藤井聡太四段の影で...プロ棋士めざす子どもたちが直面する壮絶な現実! 挫折して精神を病む者、新興宗教に走る者も

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2017年07月01日 16:11  リテラ

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リテラ

『将棋の子』(講談社文庫)

 藤井聡太四段の勢いが止まらない。デビュー戦から無敗を保ち続け、6月28日には公式戦連勝記録を29にまでのばして30年ぶりに記録を塗り替えた。7月2日には、30連勝の大台をかけた対局が行われる予定で、まだまだこの熱狂は続きそうだ。



 しかし、この天才中学生へのスポットライトの一方で、同じように"天才""神童"と言われた多くの子どもたちが、途中で挫折し、将棋界を去っていることをご存知だろうか。その過酷さは凄まじく、ときに精神を蝕まれてしまうケースもあるほどだという。



 プロ入りを希望する子どもたちは、まず、奨励会という日本将棋連盟のプロ棋士養成機関に入り、そのなかで昇級昇段していく。そして、三段になったら、1年に2度開かれる奨励会三段リーグに参加することができるようになり、そこで勝ち進んだ上位2名のみが四段に昇格。ここまできてようやくプロとして認められる。つまり、原則的には、1年にたった4人しかプロの棋士は生まれないということになる。



 これだけでも、かなり厳しいハードルだが、彼らを追い詰める決定的なものがある。それは、タイムリミットだ。



〈満23歳(※2003年度奨励会試験合格者より満21歳)の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなかった場合は退会となる。ただし、最後にあたる三段リーグで勝ち越しすれば、次回のリーグに参加することができる。以下、同じ条件で在籍を延長できるが、満29歳のリーグ終了時で退会。〉(日本将棋連盟ホームページ記載の奨励会規定より)



 その結果、地元では「神童」や「天才」の名をほしいままにしてきた子どもたちが、年齢制限までに諸条件をクリアすることができず、失意を胸に奨励会を退会せられるということが日常的に繰り返されている。



 将棋専門誌「将棋世界」(日本将棋連盟出版)元編集長で作家の大崎善生氏による『将棋の子』(講談社)では、その厳しさがこのように綴られている。



〈17〜18歳といえば加速度的に世界が広がり、自分の中にさまざまな可能性を見出していく年頃だ。学校という閉ざされた環境の中にしかなかったはずの自分の場所や存在理由が、もっと広い社会の中にもあることを知り、胸をときめかす年齢のはずである。

 しかし、奨励会員たちは違う。

 歳とともに確実に自分の可能性はしぼんでいく。可能性という風船を膨らまし続けるには、徹底的に自分を追いこみ、その結果身近になりつつある社会からどんどん遠ざかっていかなくてはならないのだ。〉



 タイムリミットを目前に控えた奨励会員の心境はいかなるものなのか。『将棋の子』には、年齢制限を迎えてプロ棋士になれず、その後、将棋連盟の事務員となった関口勝男という人物が登場し、こんな壮絶な状況を語っている。



〈恐怖と焦りばかりがつのり、三段リーグの成績は一向に上がらない。もうすぐ30歳になる自分がもし、この世界から放り出されたら、いったいどんなことをして生活すればいいのだろうか。10代後半から30歳に至るまで、将棋しかしてこなかった自分に、何か他にできることはあるのだろうか。

 そんな強迫観念に胃はきりきりと締めつけられ、髪の毛はどんどん白くなっていく。将棋に勝つことしか解決法はないのだが、その肝心の将棋の手が伸びない。

 やがて精神は限界点を超えた。

 誰にも会いたくない、将棋連盟には行きたくない、将棋に関わる話はいっさい聞きたくない。関口はアパートに引きこもり、朝から晩まで、何もせずに一人きりで過ごした。

 ノイローゼだった〉



 この関口氏のように、精神が壊れるまでいかなくても、若くして、酒に溺れたり、パチンコや競馬、麻雀などギャンブルに逃げる者、新興宗教にはまってしまう者もいるという。



 しかも、プロ棋士を目指す子どもたちの中には、将棋に集中するために高校に進学しない者も少なくない。実は藤井四段もそういう選択をするのではないかともいわれている。「週刊女性」(主婦と生活社)2017年7月11日号で、藤井四段の母・裕子さんがこう語っているのだ。



「今はすべての時間を将棋の勉強にあてたくて、学校に行く時間ももったいないみたいです。今日も『学校に行きたくない』とブチブチ文句を言っていました。高校進学についてはどうなるのでしょうか......。心配です」



 藤井四段の場合は、すでにプロとなり、かつ栄光をつかんでいるからまだしも、まだプロになれていない子どもたちにとっては、その選択によってさらに追い詰められる結果になることも少なくない。再び『将棋の子』から引こう。



〈当然のことながら彼らに定職はない。月に2度の奨励会だけが、唯一の決められた仕事のようなものである。それ以外での主な仕事は対局の記録係。それは、月に10局以上も採る者からほとんどといっていいほど採らない者まで人それぞれである。

 高校へ通わない奨励会員はたいていは金がなくて暇ばかりという状態に陥りかねなかった。

 高校生くらいの年齢で暇というのは、それはそれで自分の生活を律するのに大変な意思力が必要となってくる。学校も行かずに、毎日毎日朝から晩まで将棋の研究に没頭するというのは至難の業といえるだろう。高校生くらいの年齢で通う場所もなくまったくのフリーの状態でいるというのは想像以上に大変なことなのである〉



 もっとも、プロ棋士として目ざましい活躍をしながらしっかり高校も卒業した羽生善治の登場以降、奨励会でも高校に進学する者が増えているという。『将棋の子』も、高校への進学は適切な生活リズムの獲得と、精神安定につながるため、将棋にも好影響を与えるとのと指摘をしている。



 しかし、いずれにしても、若くしてプロ棋士を目指すことが子どもたちにとって過酷で、壮絶であることには変わりはない。『将棋の子』にはこんな印象的な一節があった。



〈彼らは一様に心のなかに氷の塊を抱えている。それは、もしかしたら自分は将棋のプロになれないのではないかという不安であり、たった一局の練習将棋ですら大きくなったり小さくなったりを繰り返すのである。〉



 その是非について論じるつもりはないが、世間が藤井四段の快進撃に快哉を叫んでいる裏で、同世代の子どもたちが、この氷の魂を抱えながら、苦闘を続けていることはわかっておくべきだろう。

(新田 樹)


このニュースに関するつぶやき

  • ハチワンダイバーは元奨励会の人が主人公やからねぇ。 毎年四人ってホントにせまいよねぇ。
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