得の話として、こうしたハンデがついているという計算は必要なのです。


ですから、反対に、被害を抑えつつ相手に先に撃たせたというイメージを世界中に拡散して、被害者の正義と反攻の正当性、そして何よりも広範な国際世論の支持をゲットするというのが有事の初動における重要な作戦になります。


もっと言えば、先に撃ってしまったら「枢軸日本の軍国主義が復活した」という敵方のプロパガンダに口実を与えてしまいますが、相手に先に撃たせれば「平和主義国家の日本が被害を受けた」というイメージを得ることができる、この差は途方もなく大きいと思います。


【参考記事】自衛隊の南スーダン撤退で見えた「積極的平和主義」の限界


対米戦争の敗因


何よりも、様々な駆け引きの結果として、先制攻撃に追い込まれたことが、第二次大戦における対米戦争の敗因の一つだという議論があります。これも倫理的な問題というより、軍略における錯誤の一つとして教訓にしてきたのは事実だと思います。


専守防衛というのは、そのような冷徹な軍略の一種であって、創設以来の自衛隊はそのような軍略を大前提として、国民の生命財産を守るための方略を様々に研究し、また実戦部隊の練度を高めてきたわけです。


今回の北朝鮮危機を契機として、先制攻撃を可能にすべきという議論があるようですが、現時点で国是として採用していないのは、純粋な軍略の問題として理由のあることと考えます。



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  • まぁ日帝騒ぐのは特アしかありませんがね(笑) 後、超大国も『最初の引き金だけは引きたくない』という現実は何なんだとry
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