次に来るのは米中アルミ戦争

1

2017年05月31日 10:13  ニューズウィーク日本版

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ニューズウィーク日本版

<鉄鋼に続いてアルミ業界でも安い中国製品が大量流入。米企業が苦戦を強いられ、安全保障上の懸念も出てきた>


ここ数年、米中の通商摩擦の一大要因になってきたのは鉄鋼だ。中国の過剰供給で世界的に価格が下がり、米メーカーは大打撃を受けた。米国内の鉄鋼産業の衰退は安全保障の脅威だとして、トランプ政権は輸入規制をちらつかせている。


とはいえ鉄鋼に関しては、米メーカーの現状の生産能力で防衛産業の需要を十分に満たせる。それよりも問題はアルミニウムだ。安い中国製品の大量流入で、アメリカのアルミ産業はもはや風前の灯火。この状況は安全保障にも影響を与えかねない。


01年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟して以降、安い中国製アルミが米市場を席巻し、23を数えた米国内のアルミ製錬工場はわずか5カ所に減った。15年以降にも8工場が閉鎖か規模縮小に追い込まれ、この1年半だけで約3500人分の雇用が失われた。


それ以上に危惧されるのは安全保障に与える影響だ。ボーイングのF18、ロッキード・マーティンのF35などの戦闘機や装甲車両には高純度アルミが使用されている。だが今やアメリカで高純度アルミを生産するのは大手センチュリー・アルミニウムのケンタッキー州ホウズビル工場だけ。おまけに、この工場も稼働率を4割に抑えている。


そこでトランプ政権は鉄鋼に続き、アルミ製品の輸入規制に向けた調査を4月末に指示。ウィルバー・ロス米商務長官は記者発表で安全保障上の懸念を強調した。「決定的に重要な素材のサプライヤーが1社しかないという状況は、国防の観点から極めて危険だ」


【参考記事】北朝鮮危機が招いた米中接近、「台湾化」する日本の選択


中国政府の補助金に抗議


冷戦時代の62年に制定された通商拡大法232条は、国家安全保障上の懸念がある場合、大統領は国内産業保護の措置を取ることができると定めている。今回の調査では、高純度アルミの国内生産能力が戦時の需要を満たせるかどうかが焦点になる。


「アメリカのアルミ産業はもう中核部分しか残っていない」と、センチュリー・アルミニウムのジェシー・ゲーリー執行副社長は言う。「わが社も生産を大幅に縮小している。ロス長官が述べたように、国内の生産拠点がなくなるのは非常に危うい」


中国のアルミ製品には既に370%超の懲罰的な関税が課されている。ここ1年、司法、商務、国土安全保障の各省が協力し、米企業による輸入アルミの関税回避に目を光らせてきた。


232条の認める措置は関税だけでなく、輸入規制なども含まれる。だがこの法律では、問題の根源、すなわち中国の過剰生産には対処できない。


中国の工場で輸出用のアルミ地金をチェックする労働者 REUTERS


中国メーカーでは設備拡大が続いており、アルミ生産量は今年2月にまたもや記録を更新して295万トンに達した。


アルミと鉄鋼だけでなく、セメント、ガラス、太陽電池などでも中国の過剰生産が問題になっている。その背景にあるのが中国政府の補助金だ。


「世界の工場」として高度成長を遂げた中国も、ここ10年ほどは成長率が伸び悩んでいる。工場閉鎖で大量の失業者が出れば、政治的混乱が広がる恐れがあるため、政府は補助金を出して工場と雇用を守っている。中国のアルミメーカーの多くは補助金なしでは今の生産規模を維持できない。


そもそも、中国のアルミ製錬が世界の生産量の5割近くを占める巨大産業になったこと自体が異常だ。アルミ製錬は大量の電力を消費するため、電気代が安くなければ採算が取れない。例えばアイスランドでアルミ産業が盛んなのは、豊富な地熱エネルギーを利用できるからだ。


中国の電気料金はアメリカやEUよりも大幅に高いが、国有の大手製錬会社は電気料金の減免措置を受けている。


不公正な競争がこれまであまり問題にならなかったのは理由がある。鉄鋼は世界中の多くの国で生産されているため、中国の過剰供給に一斉に抗議の声が上がったが、アルミ生産はごく少数の国に集中している。


【参考記事】中国「一帯一路」国際会議が閉幕、青空に立ち込める暗雲


業界からの相次ぐ訴え


しかもゲーリーによると、米アルミ業界は鉄鋼業界ほど強力に政府に対応を求めてこなかった。「鉄鋼業界は声高に抗議の声を上げてきたが、アルミ業界の動きは鈍かった。アメリカのアルミ産業の衰退は鉄鋼よりも深刻だというのに」


オバマ前政権は政権交代を間近に控えた今年1月、中国がアルミ産業に不当な補助金を提供しているとしてWTOに提訴した。反ダンピング関税のような応急措置ではなく、根本的な問題である過剰供給に対処するためにWTOに提訴が行われたのはこれが初めてだ。


提訴に基づいて米中の協議が行われることになるが、ロシア、カナダ、日本、EUなど他のアルミ生産国も協議参加を希望している。


米アルミニウム協会は今年3月、中国から輸入されたアルミホイルに反ダンピング関税を課すよう商務省と国際貿易委員会に訴えた。


さらに、センチュリー・アルミニウムが業界団体やUSW(全米鉄鋼労組)などと15年に結成した「中国貿易問題タスクフォース」の代表が先日、ロンドンを訪れ、イギリスとEUの当局者に協力を呼び掛けた。「アメリカだけでなく、アルミニウム生産国全てに関わる問題」であり、国際的に連携して中国政府に対応を迫る必要があると、ゲーリーは言う。


米中両国はこのところ、4月の首脳会談で合意した貿易不均衡是正に向けた「100日計画」の合意内容を公表するなど協調ムードを演出している。世界的な市況悪化の元凶といわれる中国の過剰供給に、トランプ政権はどう対処するのか。アメリカのアルミ産業の命運はその手腕に懸かっている。


From Foreign Policy Magazine



[2017.5.30号掲載]


ベサニー・アレン・イブラヒミアン


    ランキングトレンド

    前日のランキングへ

    ニュース設定