「お金のために働くな」とファンドマネージャーは言った

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2017年06月30日 16:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<「日本人は極度のお金依存症になっている」と、鎌倉投信の新井和宏氏は語る。「まごころの投資」を掲げる同社の資産運用部長は、いい会社、いい経営者、そして幸せとお金の関係をどう考えているのか>


※インタビュー前編:「投資は科学」とは対極の投資哲学を掲げる資産運用会社


「お金のために働いてはいけない」――これは私が高校で講演する際によくいう言葉です。日本人は極度のお金依存症になっていると思います。「お金がないからできない」とか「お金のせいで自分はこんな仕事をしている」とか、現状を変えられないことの言い訳としてお金を引き合いに出すわけです。


お金はいいものでも悪いものでもありません。手段としては必要だけれども、人間は幸せになるために生きるのであって、お金を貯めるために生きるのではないはずです。


不安を解消するには互いをフォローしあうコミュニティを作ること


ちょっと考えてみてください。幸せになるためにお金はどのくらいのウエイトを占めますか? 先日イベントで聞いてみたら、多くの人の答えは50〜100パーセントの間でした。


では次に、自分が幸せを感じるのはどんな時かを考えてみてください。多くの人はお金で買えるものではないことを挙げるのではないでしょうか。セミナーや講演などで聞くと、「遊びや趣味を楽しむ時間」「十分な睡眠」「家族との団欒」などと答える人が多いんです。幸せになるのに実はお金はそれほどいらないにもかかわらず、お金が必要だという思い込みに縛られているということです。


「そうはいっても、老後が心配だからお金を貯めなきゃ」という意見もあるでしょう。でも自分が何歳まで生きるか分かりませんよね。日本人の平均寿命が80歳だからということで、そこまで生きるにはこのくらいのお金が必要だと計算しても、自分が平均年齢で死ぬなんて誰も保証しない。ひょっとしたら100歳まで生きるかもしれません。つまりお金を貯めることでは不安はいつまで経っても解消されないということです。


不安を解消する一番いい方法は、お金がなくても面倒を見てもらう人ができること。つまりコミュニティとそれを維持する仕組みをつくるということです。コミュニティをつくるという意味でお金の不安を解消する仕組みの1つが「結い 2101」であると考えています。


コストを超えた価値を提供できるようになってきた


宣伝や広告は自社のホームページのみで、積極的におこなってはいません。それでも「まごころ」を重視するこの投信が軌道に乗ってきた、共感の輪が広がってきたということは、こういう枠組みを投資家が求めていたということだと思います。


『投信ブロガーが選ぶ! ファンドオブザイヤー』に選んでいただくなど、投資家のみなさんが評価してくださったことが最大の後押しになりました*。以前、投信ブロガーの間では日本の投資信託はアメリカに比べてコストが高すぎる、より安価なインデックス運用の方がいいといった具合に、コストをめぐる論議が活発に交わされていました。


ところが「結い 2101」に投票してくれた投信ブロガーの中には、「こんな投信があってもいいじゃないか」という意見を寄せてくださる方もいました。コストを超えた価値を私たちが提供できるようになってきたということだろうし、そこをちゃんと見てくれている人たちが広めてくれた。その力は大きいと思っています。


【参考記事】「エゴを持たない」食材宅配サービスのスタートアップ


この枠組みを社会に残す、そのために人生を使うと決めた


とはいえ、まごころの投信というコンセプトが伝わらない立ち上げ当初は苦労の連続でした。「人の金で社会実験するつもりか」と罵声を浴びたこともありましたし、鎌倉投信を始めて4年目には家計が底をついたこともあります。このときは信頼できる人に代打を頼んで外資系金融機関で出稼ぎしようかなとも思いましたが、最終的には他の役員が融通してくれて持ちこたえることができました。


厳しい局面でも僕が鎌倉投信をやめなかったのは、自分が始めたことだからやり通すということももちろんあるんですけど、何よりもこの枠組みを社会に残すと決めているからです。運用責任者を誰が務めるかとか、自分がどこで働くかということには関心がなくて、この枠組みを社会に残すことが命題なんです。だから私は出稼ぎでもいいわけです。残すことが目的で、私がだめなら誰かが引き継いでくれればいい。そのために人生を使うことを決めたということです。


こういう気持ちが芽生えたのは、この事業を興してからですね。「結い 2101」は自分の利益にしがみつかない投信であって、自分もそういう生き方をしたい。だって、きれいじゃないですか。


私は何のためにこれをやっているのか、自分でなければいけないのか、いつも問い続けています。自分はたまたまこれを思いついて、立ち上げたのは確かに自分かもしれないけど、それはたまたま神様が仕立てたのではないかとも思うんです。


素晴らしい経営者は例外なく謙虚。おごることなく、自分を消していく。


前職でストレスから体を壊したこと、リーマンショックから「投資は科学である」という思想に疑問を抱くようになったこと。そうした経験が「結い 2101」を発想するきっかけにつながっているだけで、僕に才能があったわけではありません。


おごるのが一番怖いんですよ。素晴らしい経営者はみなさん謙虚です。つまり、自分を消すということ。これがなかなかできないんだけど、なるべく自分を消していこうと決めたんです。そして、いい会社を選んで投資をして応援する、この枠組みを作ることに徹するんです。


