シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ

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2017年08月19日 13:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<内戦が終わりに近づくシリアで、「国家内国家」の樹立に向けて動き出した西クルディスタン移行期民政局、通称「ロジャヴァ」。しかし、アメリカからも裏切られる時が近づいているのかもしれない>


ロシア、トルコ、イラン、そして米国の関与のもと、停戦プロセスが粛々と進行し、武力紛争としてのシリア内戦が終わりを迎えようとしているなか、シリア北部を実効支配する西クルディスタン移行期民政局、通称「ロジャヴァ」(rojava、クルド語で「西」の意)は、「北シリア民主連邦」と称する「国家内国家」の樹立に向けて、行政区画法を制定し領土を主張、また9月から来年1月にかけて領内で議会選挙を実施することを決定した。


シリアからの分離独立をめざす動きとも解釈できるこの「賭け」の狙いはいったいどこにあるのか。


米国にとって対シリア干渉政策の橋頭堡、ロジャヴァ


ロジャヴァは、内戦で衰弱したシリア政府に代わって、ハサカ県やアレッポ県北部に勢力を伸張したクルド民族主義政党の民主統一党(PYD)が2014年1月に発足した自治政体である。PYDは2003年の結党以来、シリア政府の統治に異議を唱える反体制派として活動してきたが、シリア内戦のなかで欧米諸国やトルコの支援を受けて台頭したそれ以外の反体制派とは一線を画し、紛争当事者間の「バッファー」(緩衝材)として立ち振る舞うことで存在感を増していった。


多くの反体制派が力による政権打倒に固執するなか、PYDは政治的手段を通じた体制転換を主唱し、彼らと反目した。また、これらの反体制派が、シャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放委員会)、シャーム自由人イスラーム運動といったアル=カーイダ系組織と表裏一体の関係をなしていたのとは対象的に、イスラーム国やヌスラ戦線に対する「テロとの戦い」に注力し、その限りにおいてシリア政府、ロシア、イランと戦略的に共闘した。


しかし、このことは欧米諸国との敵対を意味しなかった。2014年9月にシリア領内でイスラーム国に対する空爆を開始した米主導の有志連合は、PYDの民兵として発足し、その後ロジャヴァの武装部隊へと発展を遂げた人民防衛隊(YPG)を支援、連携を深めた。2015年10月に米国の肝煎りで結成されたシリア民主軍は、YPGを主体に構成されており、同組織が2017年6月に開始されたラッカ市解放作戦を主導していることは周知の通りだ。


米国は現在、ロジャヴァ支配地域内に航空基地2カ所を含む10の基地を構え(地図1を参照)、特殊部隊約450人を進駐させているという。米国にとって、ロジャヴァは今や対シリア干渉政策の橋頭堡であり、PYDにとっても米国は今や最大の軍事的後ろ盾なのである。


地図1 シリア領内の米軍基地(2017年8月半ば現在)


(出所)筆者作成


シリア内戦をめぐる政治プロセスから疎外され続ける


にもかかわらず、PYDはシリア内戦をめぐる政治プロセスにおいて疎外され続け、そのことが彼らを北シリア民主連邦樹立に向けて突き動かすことになった。


PYDは、米国とロシアが共同議長国となって国連で推し進めたシリア政府と反体制派の和平協議「ジュネーブ・プロセス」の蚊帳の外に置かれた。トルコとサウジアラビアがその参加を頑なに拒んだためだ。トルコにとって、PYDはクルディスタン労働者党(PKK)と同根の「テロ組織」で、その存在を認めることなどできなかった。シリア国民連合やイスラーム軍からなる「最高交渉委員会」を担ぎ、ジュネーブ・プロセスに陰に陽に干渉してきたサウジアラビアにとっても、PYDは目の上のコブだった。


