母ダイアナの死と心の傷を乗り越えて ヘンリー王子独占インタビュー(後編)

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2017年07月26日 17:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ダイアナ元妃の死後、長らく精神的なダメージに苦しんだヘンリー王子は、今メンタルヘルスの解決を支援する活動に取り組んでいる。本誌単独インタビューの後編>*この記事はニューズウィーク日本版2017年7月4日号に掲載したものです。


<ヘンリー王子インタビューの前編はこちら>


そして最後の役割は、これまでの王族が考えもしなかったメンタルヘルスの問題に取り組むことだ。この活動は現在、ヘンリーが兄夫妻も巻き込んで、イギリス政府と協力して進めている。「政府には資金があり、私たちには発信力がある」と思うからだ。


この活動は、たぶん王子自身の問題の解決にも役立つ。彼は何度か「持って生まれた性格も変えることができる」と断言したが、それはある程度まで自分のことを言っているようだ。


ヘンリーは09年に、兄と共にロイヤル財団を立ち上げた(後に兄の妻キャサリン妃も加わる)。そのプロジェクトの1つ「フルエフェクト」は、ギャングに引き込まれかねない貧しい子供たちをスポーツを通じて、前向きに導くことが目標。筆者は王子と一緒に、イングランド中部のノッティンガムにあるフルエフェクトの現場を訪れた。


最初に立ち寄ったのは市内のナショナル・アイスセンターの屋外。ヘンリーの「普通」の側面には全く興味のない9歳の少年少女約30人が集まっていた。彼らが求めていたのは壮大なショーと、王子らしいオーラだった。


普段着のヘンリーはジョークを連発し、子供たちを笑わせ、くつろがせた。ヘンリーがラグビーボールを男子に投げ付け、サッカーボールをあちこちに蹴ったので子供たちは目を丸くした。


約20分後、王子はロイヤル財団のスポーツコーチ養成プログラムに参加する16〜24歳のグループと話をした。その若者たちの大半は機能不全の家庭に育ち、学校にもなじめず、ほとんど何の支援も受けていなかった。


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人々を魅了する「共感力」


次に立ち寄ったのは、貧困地区にあるラッセル・ユースセンター。「ここは学校や青少年施設、スポーツ施設から締め出された子供たちの避難所だ」と、運営者のトレバー・ローズは言う。


ヘンリーの到着前、10代の若者たちはほとんどが王子の訪問に無関心を装っていたが、ローズは心配していなかった。「危険にさらされている若者は人を簡単に信用しない。でもヘンリーに会えばすぐに、彼が自分たちと同類であることが分かる」


実際、そのとおりだった。ヘンリーは多くの若者と握手し、少年の背中をたたき、少女を抱き締めて冗談を言った。最初はしらけていた若者たちも、すぐに王子を取り囲んで一緒に写真を撮ろうとせがみ始めた。


「王子が自分たちを見守っていると思うことで、子供たちは勇気づけられる」とローズは言う。「ヘンリーはいわゆる王子様とは違う。ただ握手をして、挨拶して終わりじゃない。彼は子供たちの人生の一部となった。彼が熱心なのも、こうした活動を通じて人生の意味が見えてくるからだろう」


ヘンリーは名門中等学校のイートン・カレッジを卒業後、10年間軍務に就き、アフガニスタンで戦闘任務に従事した。戦闘部隊の一員であることを誇りにしていたから、反政府勢力タリバンの標的になるとして戦線離脱を命じられたときはひどく落ち込んだ。


アフガニスタンでは危険な任務に就いた John Stillwell-REUTERS


軍隊での経験で彼は明らかに変わった。人間として成長し、自分の「使命」を獲得した。それは負傷した軍人への支援だ。14年に彼が始めた傷病兵による国際スポーツイベント「インビクタス・ゲーム」は大成功を収め、今では毎年恒例の行事になっている。


ヘンリーは兄夫妻と共に心の病気にまつわる偏見を取り払うための慈善事業ヘッズ・トゥゲザーも立ち上げており、その一環としてロンドン救急車サービスセンターを訪問。トラウマと鬱病について話した。


彼はここでも自らのアフガニスタンの戦場での体験に触れながら、救急車両の運転係や救急救命士らに共感の意を示し、こう語り掛けた。「あなた方が日々、対処しなければならない状況はものすごい。攻撃や虐待、あらゆることに遭遇する可能性がある。そういう状況で目を背け、知らぬ顔をするようでは人間失格。でも、皆さんは本当に頑張っている」


会場にいた救急救命士のダン・ファーンワースは子供の虐待死など、特に耐え難い事件を扱った後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいた。ファーンワースは自分の落ち込んだ「深い暗闇」について話し、でも心的障害を認めれば仕事を続けられなくなるという不安を打ち明けた。