枠組みさえ残れば私に何かあっても誰かが引き継げます。それに、いい会社は最終的に社会が決めるものだし、人はそれを残したくなる。だから枠組みを残せば絶対に存続できるんですよね。投資先が間違っていたら変えればいいんです。枠組み自体に問題があるわけじゃない。100年続くものを作るためには枠組みを残すことしかないと思っています。


そういう意味で、今私が力を入れているのは教育です。自分の後継者をつくることにもなるし、いい会社をふやすことにもつながるからです。


2016年3月まで横浜国立大学で社会的起業論の講義を受け持って、社会起業家の育成に取り組みました。それは投資先をつくるためでもあるし、社会的企業でもある鎌倉投信の社員にいずれなってくれるかもしれない人を育てるためでもあります。一人ひとりの力で社会をよくしていこうという考えは青臭いかもしれません。でも、そういう価値観を若者の中に醸成していかなければいけないと思っています。


【参考記事】実績32億円以上、行政の資金調達も担うクラウドファンディングReadyfor


「いい会社」の隣に「いいNPO」を選定する


鎌倉投信の今後の展開としては2つの方向性を考えています。


1つは「いい会社」と同じような「いいNPO」を選定することです。鎌倉投信を利用してくださる投資家の6割は積み立てなので、長期的に残高が増えていくと見込まれます。そこで出た鎌倉投信の利益は、創業時から決めている通り一定割合を寄付するわけで、その寄付先を決める必要があるからです。このNPOはちゃんとしているから寄付に値しますと、しっかり鎌倉投信の株主や「結い 2101」の受益者に説明できるような準備を始めるということです。


その時に見る視点は企業とは逆で、財務面を徹底的に分析します。というのも社会性と事業性を比べたとき、NPOは事業性がぜい弱だからです。無駄使いしているNPOは少なくないので、本当に残さないといけないNPOに対しては、持続可能な仕組みになっているか、組織力はあるのか、経営力はあるかといった観点で徹底的に財務分析していきます。企業の筋肉質な状態をNPOに求めるわけですね。


上場しない会社の資金調達や企業価値向上を支える


もう1つ、これはすでにスタートしていますが、「結い 2101」の投資対象の中で上場できるだけの売上や利益はあるけれども、あえて上場しないと決めている企業があります。例えばマザーハウス** ですね。社会的な役割を持った企業が、短期的な業績を追う投資家がいる市場には上がりたくないと言っているわけです。


私たちはそういった会社が上場しなくても成長できる環境作りを提供していかなくてはなりません。上場するのと同じ程度の資金調達、知名度の向上、そして社会的な価値の向上が実現できるように支え続けていく。いずれ、「上場しますか、それとも鎌倉投信を選びますか」ということをソーシャルベンチャーに問いかける時代がやってきたとき、頼れる存在でいられるように鎌倉投信も足腰を鍛えていく必要があります。


私たちは投信会社の枠を超えた、何でも屋なんです。営業先で心当たりがあれば情報提供もするし、「財務担当者が産休を取ることになって」と相談されれば知人にあたってみたり。どれもボランティアですよ。


社会の役に立つことをするのが目的なので、自分だけで解けない課題ならネットワークで解決します。環境づくりが大切というのはそういうことです。私たちの利益にならなくても、彼らが頑張ればお金になるわけだし、尽くすと決めたからやるだけです。


社会が豊かになるように受益者(投資家)のみなさんが僕を雇ってくれているわけです。そこに対してまっすぐでありたい。あたたかい金融はみんなを幸せにします。そうしてこれからも愛される投信会社であり続けたいと思っています。


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(2016.12.28 神奈川県鎌倉市の鎌倉投信オフィスにて取材)


text: Yoshie Kaneko


photo: Hirotaka Hashimoto


* 鎌倉投信は『投信ブロガーが選ぶ! ファンドオブザイヤー』で7年連続(2009〜15年)ベストテン入りした。このほか格付投資情報センターが主催するR&Iファンド大賞の投資信託国内株式部門で2013年度の最優秀ファンド賞を獲得するなどの受賞歴がある。


** マザーハウス


アパレル製品や雑貨の製造販売業。発展途上国で製品の企画・生産・品質指導を行い、完成品を先進国で販売するソーシャルビジネスを展開している。


http://www.mother-house.jp/


鎌倉投信は投信委託業務、投資信託の販売をおこなう資産運用会社。2008年11月創業。2010年3月から公募型投資信託「結い 2101」の運用を開始。投資先企業は60社、受益者数約1万6500人、運用する純資産は248億円(2016年12月現在)。


http://www.kamakuraim.jp/



新井和宏(あらい・かずひろ)鎌倉投信株式会社 取締役 資産運用部長。1968年生まれ。東京理科大学工学部卒。住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)を経て、2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)に入社。企業年金・公的年金などを中心に、株式、為替、資産配分等、多岐にわたる運用業務に従事し、ファンドマネージャーとしての運用資産残高は数兆円であった。2008年11月、志を同じくする仲間4人と、鎌倉投信株式会社を創業。2010年3月より運用開始した投資信託「結い 2101」の運用責任者として活躍。他に、横浜国立大学経営学部非常勤講師(平成28年3月まで)、特定非営利活動法人「いい会社をふやしましょう」理事、経済産業省「おもてなし経営企業選」選考委員(平成24、25年度)も務めている。



※当記事はWORKSIGHTの提供記事です






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