「一生涯詰め込み教育」が国のサバイバル戦略のシンガポール

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2017年06月05日 15:00  citrus

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■シンガポールの小学校で落ちこぼれた我が家の娘

 

本日からシンガポールの学校で新年度が始まりました。今年小学校2年生になった我が家の娘も初登校。小1の間は小学生になったばかりということでいろいろなことが許されてきましたが、もう甘えは通用しません。休み中に親や先生からいろいろ言われたせいか、今朝は少し緊張して登校していきました。

 

シンガポールでは、政府が設立したいわゆる「公立」という学校は少なく、多くの学校が宗教や出身地の共同体などの背景をもっていますが、アメリカンスクールや日本人学校などのインターナショナルスクールでない限り、すべて文部省の管轄下にあり、シンガポール国民はこのうちのどれかに通うことが義務づけられています。

 

就学に関わる費用は教科書代や制服代などを除けばほぼ無料に近く、国内のどの小学校に進学することも可能です(ただし、学業レベルの高い中学への進学率が高い学校は応募者が殺到するため、選考条件の1つである「家から近い」マンションへ引っ越しする家庭も少なくありません)。

 

娘の小学校は、家から徒歩10分程度。学校全体の成績は中レベルですが、芸術や文化教育に熱心な学校です。娘なりに学校生活をエンジョイしていると夫ともども安心していたのですが、1年を終えたところで娘の成績を渡されてショックを受けました。1年生の成績が、英語、算数、母国語(中国語)のどれもクラス最下位レベルだったのです。

 

親バカかもしれませんが、娘はどちらかというと利発なほうで、けっこう気が利いたことを言ったりしますし、物事の飲みこみもそれほど悪くありません。ところが、この有り様。生活態度に若干問題があったこともあり、学期末のある日、夫婦で学校に呼び出されていくつか注意を受けました。成績についても指摘され、同級生に後れを取っている分、休み中に家でしっかり親が教えるように説教されたのです。

 

 

 

■「落ちこぼれ」させないための教育

 

なぜうちの娘が落ちこぼれたのか?答えは簡単。私たち夫婦が「学校で勉強させれば十分」と考えて、学校以外は私立の学童保育で宿題をみてもらう以外、家でまったく勉強させていなかったのです。

 

我が家のようなケースは非常に稀で、ほとんどの家庭では親が学校から帰った子供たちの勉強の進捗具合をチェック。自ら教えたり、塾に行かせたり、家庭教師をつけたりするのが普通で、このような家庭教育は幼稚園時代から始まります。夫も私も「そんなことをしなくても、ちゃんと学校で授業を聞いていれば何とかなるだろう」と楽天的に考えていましたが、実際にはどうにもならず、見事に落ちこぼれてしまいました。

 

特に成績が悪かったのが算数で、学校の呼び出しを受けてから教科書をチェックして驚いたことには、小学1年生ですでに2桁の足し算、引き算、後半には九九まで始まっていました。さらに2年生の前期には3桁の足し算が始まるばかりか、2桁の割り算もあり、日本の公立小学校と比べると想像を絶するスピードで授業が進んでいきます。

 

英語も同様で、読解問題はともかく、文法では仮定法や比較級、語彙も「爬虫類」や「共同体」など小1の子供にコンセプトを理解させること自体が難しい問題がこれでもかというほど出てきます。このまま放置していたらますます授業についていけなくなると危機感を抱き、1か月強の休み中、私と夫が交代で毎日、3〜4時間程度、3教科を集中して教えました。

 

まるで日本の有名私立進学校のようなカリキュラムでも、ほとんどのシンガポールの子供たちが落ちこぼれずに学校の授業についていっているのは、このように家庭で親や祖父母(「母国語」は祖父母が教えるケースが多い)が必死になって子供を教育しているおかげだと、身をもって思い知らされました。

 

 

 

■PISA世界トップのシンガポールが生徒に求めるもの

 

OECDの発表によると、2015年度のPISA(学習到達度調査)で、シンガポールは世界第一位となりました。科学、数学、読解すべてで世界トップとなり、圧倒的な強さをみせつけたのです。

