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意外と少ない? 「会話がウザい」の声
「お仕事、何されているんですか?」
「今日この後どこか行かれるんですか?」
「好きな有名人とかいますか?」
全国の美容サロンで日々飛び交うこれらのフレーズ。いずれも定番の「会話の入り口」だが、ネット上ではすこぶる評判が悪い。
「プライベートを聞かれるのが苦痛」
「何度も同じことを聞かれるのがウザい」
「そもそも会話をしたくない」
不満の多くはこの辺りだ。
実際どのくらいの人が会話にストレスを感じているのだろうか。調査データを当たった。
サロンに対してできなくて・言えなくて ストレスを感じたこと


(回答者:男性342人、女性5,667人 回答形式:複数回答)
美容サロンで感じたコミュニケーションストレスを尋ねた上記アンケート。施術中の会話、いわゆる「雑談」に関する項目は次の2つが該当する。
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「以前に聞かれたことや伝えたことを何度も聞かれるのが面倒」 男性5.6% 女性6.8%
数値的には、決して多くはないが一定数はいる、といったところだろう。
こうした声にサロン側は何を思うのか。都内で開かれた美容師交流会に参加し、話を聞いてみた。
「会話が苦痛」に陥りやすいサロン利用者の特徴とは

高円寺のサロン「Up to You」で開かれた美容師交流会。サロンオーナー、スタイリスト、アシスタントら13名が集結。幅広い話が展開された
――単刀直入にお聞きします。苦手との声もある中、サロンスタッフはなぜ施術中の会話にこだわるのでしょうか。
「単純に愉しく話して自分たちのことを好きになってほしい、という気持ちが一つ。あとは、お客様のことを深く理解するため。髪形は仕事やライフスタイルに直結しているので、相手を知れば知るほどご提案の幅も広がるんですよ」(大泉学園のサロンオーナー・山口晃さん)
サロンオーナー・山口晃さん
施術中のトークは、いわば雑談の形を取った「ヒアリング」。カウンセリングでは掴み切れない顧客のニーズを探る意図もあるようだ。
とはいえプライベートな話題となれば、抵抗を感じる人も多いのではないだろうか。
―― 正直、常連客以外は距離感の近い会話を嫌がりませんか……?
「一概にそうとも言えないんです。好きな相手には自分のことを知ってほしいし、相手のことも知りたくなるじゃないですか。それはサロンも一緒。“この人に切ってほしい”というモチベーションがあれば、たとえ関係が浅くても深い会話が可能なんです。逆にスタイリストへの関心がなければ、話題を問わず会話自体を億劫と思われてしまいます」(高円寺のサロンオーナー・桑原淳さん)
この考えに則れば、指名をしない客ほど会話を苦痛に感じやすいことになる。
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その背景には、美容所の供給過剰と市場規模の縮小に伴う激しい価格競争がある。
「今は初回を特別価格にするサロンが非常に多く、お得感でサロンを選ぶ傾向も強まっています。ただし、2回目以降は通常価格。価格重視の人たちは“値上げ”を避けるように初回特典の店を転々とする。その結果、馴染みのない施術者、つまり関心のないスタイリストたちとの会話を余儀なくされるわけです」(桑原淳さん)
初回来店時も気まずくなくなる!? サロン選びの大切な視点
サロンオーナー・桑原淳さん(右)
―― ではスタイリストを基準に店を選ぶことが“会話問題”の解決策?
「そう思います。別に決め手はスタイリングセンスじゃなくてもいいんです。僕はブログで旅や漫画好きであることを発信しています。それに共感して来てくださったお客様とは、初対面であっても会話が弾みます」(桑原淳さん)
個性や価値観への共感がコミュニケーションを楽しくする近道――。この考え方は他の参加者にも共通していた。
千葉でサロン2店舗を営む石橋滋夫さんはラーメンに力を入れたブログを運営。“麺党”の来店も少なくないという。
昨今こうした個性の発信の場はサロン予約サービスにも広がっている。
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「ユーザーも興味のある施術者と事前にやり取りを重ね、個性や接客スタイルを理解した上で予約する。当然、現場でのズレは少ないでしょうね」(「minimo」ディレクター・田中秀一郎さん)
NGワード? 「今日どうしますか?」に潜むワナ

画像提供:橋本学さん
橋本学さんのカウンセリング講座は全国でのべ1万人以上の美容師(ネイリスト、エステティシャンも含む)が受講している
橋本学さんのカウンセリング講座は全国でのべ1万人以上の美容師(ネイリスト、エステティシャンも含む)が受講している
施術中の会話問題を別の軸で論じる人もいる。美容サロン専任コンサルタント・橋本学さん。彼が注目するのはカウンセリングだ。
「スタイリストの多くは施術前に『今日どうしますか?』と聞くんですよ。これが実はNGフレーズなんです」(橋本学さん)
――セオリー通りの接客に感じますが、どこが悪いのでしょう。
「なりたい髪形が具体的にある方ならいいんです。ただ、多くのお客様は生活上の不便に基づく髪の悩みを抱え、その改善を求めて来店します。でも、そこは美容の素人。どうすれば問題が解決するかは言語化できません。そもそも理想のイメージを持っていないこともある。そのため希望の髪形を聞かれても具体的に答えづらいんです」(橋本学さん)
いわば病院でいきなり理想の治療法を聞かれるようなものだろうか。患者からすれば、自分が話せるのは症状まで。それ以上を聞かれても言葉に詰まってしまう。
「だからお客様は『髪形をどうするか』の前に『なぜ髪形を変えるのか』を聞いてほしいのです。ただ、プライベートな領域だけに自分から洗いざらい話すのは難しい。できれば美容師にうまく引き出してほしいんです。それにもかかわらず『どう切るか』の話が続くと、『この人、話が通じないぞ……』と心を閉ざしてしまうわけです」(橋本学さん)
――では「今日どうしますか?」の代わりに何と言えば?
