【映画惹句は、言葉のサラダ。】第26回『昼顔』のコピーワークについて。野田真知子(コピーライター)インタビュー

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2017年07月06日 12:34  BOOK STAND

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映画『昼顔』公開中!
最近公開された新作映画の中で出色だったのが、『昼顔』のコピーだ。目を閉じた上戸彩と齋藤工が、お互いの深い思いを確認し合うような、扇情的でエロい(この言葉は、今や誉め言葉らしい)イメージをかき立てるビジュアルに添えられた、2行のコピー。
 「決して、もう二度と。 せめて、もう一度。」
 TVシリーズから『昼顔』を見ている人には心に刺さるコピーであり、同時にこのビジュアルと相まって、この映画がいかに危険で、いかにピュアな思いに彩られたものかを少ない言葉で表現した見事なコピーである。そこで今回は、このコピーを創作したコピーライターの野田真知子さんに、TVシリーズ『昼顔』から映画『昼顔』に至るコピーの創作秘話などを語っていただいた。


●上戸彩をして「このコピーを書いた人に会いたい!!」と
             言わしめた、女性コピーライター。

「未だに映画『昼顔』のコピーが良いと言われるのを聞くと、"そうなんだ。勉強になります"という気分です。このコピーは届きにくいと思っていましたから。それを製作の方、宣伝の方が選んで下さって、実際に届いているのを見ると、まだまだ私はどんな言葉が届くのか分かってないな、と思いました。上戸彩さんが初日舞台挨拶で"このコピーを書いた人に会いたい"と言われたことについては、こんなにうれしいことはありませんよ! 製作側と宣伝側はリンクしませんから」

 そもそも野田さんは、TVシリーズの時から『昼顔』のコピーを手がけている。その世界観については熟知していると言っても良いだろう。
「私は『昼顔』のTVシリーズがスタートする時の広告に使われた『昼、あなたを受け入れた舌が、夜、夫に嘘をつく。』『午後3時、私は「妻」を脱ぎ捨てる。』を書きました。『昼顔』の場合はクライアントの方向性が明確で、ブレがありませんでした。従来の不倫ものでは妻のいる男性が女性と恋におちる・・ということが多かったのですが、『昼顔』は夫が働いている間に妻が不倫に走る。これを描きたい。奥さんが旦那さんに黙って不倫をしていることをキャッチコピーで伝えたいと言われました」


●TVシリーズ版コピー
     『昼、あなたを受け入れた舌が、夜、夫に嘘をつく』。

ドラマ版『昼顔』DVD 現在発売中&レンタル中!

 言うまでもなく、コピーは商品の特徴や世界観を世に知らしめ、購買意欲、鑑賞意欲を高めることを目的としている。そしていかなる場合もクライアントの意向とコンセプトに沿った上での成果物が求められる。
「最初に出したコピーは『午後3時、私は「妻」を脱ぎ捨てる。』というものでした。このコピーを残しつつ、もう何案か提案して欲しいとのオファーがあり、そこから追加で提出した10ぐらいの案の中から、『昼、あなたを受け入れた舌が、夜、夫に嘘をつく』が採用されました。あのコピーは上戸彩、吉瀬美智子、齋藤工、北村一輝の4人が集まったビジュアルにつけたのですが、一番刺激の強いビジュアルとコピーをクライアントが採用してきたことで、明確にこっちに行くんだなということが分かりました」。

 ということは、野田さんはコピーを作っている最中、TVシリーズの方向性を把握していなかったのだろうか? 
「こちらは手探りですから。いくら事前に企画書を読んでも、どういうトーンで演出されるかは分かりませんし。色々な可能性を考えて、幅を広げる提案しか出来ません。その中からクライアントさんの中で、"これがイメージに近い"というものを選ばれるわけです。そこはもう、信じるしかないです。映画の場合は事前に見られることが、稀にありますけど、ドラマはそんなこと、ほぼないですから」