ロジャヴァは、ジュネーブ2会議開幕の前日にあたる2014年1月21日に「移行期」の自治を担うとして発足したが、そのタイミングは、現政権と反体制派からなる「移行政府」の樹立を議論する場から排除されたことへの当てつけにも見えた。また、ジュネーブ3会議期間中の2016年3月16日、ロジャヴァ内に「北シリア民主連邦樹立評議会」(当初の呼称は「ロジャヴァ北シリア民主連邦樹立評議会」)が設置されたのも、同様の対抗措置だった。


ロシア、トルコ、イランを保証国として開始されたシリア政府と反体制派の停戦協議「アスタナ・プロセス」でも、PYDは黙殺された。三国は2017年5月、反体制派が支配する北部(イドリブ県、アレッポ県西部)、中部(ヒムス県北部)、東グータ地方(ダマスカス郊外県)、南部(ダルアー県、スワイダー県、クナイトラ県)に「緊張緩和地帯」(de-escalation)を設置することで合意、7月に入ると、これに米国、ヨルダン、イスラエルが同調し、北部を除く3地域で、戦闘停止、人道支援物資搬入、ロシア軍兵力引き離し部隊の進駐が実現した。シャーム解放委員会やシャーム自由人イスラーム運動と共闘する反体制派は戦闘を継続したが、彼らに対するシリア軍の攻撃が非難を浴びることはなくなった。


「緊張緩和地帯」設置にかかる合意において、有志連合の支援を受ける武装勢力の地位は曖昧だった。彼らは、イスラーム国に対する「テロとの戦い」に参加している限り、有志連合の「協力部隊」として庇護を受けることができた。だが、それ以外のロジックのもとで続けられる戦闘のなかで、彼らを保護するしくみはもはやなかった。


米国などが拠点として占領しているヒムス県南東部タンフ国境通行所一帯で活動してきた「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室(別称自由シリア軍砂漠諸派、ないしは「土地は我らのものだ」作戦司令室)所属組織は、シリア軍やイラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受ける外国人民兵の攻勢に直面し、勢力を縮小させていった。


一方、シリア民主軍は、シリア軍と衝突することはなかったが、トルコの圧力に曝された。トルコは、アレッポ県北部のアフリーン市一帯に地上部隊を増派し、ロジャヴァ支配地域を断続的に砲撃する一方、「穏健な反体制派」と呼ばれてきた武装集団(ハワール・キッリス作戦司令室、ないしは「ユーフラテスの盾」作戦司令室)とシャーム自由人イスラーム運動を「家を守る者たち」作戦司令室として糾合し、シリア民主軍との戦闘に動員した。


自治体制を確立したことを誇示


こうした情勢のもとで発表されたのが行政区画法と議会選挙実施決定だった。行政区画法は、図で示した通り、四つの地区から構成されていたロジャヴァ支配地域を、「地域」>「地区」>「郡」>「市」>「区」>「町」>「村」>「農場」>「コミューン」という上意下達の行政単位に再編することで、北シリア民主連邦の領土を明示した。


一方、議会選挙実施決定は、9月22日にコミューン議会、11月3日に村、町、区、市、郡、地区の議会、そして2018年1月19日に地域の議会、および連邦全体の議会に相当する「北シリア民主人民大会」の議員を行政区画法に基づいて下意上達的に選出していくという内容だった。


図 ロジャヴァおよびシリア民主連合の行政区画


(注)行政区画法によると、各行政単位は人口規模によって区別され、農場は人口100人以下、村は101〜5,000人、町は5,001〜25万人、市は25万人以上の居住地とされた。また区は人口15万以下の町・村・農場群(および区議会所在地)、郡は50万以下の市・町・村・農場群とされた。(出所)筆者作成


地図2 北シリア民主連邦の行政区画(ジャズィーラ地域、ユーフラテス地域)


(出所)筆者作成


地図3 北シリア民主連邦の行政区画(アフリーン地域)


(出所)筆者作成


PKKがトルコからの分離独立をめざしてきたこと、イラク・クルディスタン地域で独立の是非を問う住民投票の実施が決定されたこと、そして「北シリア民主連邦」という国家を思わせる呼称...。これらからの類推で、行政区画法と議会選挙実施決定を、シリアからのクルド人の独立に向けた布石と解釈することも不可能ではない。


