アメリカを捨てるインド移民

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2017年10月23日 11:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<懸命に米企業で働いても永住権の取れない在米インド人。トランプの就労ビザ制度厳格化で人材の流出が深刻化する>


やっとアメリカで暮らしていけるめどが立った。サミール・サヘイがそう思ったのは05年のことだ。インドから渡米して2年、MBAを取得し、オレゴン州の医療関連会社に就職が決まり、会社がグリーンカード(永住権)申請のスポンサーになってくれた。うれしかった。


以来12年、サヘイは50歳になったが、今も同じ会社で同じ仕事をしている。永住権も取得できていない。政府のお役所仕事のせいで、いまだに順番待ちを強いられている。こんな状況ではキャリアを積み重ねることもできない。職場を移ったら、また一から申請し直さねばならないからだ。


「自分の夢を犠牲にして家族を支えてきたのに」とサヘイは言う。「永住権があれば私は転職し、昇進し、もっと多くのことができたはずだ。でも取得できないから、現実は12年前と少しも変わっていない」


こうした複雑怪奇で矛盾に満ちた移民政策は何十年もの間、インドからの移民を苦しめてきた。それでもアメリカ移住の夢を追う人は絶えなかった。しかし今、多くのインド人がアメリカを見捨てようとしている。


6月にはインドのナレンドラ・モディ首相が訪米し、ドナルド・トランプ大統領と和やかに会談を行ったが、アメリカ在住インド人の恒久的な法的地位はトランプ政権の下でますます不確実になっている。


1月の大統領就任以来、トランプは「イスラム教徒の入国停止」や「就労ビザ取得要件の見直し」を大統領令で打ち出してきた。トランプのアメリカは自分たちを歓迎していないと、多くの外国人が感じている。


科学者やエンジニア約100万人を含む在米インド人240万人にとって、事態はあまりに深刻だ。その約45%は既にアメリカの市民権を取得しているが、まだ何十万もの人々が定期的に更新の必要な就労ビザに頼って働いている。


長期の展望が開けない


高度な専門技能を持つ外国人向けの就労ビザH-1Bの取得要件が厳格化されれば、特に南アジア出身者が多い州(カリフォルニアやニュージャージーなど)では大きな経済的・知的損失が懸念される。


コンサルティング会社デロイト・トウシュ・トーマツによれば、トランプの大統領当選以来、祖国に戻って職を探そうとする在米インド人が増えた。そうした人は昨年12月時点で600人だったが、今年3月には7000人に増えていた。またアメリカの大学の4割では、新学期からの留学生が急に減ったという(前年度には16万以上のインド人留学生がいた)。


インドの大学を出た人でも、アメリカよりカナダやヨーロッパへの移住を考える人が増えている。身の安全に関する懸念もその要因の1つだ。


今年2月にはカンザス州で、インド人技術者2人が白人の退役軍人に撃たれ、1人が死亡する事件が起きた。犯人は2人に向かって、不法移民ではないかと難癖をつけたという。この事件はインド国内の新聞で連日、大々的に報じられた。


16年度に、アメリカで働くためにH-1Bビザを取得したインド人は12万人以上で、他の国の出身者よりもはるかに多い。毎年抽選で発給される8万5000件のH-1Bビザのほとんどは人材派遣会社の申請によるものだが、そうした会社が技術職に雇用する外国人のほとんどはインド人だ。


何年もの間、マイクロソフトやグーグルなどの大手企業は、必要な能力を有するアメリカ人が足りないと主張し、就労ビザの割り当てを増やすよう政府に申し入れてきた。ただし一方には、技術系の学位を持つアメリカ人はたくさんいて、業界のニーズに応えられるはずだという反論もある。


この4月、トランプは「アメリカ・ファースト」政策の一環として就労ビザ制度の見直しを発表。技術レベルが高く、給与水準も高い外国人だけに就労ビザ発給を限定したいと言い、ビザ取得要件を変更する大統領令に署名した。


こうした政策はアメリカ留学を考えるインド人大学生や大学院生を落胆させるだろうと、シアトルの移民弁護士タミナ・ワトソンは言う。「長期のキャリアを望めないなら、彼らがアメリカに来る理由はなくなる」


アメリカ以外の選択肢


外国人労働者の不満を受けて、ブレント・レニソン弁護士は昨年、ポートランド連邦地方裁判所にH-1Bビザ制度の違法性を訴えた。「このままの状態が続けば、アメリカに来ないことを選ぶ人も出てくる。アメリカで教育を受けた留学生もアメリカに残らなくなる」


このシステムは以前から機能不全に陥っていた。政府機関の官僚主義のせいで就労ビザの発給は既に滞っているため、近年では一流大学の卒業生でさえ就労ビザを取得できる保証はないという。


ビザを取得しても、まだ地位の安定は得られない。雇用者が永住権申請のスポンサーになってくれても、認可が下りるまで何年も待たされる。


ワシントンのシンクタンク、ケイトー研究所の移民政策アナリスト、デービッド・ビールによれば、国内外のインド人200万人がグリーンカードの発給を待っている。システムに変更がない場合には処理に10年以上かかる可能性があるという。


それならカナダを選んだほうがいい。トランプが大統領選に勝利した後、カナダ政府は国内で事業を行う企業で働く高度な専門知識を持つ外国人労働者のために、2週間でビザと労働許可証を発行すると発表した。


一方のアメリカでは多くの外国人労働者や技術者が、永住権申請のスポンサーになってくれた企業から離れられずにいる。


オレゴン州のサヘイは、その地獄のような日々をよく知っている。待てば事態が改善されるという望みも、トランプ政権の誕生で消えた。「不公平と言えるかどうかは分からない」と彼は言う。「ルールは政府が決めるもので、人はそれに従わなければならない。インド人はずっと、そうしてきた。ひたすら待ってきた」


インドにいる彼の姪と甥は、今までアメリカへの移住を熱望していたが、心変わりしたらしい。トランプの登場でアメリカのイメージが変わったからだ。


サヘイによれば、姪も甥もこう言ったという。「行かないよ。外国ならどこの国でもいいけど、アメリカはイヤだ」


From Foreign Policy Magazine


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[2017.10.24号掲載]


スザンヌ・サタライン


このニュースに関するつぶやき

  • 「米で教育を受けた人間が米に残らない」と言うが、彼等が自国に帰り、国を富ます事こそが「自由主義」における「発展」と、其れに伴う「交易」による「繁栄」ではないのか? 奴隷の選抜の記事かと思ったよw
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