「『今のヘアスタイルで思い通りにならないことや気になることはありませんか?』などでしょうか。現状に対する不満や悩みを具体的に聞いていくことが重要です」(橋本学さん)
例えば「もっさりしているのが気になるからスッキリしたい」と相談された場合。
子育てに時間を取られるため髪のセットを楽にしたいのか、職場環境が変わるので心機一転したいのか。そこには髪形を変えることで果したい目的がある。
それを丁寧にヒアリングし、共感することで初めて客も心を開けるという。
「身に及ぶ危険やネガティブ要素を排除しようとするのは我々の防衛本能。不快を聞く質問であれば、お客様は即座に反応できるんです。もちろん、スタイリストがお客様ときちんと向き合い、髪形を変える理由に共感することが何より重要なのは言うまでもありませんが」(橋本学さん)
なぜ会話にこだわる? アシスタントたちの本音
アシスタント・横畑光一さん
ここまではスタイリストとの会話について触れてきた。続いてはアシスタントが絡むケースを考えたい。
「何度も同じことを聞かれるのがウザい」
本稿冒頭に紹介したこちらの不満。サロンによっては工程ごとに担当者が変わる。その際に話題が重複するとアシスタントが叩かれやすい。
「これは主に大手の問題。中小の場合、入れ替わりの際に話を引き継ぐ余裕がありますが、大手は予約びっしりで難しいんですよ」
サロンオーナー・山口晃さんは経験談を語る。
そもそも話題が重複しやすい定番質問をなぜ使うのか。アシスタントにも事情を聞いてみた。
――定番質問は、それ自体が客に嫌がられたり、他のスタッフと重複したりするリスクがありますが、使わざるを得ないこともあるのでしょうか?
「そこは本当にジレンマがあるのですが……会話の取っ掛かりがすぐに見つからないこともあります。そこでひとまず定番の質問からお客様の関心を探ることは正直あります」(アシスタント暦1年・横畑光一さん)
――そもそも論になりますが、ブロー中はドライヤーの音が大きく、シャンプー中はイレギュラーな態勢になります。アシスタントの作業中は会話に向かないようにも思えますが、それでも会話にこだわる理由とは?
「実際、話しかけづらいことも多いんです。ただ、“とりあえず喋る”が店の方針。黙っていると上から指導されてしまいます」(アシスタント暦1年・山口直人さん)
彼らは本音を語ってくれた。
山口直人さんの所属先を含め、多くのサロンが明るく・愉しく・居心地の良い空間を志す。
とはいえ、スタイリストには黙々と作業をする人も少なくない。放っておくと店内がピリ付き、客もリラックスできない。
そこでオーナーやスタイリストはアシスタントにこう告げる。
“とりあえず話してほしい”と。
飛び込み営業のような指示に違和感を覚える者。率先して会話を楽しむ者。受け止め方は様々だが、彼らは自身の役割を全うしようと躍起になる。
「前職のアパレル時代、『お客様7:自分3』の会話が心地良いと教わりました。今もそのバランスを意識しています」(横畑光一さん)
「お客様の話は知ったかぶらずに教えてもらう姿勢で聞いています。あと、お客様が気になっていることがあれば、検索して教えて差し上げることもあります」(山口直人さん)
「僕はインドア派かアウトドア派かを聞いて話を膨らませることが多いです。会話に乗り気でない方にはヘアケアのアドバイス。雑談はNGだけど、髪の話題はOKという方は結構いらっしゃいますので」(アシスタント暦1年・西島広太郎さん)
どれも彼らなりの努力が伝わってくる。
だが、接客時間も短く、ファンから指名される立場でもない。会話も浅くなりがちで、厳しい視線に晒されることも少なくないのが現実だ。
――美容サロンにまつわる意識調査やネットの書き込みなどを見たりはしますか?