だが、PYDは、シリアという既存の国家枠組みのなかで民族的・宗派的多元主義と分権制を保障する体制の樹立をめざしており、少なくとも現時点では、暫定的な移行期を終えて、恒久的な自治体制を確立したことを、シリア内戦の主要な当時者である諸外国に誇示し、その存在を既成事実として認めさせるのが狙いだと理解した方が妥当だろう。


アメリカ頼みの「国家内国家」


しかし、主権在民の「国家内国家」の存立はその多くを他力本願に頼っていた。そのことを端的に示していたのが、アレッポ県北部のユーフラテス川右岸(西岸)に位置するマンビジュ市と、欧米諸国がイスラーム国の首都と位置づけるラッカ市に対する姿勢だ。前者は2016年8月にシリア民主軍がイスラームから奪取、後者は陥落が秒読み段階に入ったとされている。両市をめぐっては、トルコがかねてからPYDによる勢力伸張を「レッド・ライン」とみなし、YPG(そしてシリア民主軍)の撤退を強く要求してきたが、PYDは米国の意向を追い風に勢力を伸張した。


PYDがマンビジュ市とラッカ市の北シリア民主連邦への編入を望んでいることは言うまでもない。にもかかわらず、行政区画法においてその地位について明記しなかったのは、米国がトルコを制し、北シリア民主連邦への両市の帰属を承認することを期待しているからにほかならない。


すべての当事者に裏切られる時が近づいている


しかし、米国がPYDの思惑に沿って行動するかは判然としない。なぜなら、イスラーム国に対する「テロとの戦い」後の米国の対シリア政策の具体像がまったく見えないからだ。


米国は、北シリア民主連邦領内に軍を常駐させることで、内戦の実質的勝者であるシリア政府の増長を抑止するための軍事的圧力をかけ続けることができるかもしれない。しかし、さしたる産油国でもないシリアにおいて、PYDを庇護し続けたとしても経済的な見返りは少なく、費用対効果も低い。


こうした事情を踏まえてか、米国は、ラッカ市解放後に本格化することが予想されるダイル・ザウル県でのイスラーム国との戦いからYPGを遠ざけようとしている。米国は、YPGではなく、ダイル・ザウル県のアラブ人部族とつながりがある反体制指導者のアフマド・ウワイヤーン・ジャルバーが率いるシリア・エリート軍や、「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室所属組織に、掃討戦を主導させようとしているのだという。もしこれが現実になれば、YPGの「テロとの戦い」は終わりを余儀なくされ、もっとも頼れる有志連合の「協力部隊」としての存在意義(ないしは利用価値)は低下することになる。


ロシア、トルコ、そしてシリア政府は、このときを虎視眈々と狙っているのだろう。ロシアは、「緊張緩和地帯」がいまだ設置されていない北部で、長らくトルコの支援を受けてきたシャーム解放委員会やシャーム自由人イスラーム運動を放逐するための「テロとの戦い」を国際社会に黙認させるための取引を欲している。


トルコも、その見返りとして、アレッポ県のアフリーン市一帯およびタッル・リフアト市一帯でのPYD排除を目的とした新たな大規模軍事作戦が是認される機会を窺っている。シリア政府には、PYDとの戦略的関係を解消し、力で全土を掌握する力はない。だが、こうした諸外国の動きに迎合する傍らで、北シリア民主連邦の支配地域との人的・物的な交流を深め、PYDを懐柔しようと策をめぐらしている。


PYDが「バッファー」としてすべての当事者にとって利用価値のある時代は終わり、すべての当事者によって裏切られる時が近づいているのかもしれない。




青山弘之(東京外国語大学教授)


このニュースに関するつぶやき

  • クルド人は”独自の国家を持たない世界最大の民族集団”なのだそうです。トルコ、イラン、イラクなどの国々は、クルド人の国家樹立に伴い国土を失うことを、恐れています。
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