 いざ『昼、あなたを受け入れた舌が、夜、夫に嘘をつく』とのコピーが採用されても、野田さんはそれが良かったかどうかの判断がつかなかったのだそうだ。
「TV版のあのコピーを書いた時、良いかどうか分からなかったんです。長すぎるかな。句読点も多すぎて、コピーとしてはリズム感が良くないし、こんな長いものは読まれないんじゃないかと思っていたんですが、世の中に出た時の反応は良かったですね。Twitterとかでも反応が大きくて、"エロいね"とか言われて(笑)。刺激的なほうが反応するんだな。作っていて思ったのは、"こういうのもありかな?"という感じでした。不倫の話ではあるものの、果たしてどこまで行くかは分かりませんでした。ドラマを見てハマったのは、西谷弘監督の演出を私が好きということもありますが、貫かれているものとしては、"不倫は美しいものではない"みたいなことを言っていると思ったんです。キレイな不倫ではなく、そこに対する罰がキチンと描かれている。そこには作り手の甘くない考えを、凄く感じましたね」。

映画『昼顔』より

 「昼顔」の主人公・紗和の思いは、同じ女性としてシミュレートしやすかったのではないだろうか?
「自分に近いコピーのほうが難しいですね。私は独身ですし。まさに自分がターゲットみたいな番組、婚活がどうのという番組の仕事もしますが、もういいよって気持ちになっちゃう(笑)。そうじゃない場合は、一種の疑似体験が出来ますね。使われなかったTV版『昼顔』のコピーに『夫にビールを注ぎながら、あなたの指を思い出している』というのもありました。そういうことを想像しながら書くのが楽しかったりします(笑)。もうミもフタもないですね(笑)。舌とか指とかの言葉を入れると、エロくなるんですよ(笑)。体の部位を使うと、セクシャルな感じが出やすいです」


●映画「昼顔」のコピーについて。

 TV版「昼顔」のコピーが強烈な印象を残した後、野田さんの元に、映画『昼顔』のコピーの依頼が舞い込む。このオファーを彼女は、とても喜んだという。
「映画『昼顔』のお話が来た時はありがたかったです。デザイナーもコピーライターもTVシリーズと同じ人にオファーが来たのは、TVシリーズでの仕事を認めてもらえたのかなと。映画『昼顔』のコピー『決して、もう二度と。せめて、もう一度。』は、単純にあのドラマが好きだった人に思い出してもらう。またこの二人の続きを見たいと思ってもらいたくて、書いたコピーです。最初はもうちょっとドラマ版に近いコピーも書いていたと思います。1ヶ月ぐらい時間があったので、けっこうたくさん書きましたね。気合いが入りました」

 通常、全国公開される新作映画の宣伝材料は2種類作成されることが多い。最初に世に出る「ティーザー」と呼ばれる宣材は、いわば映画の世界観を示したもので、具体的な作品内容・情報よりもイメージを伝えることを目的とする。それから公開が近くなって作られる「本ポス(「本番のポスター」の略語と思われる)」では、ターゲットを絞り、そこに向けて具体的な作品情報を提示することで、ティーザーよりもセールスポイントが具体的に示されることが多い。
「あのコピーは、当初ティーザーの宣材に使っていたのですが、そのまま本ポスに使われたので驚きました。かなり珍しいですよ。メインビジュアルはコピーも変えますから、映画の場合。これはこのコピーを選んでくれた映画会社の方がエライのだと思います。こちらからコンセプトから何まですべて理解して、"これがベストです!""という提案は出来ませんからね。やっぱり内容を全て把握されている方が見て、この映画を宣伝するのにこれが効果的という選択をします。書くことよりも選ぶことのほうが、難しいですよね。あと、台詞からとったコピーは、敗北感があります(笑)」


●「余白のあるコピー。つけいるスキがあったんです」。

 TVシリーズ、映画を通して「昼顔」の世界観をコピーとして描ききり、それを視聴者、観客に伝えたという確信は野田さんの中にあるのだろうか?
「『昼顔』のようなコピーは、比較的書きやすいですね。主人公たちがしてはいけないことを、欲としてやってしまうという点がはっきりしていますから、コピーとしては作りやすいです。むしろ女子高生のラブコメ映画は書きづらいです。そんなにキラキラした十代も送っていませんし(笑)。映画『昼顔』のコピー『決して、もう二度と。せめて、もう一度。』は、むしろ地味かな、と感じていました。文字面で強い言葉もないですし。文学的というかストレートじゃないですし。これが入ることで、映画として惹きになるのかな?と思っていました。でもたぶん、それが最終的にビジュアルとハマって、相乗効果を生んだのだと思います。この場合は撮影の時、主演のふたりからこの表情を引き出してくれた。まさにこのふたりがこの状況の時に、コピーを見てもらえた。それによって皆さんに響いたということでしょうね」。 

