AIで安心な空の旅をもう一度

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2017年05月30日 10:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<顧客サービスを犠牲にした航空業界の価格競争はもう限界。人工知能を使ったオンデマンド予約が救世主に?>


航空機から引きずり降ろされたり、パイロットから殴られたり。安さ第一の航空会社選びが主流になり、乗客と航空会社の関係は険悪になる一方だ。そんななか、人工知能(AI)のような新技術が関係改善に一役買うかもしれない。


エクスペディアやトラベロシティといったオンライン旅行代理店で航空券を予約する人が増え始めたのは、今から約20年前。それまでは旅行代理店に電話するのが主流だった。


従来型の代理店の場合、スタッフが旅行会社向けコンピューター予約システムの情報から利用者のニーズに合うフライトを探す。そうしたシステムでは、主に目的地までの飛行所要時間に基づいてフライトがランク付けされていた。運賃は所要時間や、航空会社のブランドの強さと並ぶ判断材料の1つにすぎなかった。


一方、オンライン旅行代理店で重視されるのは常に運賃。利用者がそれ以外のアドバイスを代理店に期待することはめったにない。利用者は何度も運賃ランキングをチェックし、アラートを設定。航空会社が格安運賃を発表する頃を見計らって、一番安い航空会社を選ぶのだ。


だから航空会社はあの手この手で安い運賃を提示し、かつ利益も確保しようとする。そのツケは乗客に回ってくる。窮屈な足元スペース、超過手荷物料金、超過勤務に嫌気が差してヒステリックに叫ぶ客室乗務員......。


「オンライン旅行代理店は航空業界の競争の本質を変えた。所要時間ではなく運賃が重要になった」と、テルアビブ大学(イスラエル)のイタイ・アテル講師と、経済コンサルティング会社コンパス・レキシコンのユージーン・オルロフ上級副社長は12年の論文で指摘した。


アテルらによれば、価格優先の航空券購入の増加に伴い、フライトの遅延も増加している。航空会社が質より安さで勝負しなければならなくなったからだ。「インターネットは航空会社の業績や、質の高いサービスを提供しようとする意欲にとってマイナスかもしれない」と、アテルらは指摘している。


【参考記事】ユナイテッド航空だけじゃない、サイテーの航空会社


「格安」のプレッシャー


航空会社が現状を変えたいと思っても、それは無理だ。オンラインで簡単に運賃を比較できるため、「割高だが質の高いサービス」を提供するのは不可能に近い。検索結果の1ページ目から締め出されてしまうからだ。


航空会社は深刻な泥沼に陥っている。97年と比べて航空運賃(インフレ調整後)はほとんど変わらないのに、石油価格は60%近く上昇(燃料費は航空会社にとって最大のコストだ)。なのに価格競争のプレッシャーが強く、運賃を値上げできないから、座席を狭くし、超過料金で稼ぐしかない。


ネットでレストランやアパートを検索するときのように、航空券も利用者が自分好みの条件を入力して検索できるようになれば状況が変わるかもしれない。そう語るのは、『スーパー消費者』の著者で成長戦略に詳しいエディ・ユン。例えば足元スペースの広さ、乗務員のサービス、機内食の質についてのレビューの星の数などだ。


ユンによれば、ほとんどの製品カテゴリーで「価格だけを満足度の基準にしている消費者は少数」だと言う。にもかかわらず、運賃以外の条件に基づいてフライトを選べるサイトは多くない。


だが乗客の不満が限界に達するなか、最先端テクノロジーの力による新たなビジネスが航空業界に大規模な変化を迫る可能性が浮上している。その好例がサーフエアによる定額制の飛行機乗り放題サービスだ。


全8座席の小型機を使ったこのサービスは、プライベートジェット用のターミナルを利用する。空港利用時にありがちなセキュリティーチェックの長い列や混雑する搭乗ゲート、スイーツの誘惑とは無縁だ。


ハイヤー予約サービスのウーバーと同様に、サーフエアもアプリで予約できる。カリフォルニア州内の12都市間が、1カ月1950ドルで乗り放題。月4回乗れば、1回約500ドルでプライベートジェットを利用した気分になれる計算だ。既に3000人が利用しており、間もなくヨーロッパでもサービスを開始する。


【参考記事】テック大手が軒並みスマートスピーカーに参入する理由


オーダーメイド感覚で


こうしたオンデマンド航空サービスを可能にしたのはAIだ。AIは航空機が必要な時期と場所を推測し、そのフライトを利用しそうな会員を予測できる。


ユンによれば、こうした定額制サービスは航空会社と乗客の関係を変える。航空会社はマイルごとの利益といったそろばん勘定にとらわれず、乗客の待遇向上に意欲的になれる。ルフトハンザドイツの子会社ユーロウィングスも、フライト10回分で500ユーロ前後の定額制を試験的に実施している。


いずれAIベースの定額制が主要航空会社のビジネスの一環として定着すれば、技術革新の可能性はさらに広がるはずだ。オンラインのDVDレンタル同様、AIも顧客の旅の傾向を学習するだろう。


特定の都市を頻繁に訪れ、追加料金を払ってでも足元スペースの広いフライトを選び、有料のWi-Fiを利用し、離陸後はバーボンを2、3杯......。それを航空会社のコストおよび空席状況と照合し、その人に合うフライトをはじき出す。


乗客にとってはいくらか安上がりな上に、フライト検索の時間と手間も省ける。それに乗客も航空会社も運賃の目安がつく。業務的かつ敵対的だった両者の関係は、愛着を感じる長い付き合いに変わる可能性がある。


そうなればもう引きずり降ろされる心配はない......とは言わないが、バーボンの好みくらいは覚えてもらえるはずだ。



[2017.5.30号掲載]


ケビン・メイニー(本誌テクノロジー・コラム二スト)


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