 

シンガポール式教育に対する関心は年々高まってきており、中国やインドネシアなど近隣諸国から裕福な家庭の子弟がシンガポールの小学校や中学校に留学するのは当たり前。また、フランスやオランダなど海外でもシンガポールの教科書を採用する学校が増えているそうです。

 

親が「我が子に良い教育を受けさせて良い職業につけさせたい」と願うのはどこの国でも同じですが、では、小さいうちからこれだけ子供に勉強させた末、シンガポールでは全員が大学に進学するのかというとこれもまた違います。以前の記事にも書きましたが、いわゆるシンガポールの国立大学に進学できるのはせいぜい3割程度で、半分以上の子供たちは、中学卒業後ポリテクニックという技術系の高等教育機関(日本でいう高専のような扱いですが、分野は工業に限らず幅広い職業教育が行われます)や、職業訓練専門学校に進学。

 

また、その後、海外私費留学や欧米の私立大学のシンガポール校へ進学する学生もいますが、学位は取れても、よほどの有名大学でなければ、国立大学卒と同等とはみなされません。

 

もちろん、多くの親たちが必至になって子供に勉強させる最大の動機は、子供を何とか選ばれた3割の中に入れて国立大学に進学させたいというものかもしれませんが、我が家のように「別に大学など行かなくてもいいから、読み書きそろばんだけはきちんと身につけて、自分に合った職業をみつけてほしい」と考えている親も決して少なくありません。

 

しかし、そんな子供にも、学校(=文部省)は徹底的な詰込み教育を要求してきます。そしてそこからは、「これからの時代、どんな職業を選んでも、基礎的な学力と思考・発想力を身につけなければ生き残れない」「グローバル社会の中で弱小国のシンガポールが生き残っていくためには、国民全体の知的レベルを上げるしかない」という政府の教育に対する考え方が透けて見えてくるのです。

 

 

 

■次のターゲットは生涯教育

 

このようにシンガポールでは、小中学校で基礎教育を徹底的に詰め込みした後、さらに高等教育を受ける学生と、職業教育を受ける学生に分かれますが、近年になって文部省の下に、SkillsFutureSingapore(SSG)という生涯教育に特化したプログラムを推進する委員会が設立されました。

 

日本で生涯教育というとカルチャー教室のようなイメージが強いですが、こちらではもっと実践的で、いろいろな学歴レベルの国民が職業人としてさらに高いレベルを目指すためのプログラムを受けるための支援が受けられるようになっています。

 

MBAなど本格的な知識習得コースはもちろん、私立専門学校と提携しての長・短期コースや、さらに気軽に職業的な知識を得られる駅前施設での夜間単発プログラムなど、多種多様な選択ができます。例えば、飲食店の従業員向けに「仕入れ材料の受け入れ検品方法」という半日コースなど、非常に実用的ながらビジネスの質を上げるであろうことが容易にわかり、たいへん興味深いと思いました。

 

実は昨年、私もある専門学校の4日間のコースに申し込んだのですが、9割が政府補助とのことで、驚くほど安い授業料で授業を受けることができました。このように、国民にとって非常に身近に「このくらいの出費だったら頑張ってちょっと勉強してみようか」と思えるような機会がふんだんに用意されているのです。

 

シンガポールではもはや教育は「学校を卒業したら終わり」ではなく、職業人として働いている限りずっと学び続ける、という姿勢と習慣が期待されていると思われます。

 

 

 

■「教育」についての考え方を根本的に考え直す時期に

 

大学全入時代、私立中学・高校や大学の教育費の家計における家計負担増加、AIによる職業環境の激変、高齢化社会の進行による就業年数の長期化など、教育と就労の関係について、また教育の質と時期、方法について、日本では現在、根本的に私たちの考え方を変える時期にきているのではないかと感じます。

 

その中で、「人こそ国の財産」と建国時代から国民教育になみなみならぬ情熱を注いできたシンガポールの取り組みは、同じく人材が国の発展に非常に重要な意味をもつ日本でも参考にするべきではないでしょうか。

 

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