「はい」(アシスタント全員)
――辛らつな声も少なくないと思うのですが……。
「でも正直ありがたいですよ。お客様の感覚を振り返ることができますから」(山口直人さん)
彼らは一様に同じ反応を示した。
キャリアが浅いからこそ客の気持ちが分かる――。それはアシスタントならではの強みらしい。その感覚が錆びぬよう、常にメンテナンスしている者もいる。
「私は定期的に見知らぬ美容サロンを利用しています」(アシスタント暦3年・森奈那子さん<仮名>)
彼女は客の立場から業界で定石とされる接客を見つめ直している。その背景にあるのは業界の現状に対する問題意識だ。
「アシスタントは店の意向もお客様の感覚も分かる分、“過剰に気を使いながら、とりあえず話す”という双方を意識したスタンスを取りがちです。お客様も気を使って会話に付き合ってくださる感じもあって、互いに無理をしているように思います。そんなのおかしいですよね」(森奈那子さん)
話を聞けば聞くほど、オーナーやスタイリストとアシスタントとの意識の違いが浮き彫りになっていく。
業界に染まり切る前だからこそ感じる葛藤やジレンマ。普段誰にも語ることのない複雑な思いを抱え、彼・彼女らは今日も笑顔で店に立つ。
1000円カット「QBハウス」が雑談しないワケ
画像提供:キュービーネット株式会社
キュービーネットが店舗拡大を図る美容サロン「FaSS」。サービスの特徴は「20分2000円 カット&スタイリング」。本業態も“会話ナシ”だ
キュービーネットが店舗拡大を図る美容サロン「FaSS」。サービスの特徴は「20分2000円 カット&スタイリング」。本業態も“会話ナシ”だ
スタッフとの相性の問題ではなく、対面での会話自体が苦手――。サロン利用者の中には、こうした層が一定数存在する。
特に相手を問わず意思疎通に躓きやすい人は、どうすれば会話をせずに高いレベルの施術を受けられるのか。
美容師交流会の数日後、茨城で働くキャリア25年のスタイリスト・渡邊真由美さんからメールが届いた。
「海外の医療の現場で働く日本人医師の中には、言葉の壁を乗り越えるため、細かな質問が用意されたタブレットを活用して問診を行う人もいるそうです。それと同様の仕組みに可能性を感じます。対面式のカウンセリングや瞬間的な質問への対応が苦手なお客様も、世間話などを介さずご自身のイメージをより明確に伝えられますから」
こうしたシステムが整備されれば、口下手で要望伝達に悩む人の支えになるだろう。
一方、意思疎通は問題なくできるが会話が嫌い、という人たちもいる。
今ではサロン予約サービスの多くに施術中の会話の要否を選択する仕組みが取り入れられているが、そもそも会話をしないサロンもある。
その代表格といえばヘアカット専門店「QBハウス」だろう。
「お客様が求めない限り、こちらからの雑談の提供は一切ありません。もちろん、髪の悩みに対するアドバイスはたくさんいたしますが」
同店運営会社・キュービーネットの大宮貞男さんは語る。
カットのみ10分1000円。作業時間は極めて短く、カウンセリング以外の話をする余裕はない。ただ、会話ナシの意図は他にもある。
「弊社店舗はどのスタイリストに当たっても同じサービスを提供することを強みとしています。会話を通じてスタイリストが個性を押し出すと、指名制に繋がったり、逆に敬遠されたりする恐れもあります。それではお客様を限定してしまいますよね」(大宮さん)
スタイリストの個性を強める総合サロンと、個性を見せないQBハウス。両者のスタンスは大きく異なる。
スタイリスト・安部達也さん
「言ってみれば飲食店の使い分けと一緒ですよ」
取材中、赤坂で働くスタイリスト・安部達也さんはそう口にしていた。
ファストフードで店員がウエットな接客をすることはないし、バーでは店主との会話も楽しみの一つになる。
飲食店という括りは同じだが、もはやこの2つは別のサービスだ。
この構造は業態の多様化が進む美容業界も変わらない。有名スタイリストが牽引するサロンと指名制のないサロンは別物といっても過言ではないだろう。
そう考えると、本稿の主題「美容室に会話は必要か?」の答えは「サロンの志向性による」というほかない。
いずれにしても、それぞれのサロンが目的をもって「会話」の要否を選んでいる。
その意図を知ることなく、誤解や偏見をもとに彼らと我々がすれ違っているのなら、それほど悲しいことはない。
今回、取材を通してサロン関係者の声の一部が聞こえてきた。普段耳にすることのない彼らの本音、あなたはどう受け止めただろうか。
施術中の会話の要否、“会話問題”の解決策、サロンへの不満やエール……etc.
皆さんの率直なご意見をぜひ聞かせていただきたい。
●文・構成/編集部 撮影/森カズシゲ
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