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入れ墨を彫る行為は医業であるとし、医師免許を持たない彫師の摘発が相次いでいる問題に進展があった。4月26日、医師免許を持たないのに入れ墨の施術をしたとして彫師の男が医師法違反罪に問われていた裁判の初公判が開かれたのだ。
検察側は、針を皮膚に突き刺して色素を沈着させる行為は、細菌に感染したり血管を傷つけたりする危険がある医療行為だと主張。同時に、針で眉などに色素を入れるアートメイクでも問題が起きている点を指摘した。
それに対し被告側は、タトゥーは医療行為などではなく、彫師に医師免許を要求することは、憲法で保障された表現の自由や職業選択の自由、タトゥーを入れたい人の自己決定権を侵害すると主張している。
この裁判を受けて、劇作家の鴻上尚史氏は「SPA!」(扶桑社)2017年5月16日号の連載コラム「ドン・キホーテのピアス」のなかでこのように綴った。
〈なんだかよく分からない裁判です。彫師になるためには医師免許が必要となれば、彫師という職業は日本から消えるでしょう。つまり、警察と検察は入れ墨(tattoo)の存在を日本から消そうとしているとしか思えません。本気なんでしょうか〉
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また、ジャズミュージシャンで文筆家の菊地成孔氏も、ウェブサイト「withnews」17年5月3日付のインタビューでこの問題についてこのように語っている。
「彫り師っていうのは伝統的な仕事で、医師と関係なく昔から存在していました。ただ単に技術が同じだっていうだけで、アートメイクと刺青は関係ないですよね。
体制のやり方ってのは、風営法のダンス規制とまったく同じ。法律の拡大解釈によるイジメでしょう。警察の力を示すための示威行為ですね」
そもそも、この騒動は、15年8月に大阪の「チョップスティックタトゥー」、同年11月に名古屋の「エイトボールタトゥースタジオ」の彫師が、医師法違反容疑で相次いで逮捕されたことから始まった。
しかしタトゥーが医業であるとか、医師でなければ彫ってはいけないと明記された法律はない。逮捕となった根拠は、医師法第17条「医師でなければ医業をなしてはならない」に対して00年に出された厚労省通達に「針先に色素を付けながら皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」を医師法の適用範囲に含むと書かれていることにあるのだが、このような通達が出来上がった過程には明らかに行政の入れ墨に対する認識不足がある。
●規制はもともとタトゥーではなくアートメイクを対象としたものだった
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逮捕の根拠となった通達はもともとタトゥーではなく、アートメイクの分野で健康被害が起こっていたことから設けられたものだった。よって、00年に出された通達はアートメイクのみを対象とするものであったのだが、それが翌年の通達でなし崩しにタトゥー全般にも適用できるような文になってしまったのである。16年5月2日放送『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)に出演した彫師の岸雅裕氏は、その経緯をこのように語っている。
「この通達はもともと、美容メイク、アートメイクの方でアイラインを入れたりとか、眉毛にタトゥーを入れた時に、目元っていうのはすごく難しいんですね。で、アートメイクの機械っていうのは、ほとんどタトゥーマシーンをちょっと簡単に、軽くしたもので、機能というか構造は変わんないんですよ。で、それで健康被害が出て、センターに苦情が出て、それで通達のなかで最初は「アートメイクの機械を用いて針先に色素を付けて皮膚下に入れてはいけない」っていう通達だったんです。アートメイクに限った通達だったんですね。その通達が出た翌年に「アートメイクの機械を用いて」という言葉が除かれて、広くタトゥーにも応用できるようなかたちになってしまった」
ようは、難易度が高く実際に健康被害が出たアートメイクに対してもうけられたはずの規制が、ただ使われる技術が似ているからというだけで健康被害が出たわけでもないのに、範囲がなし崩しに拡大し、タトゥーを入れる行為全般にも適用されるようになってしまったというわけだ。この背景には、行政側のタトゥーに対する無理解と無関心が見え隠れする。
行政がこのような強引な法の拡大解釈をもち出してきた裏には、入れ墨に対する偏見、「日本から入れ墨を彫る文化などなくなっても構わない」という考えがあるのだろう。彫師全員が医師免許を取るというのは現実的ではないし、医師としての技術と彫師としての技術は、言うまでもなくまったくの別物だ。海外でも、免許制や登録制はとっていても、彫師に医師免許を必要とさせている国などない。