ヘンリーはうなずき、王子というよりは心理療法士のように語り掛けた。「人に打ち明けることは本当に重要だ。何週間も、何年も心に不安を抱えていると、それが本当の問題になる。本音を打ち明けて、前に進むことこそ強さだ。クビになると困るから話せないという気持ちは分かる。でも、心の問題を放置しておくほうがずっと危険だ」


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こうした「共感力」が最もよく現れるのは、ヘンリーが軍人仲間のような人々と触れ合うときだ。慈善団体ヘルプ・フォー・ヒーローズの退役軍人医療センター訪問に同行したのは、よく晴れた寒い日だった。たき火の傍らで数人の男がおしゃべりしながら、心理療法を兼ねた木工作業に励んでいた。


彼らは全員、英軍の傷痍軍人だ。肉体的な傷はほぼ癒えたが、鬱やストレスやアルコール依存などの精神的な問題を抱え、心理療法や生活支援を受けるためにセンターに通っている。


ヘンリーは彼らの気持ちに寄り添いながら、ジョークを交わした。ヘンリーは言う。軍人仲間との友情や「ブラックユーモア」が懐かしいと。


彼はアフガニスタンで09年に重傷を負った元狙撃兵のマイク・デイに、いきなり核心を突く質問をした。「負傷の前後で、どう変わった?」


デイは少し間を置いて、おもむろに答えた。「自分じゃなくなった」


動揺してもおかしくない瞬間だ。しかしヘンリーはひるまず、こう励ました。「頑張るんだ、自分を生きなくちゃ。ただ存在するだけじゃなくて」


デイはうなずいて続けた。「月に1度はここで4日を過ごしている。その間は調子がいいんだ」


ヘンリーはもっと対話を続けたい様子だったが、あいにく次の予定が迫っていた。去り際に、王子は声を掛けた。「頑張れよ、みんな」


歌手リアーナ(左)と彼女の出身地バルバドスでHIV検査 Chris Jackson/GETTY IMAGES


その後、ヘンリーは筆者に言った。「軍隊経験を共有しているからね。あの人たちは私とそっくりだ。みんな自分の実力を証明したい、認めてほしいと願っているんだ」


公務中の王子は快活で人当たりがいい。しかし独りになるとストレスやいら立ちを感じることもあるという。無理もない。確かに超特権的な暮らしをしてきたが、苦しいことも多かった。


両親の相性は悪く、11年間の「おとぎ話」のような結婚生活は「悪夢」に変わり、ついには離婚に至った。父は長年の愛人カミラ・パーカー・ボウルズの元に戻り、母は恋人を次々に替えた。事故死したときに同乗していたドディ・アルファイド(父親は当時ハロッズのオーナーだったモハマド・アルファイド)が最後の恋人となった。


「早く何かを成し遂げたい」


家族について聞かれると、ヘンリーは何の躊躇もなくエリザベス女王の「すごさ」をたたえ、亡き母のことは「ユーモアにあふれ、楽しい雰囲気をつくり、自分たち兄弟を守ろうとしてくれた」と懐かしんだ。


兄夫妻に関する言及はそれより少なく、父やカミラについてはほとんど触れなかった。父とカミラの関係がダイアナとその息子たちをどれほど苦しめたかは、今や誰もが知るところだ。


ダイアナ亡き後、誰もその穴を埋めることはできなかった。ヘンリーは精神的に頼る人がいないまま、大人になった。今、心の隙間を少しでも埋めようとしてくれているのはキャサリンだ。ヘンリーは彼女を「姉のような存在」と言う。兄夫婦の居宅に招かれると、キャサリンが手料理を振る舞ってくれるとか。


兄弟の性格はまるで違う。王室関係者によると「弟は感情を隠さず、兄は内向的で孤独を愛する。特殊な環境で育ち、早くに母親を亡くしたこともあって兄弟の絆は強い。しかし互いに依存することはない」。


「学業成績はウィリアムのほうが良かった。だが人付き合いはヘンリーのほうがずっと上。特に子供の扱いは天性のものだ」という説もある。


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ヘンリーは実用的な器用さも誇りにしている。これも軍隊が性に合った理由の1つだ。07年末からひそかにアフガニスタンでの作戦に加わり、ヘルマンド州で戦闘機を攻撃目標に誘導する任務に就いた。しかし、その事実がメディアで報じられると帰国を命じられた。「非常に腹立たしかった」とヘンリー。「従軍は日常からの最高の逃避だった。すごい達成感があった」


12年には再びアフガニスタンの戦場に送られ、攻撃ヘリコプター「アパッチ」に乗り込んだ。「自分の技能を証明したかった。ただの王子じゃなくて、例えばアパッチを操縦できるとか」


15年の退役は不満だったが、そのエネルギーを「新たな自分探し」に向けた。それさえ見つかれば、自分の人生に王子という以上の価値を見いだせるはずだから。「世間の関心が自分に向けられている間に、それを最大限に生かして、早く何かを成し遂げたい」


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[2017.7. 4号掲載]


アンジェラ・レビン(ジャーナリスト)


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