 初日舞台挨拶で上戸彩が「このコピーを書いた人に、会いたい!!」と語ったのも、野田さんの作るコピーが映画の方向性とマッチしていた何よりの証拠だ。そのあたりを御本人としては、どう受け止めているのだろうか。
「あのコピーが受けたのは、具体性のないコピーですので、読む人が自分に置き換えて考えたのだと思います。"このコピーは、映画を見る前と見た後では印象が違う"と言われましたし、齋藤工さんは"深夜に食べるラーメンみたいだ"と言っていたようです(笑)。そういう風に遊んでもらったり、余白のあるコピーなんですね。つけいるスキがあったんです。そう考えると、ドラマ版のコピーは読みようがないんですよ、具体的で。テレビのコピーと映画のコピーは、求められることが違います。テレビの場合は即効性が求められますが、映画の場合は映画館に行くまで考える時間がお客さんにありますね。『昼顔』のプロモーションはかなり早かったですし」

映画『昼顔』より

●「A4の紙にワードをどんどん出すんです、手書きで」。

 その野田さんのワークスタイルについて聞いてみた。最近ではワーナー配給の映画のコピーでも、彼女のコピーを目にする機会がも増えた。
「私はフリーの立場で、基本的にデザイン会社を通して、ビジュアルのデザインとコピーをセットで受けています。ですのでデザイナーとペアになって仕事をすることも多いですし、時には私もビジュアルを考えることもあります。これは発注元によってまちまちで、例えば最近やったワーナーの『夜に生きる』のコピーの場合は、本国のビジュアルが先にあり、それに合わせて日本語のコピーを書くという仕事でした」

 「昼顔」の優れたコピーワークで、今後の活躍も期待される野田さんだが、その魅力的な言葉たちは、いかにして生み出されるのだろうか?
「コピーの書き方ですか? 最初はA4サイズの紙に、手書きで気になった言葉を、どんどん書いていきます。1週間いただける場合でしたら、半分はその作業にあてます。ワードをとにかく出すんです。その中から1個選んでみて、別の引き出しがあるかを探っていく作業。『昼顔』のような不倫モノの他に、クリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』とか『オオカミ少女と黒王子』とか、TVドラマですと『花子とアン』とか、様々なジャンルのオファーをいただきます。飽き性なので、色々なタイプの作品のコピーを作りたいですね」

 かつて映画宣伝に用いるコピー=惹句は、映画会社に所属する宣伝マンがシナリオを読み解き、頭をひねり、時には撮影現場に赴いてその空気から世界観を把握して紡いだ言葉を宣伝材料に反映させた。それに対して昨今の映画コピーは、複数の出資者から資本を募る製作委員会方式と同様、映画会社だけでなく、宣伝面においても外部の企業とのジョイントで進めることが多い。ある映画会社のトップはこれを「衆知を結集するんです」と表現したが、まさに『昼顔』のケースはその成功例と言える。テレビで人気を得たドラマが映画化される。それ自体はよくあることだが、映画『昼顔』を興行的成功に導いたのは、テレビドラマの世界観をそのまま映画に移行させたことだ。その水先案内人となったのが、野田さんの作ったコピーであったのだ。まさに衆知の結集。映画業界外から出現した才能は、その豊かな感性が紡ぎ出す言葉で、これからも観客を挑発し、魅了していくに違いない。

(取材・文/斉藤守彦)

***

- 映画版 -
『昼顔』
全国東宝系にて公開中!

監督:西谷弘
出演:上戸彩、斎藤工、伊藤歩、平山浩行
配給:東宝

2017/日本映画/125分
公式サイト:http://hirugao-movie.jp
(C)2017 フジテレビジョン 東宝 FNS27社

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- ドラマ版 -
『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』
発売元:フジテレビジョン
販売元:ポニーキャニオン
価格:DVD-BOX¥22,800(本体)+税、Blu-ray BOX¥28,200(本体)+税
(C)2014 フジテレビ


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