●菊地成孔が語る、タトゥーを入れた人に対する世間の偏見
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行政が「日本から入れ墨を彫る文化などなくなっても構わない」とでも言わんばかりの規制を押し通す背景には、日本の入れ墨の文化が暴力団のイメージと結びついており、強い偏見に晒されてきたという状況がある。
最近でこそ、ロック、ヒップヒップなどの音楽や、スポーツ文化からの影響でファッション感覚のタトゥーが若者を中心に広く受け入れられるようにはなった。身体に和彫りを入れている外国人観光客が道行く姿を見るのも珍しい風景ではなくなって久しく、日本の彫師の技術に惚れ込んだ観光客が来日時に入れ墨を入れる構図もある。最近でもレディー・ガガが大阪のタトゥースタジオで入れ墨を入れた話はニュースになった。
しかし、そういった状況があると同時に、入れ墨というと反社会勢力のイメージが強くあり、その印象は日本社会に強く残っている。
前出の菊地成孔氏は、昨年生まれて初めてタトゥーを入れた。左腕にヒンドゥー教の神様の絵を入れたのだが、その際にファンの一部からは強い反対の声が寄せられたという。また、本当は和彫りを入れようとしたが、妻から「ヤクザだと思われる」との反対を受け、和彫りを入れるのは断念している。そのような入れ墨にまつわる世間の偏見について、前掲「withnews」のなかで菊地氏はこのように語る。
「実際に嫌な目に遭ったわけではなくても、とにかくタトゥーは嫌だという人もいるでしょう。差別心ってそういうものですから。
それに刺青には、暴力団や任侠の文化と深く結びついてきた歴史があります。覚悟と根性を持って、消えない永遠性を背負う。そんなタトゥーの属性が、任侠の人たちに利用されてきた側面は否めません」
しかし、反社会勢力と関連したイメージが強い文化だからといって、「彫師には医師免許が必要」なんて乱暴な規制を押し通すのは、それこそ「差別心」であり、公権力による「力を示すための示威行為」に他ならないだろう。
とはいえ、すべてが野放しでいいのかといえば、それもまた違う。前掲「withnews」のなかで菊地成孔氏はこのように提案する。
「タトゥーに関しても、多少の規制はあってもいいと思っています。なかには不潔な環境でやっているお店もあると聞きますし。機材があれば誰でもできるということではなく、酒造メーカーや外食産業のように、専用の免許をつくったらいいのではないでしょうか」
●タトゥーへのいたずらな規制の強化は、逆に健康被害を増やす結果を招く
行政がタトゥー文化に規制を加えようとした背景として、一部に悪質な業者が存在するという事実は抜き去り難く存在する。ほとんどのタトゥースタジオが、針を使い回さない、施術中はきちんとゴム手袋をするなど、衛生面で当たり前にやるべきことをやっている一方で、少数だがそうでない人たちもおり、それが原因でタトゥースタジオがC型肝炎などの感染源になっているともいわれる。今回の騒動もこの衛生面の問題が原因の一つとなっている。
ファッションとしてのタトゥー文化が完全に定着したいま、いたずらに規制を強くして彫師という職業を地下化させることよりも、適切なルールづくりをするほうが現実的であり、それはタトゥーを入れる人たちの健康被害を防ぐことにもつながる。
前掲『BAZOOKA!!!』に彫師の岸氏と一緒に出演した弁護士の吉田泉氏もこのように語っている。
「「針を身体に入れるという行為なので医師法違反」というのは馬鹿げてますけれども、かといって無制限でいいのか、何もなしで野放しでいいのかというとそれも違うかなと思います」
「いま考えているのは、岸さんをはじめ一流の方々が最低限守っている衛生面の基準というのがあって、それを抜き出してガイドライン化して、で、「彫師の方々、これ守ってくださいね」というような法整備をしていくべきだと考えています」
「子どもに見せたくないものはすべて社会から排除する」。そういった脅迫的な思想のもと強引に漂白された社会で何が起こるか? 風俗店を根こそぎ街から排除した結果、デリヘルがメイン業態になり、かえって働いている女性が危険にさらされるようになったのと同じことが、確実にタトゥー文化でも起こるだろう。
今回の裁判で被告側は「医師ではない免許や登録制などきちんとした制度を作ってほしい」とも訴えている。「彫師には医師免許が必要」というメチャクチャな法解釈が覆るかどうか。大阪の裁判に注目が集まる。
(新田 樹)
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