ドゥテルテ比大統領就任1年で最大の試練、 ISとの戦闘に健康不安説も

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2017年06月29日 17:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<1週間「行方不明」だったドゥテルテ大統領は公の場に復帰したが、ミンダナオの武装勢力との戦いに終わりは見えない>


フィリピンのドゥテルテ大統領6月30日で大統領就任1年を迎えるが、南部ミンダナオ島で続く武装テロ組織「イスラム国(ISIS)」系武装勢力との戦闘が5月23日の戒厳令施行から約1カ月にも関わらず膠着状態に陥っており、政権として最大の試練に直面している。


そんな中6月になってから約1週間も公の場に姿を見せないなど、就任直後から精力的に行動してきたドゥテルテ大統領に健康不安説も持ち上がった。かつてオバマ米大統領に対し「地獄に落ちろ」と罵るなど代名詞にもなっていた暴言も最近は極めて控え目で「ドゥテルテ大統領らしくなくなった」との声が出る一方、「ようやく大統領としての自認と自覚がでてきた」との見方も。


就任1年を前にしたドゥテルテ大統領の最近を分析してみる。


独立記念日式典欠席で憶測


6月12日のフィリピン独立記念日の記念式典がマニラのリサール公園で行われたが、この国家的重要行事にドゥテルテ大統領は欠席した。南部ミンダナオ島南ラナオ州マラウィで続く武装勢力との戦闘に携わる国軍との連絡調整、部隊兵士の激励などでドゥテルテ大統領はマニラの大統領宮殿を留守にすることが多いことから「治安問題を優先した結果」と欠席の理由は説明された。


【参考記事】フィリピンが東南アジアにおけるISISの拠点になる?


しかしその後の20日に公の席で姿が確認されてから動静がぱったりと絶えた。連日内外のマスコミをにぎわせていたドゥテルテ大統領に関するニュースが消えたためマスコミを中心に大統領の健康不安説が流れはじめ、入院説、重体説、一部で死亡説まで流れる事態となった。


昨年の大統領選挙期間中に片頭痛で予定をキャンセルしたことやガン説、あるいは昔のバイク事故で患った脊髄損傷の悪化などあらゆる健康に関する不安情報がフィリピン全土に流れ、国民の関心は一気に高まった。


大統領府や政府関係者は「職務が多忙なだけで(大統領の)健康に問題はない」と不安説の払拭に懸命だったが、大統領本人が姿を見せないことで懸念を増大させた。


しかし6月17日にミンダナオ島での記念式典に突然姿を現し健康不安説を一掃した。健康状態を直接訪ねた報道陣に対しドゥテルテ大統領は「見ての通りだ」としたうえで最後に健康診断を受けたのは昨年で、「大統領が不在でも副大統領がいるのに何が問題なんだ」と報道陣に問い返す始末。果ては「この期間中に手術とか献血は受けたのか、何をしていたのか」との質問に「割礼を受けていた」と得意のドゥテルテ節で応える余裕も見せたが、散々マスコミを騒がせた得意の毒舌はどこへやら、どこか大人しかった。


今年72歳という年齢を考えれば、多忙からしばらく休養期間が必要になり、国民やマスコミの前で時に長時間に及ぶ演説などを回避したことはありえることで、大統領の健康問題とは直接結びつかず、単に少しペースダウンして充電していたのでは、との見方が有力だ。


もっとも一部マスコミからは「大統領は最大の懸案事項であるミンダナオでの軍事作戦に集中するために他の公務をキャンセルしたのではないか」との観測もでている。


戦闘終結が喫緊の課題


そのミンダナオ島での武装勢力「マウテグループ」との戦闘は戦闘開始直後の5月23日にドゥテルテ大統領が同島一帯に戒厳令を布告して掃討作戦に乗り出しているものの、解決のメドは一向に立たず、長期化の様相を呈している。


【参考記事】フィリピン南部に戒厳令  ドゥテルテ大統領が挑む過激派掃討


これまでの戦闘で同グループやフィリピンの他の武装勢力に加えてインドネシアやマレーシアなど東南アジア各国のイスラム武装勢力のみならず中東からISIS要員がマラウィでの戦闘に参加していることが確認されている。


ドゥテルテ大統領は「この戦闘はもはやフィリピン国内の武装勢力とではなくISIS掃討のテロとの戦いである」と訴えている。


このため米軍からの武器供与、一説では米特殊部隊の支援を受けているほか、オーストラリア軍からAP3C哨戒機の派遣、中国からの資金と武器の供与を受けて作戦を継続している。さらにインドネシア、マレーシアとフィリピン3国の海軍艦艇による海域パトロール、空軍機による哨戒飛行もすでに始まるなどフィリピンだけではなく、東南アジア関係国、国際社会の支援を受けて作戦は進められている。


しかし、当初は独立記念日の6月12日までに、その後はイスラム教の断食月の明ける6月25日までに、としていた作戦終結のメドはいずれも実現せず、6月30日の大統領就任1周年にも到底間に合いそうもない。


これまでにマラウィでの戦闘では市民44人、国軍兵士71人、武装勢力299人が死亡する一方で依然として同市には市民100〜500人が取り残され、人間の盾として危険にさらされているという。


就任当初から強力に進めてきた超法規的殺人をも厭わない麻薬犯罪撲滅政策、親中反米の姿勢で経済支援を天秤にかけた南シナ海の領有権問題なども現在は二の次で、とにかく戒厳令まで出して臨んでいるミンダナオ島での戦闘を一刻も早く終結することがドゥテルテ大統領の最大のそして急務の課題となっている。戒厳令が長引けば、マルコス大統領時代の戒厳令下での数々の人権侵害への懸念も生まれかねず、ドゥテルテ大統領はまさに最大の試練を迎えている。


[執筆者]


大塚智彦(ジャーナリスト)


PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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大塚智彦(PanAsiaNews)


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