国際社会が使い捨てたクルド人と英雄バルザニ

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2017年10月31日 19:23  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<アメリカとともにサダム・フセインの圧政と戦いISISも撃退したが、独立しようとしたら攻め込まれた。勇敢だがまたも悲劇に終わったクルド人の英雄の物語>


イラク北部のクルド自治政府がイラクからの独立の是非を問う住民投票を9月25日に実施して以降、ISIS(自称イスラム国)を掃討した後クルド人が実効支配していた地域にイラク軍が進攻するなど、大きな混乱が続いた。ここ1カ月余りで、最も大きな代償を払うことになったのは、自治政府の事実上の大統領、マスード・バルザニ議長(71)だ。


バルザニは10月29日、議会に書簡を送り、議長職を退任する意思を伝えた。2005年に就任し、2015年の任期満了後もISIS掃討を理由に議長職にとどまっていた。


バルザニが率いるクルド民主党(KDP)によれば、バルザニは書簡で、「11月1日以降、議長職を続投することを拒否する」と表明した。


バルザニは「ペシュメルガ(イラクのクルド人民兵組織)で活動を続ける」とも言っており、今後も独立闘争を率いる指導者として影響力を残す可能性がある。


クルド民族運動の英雄ムスタファ・バルザニを父に持つバルザニは、16歳の時にペシュメルガに入隊して以降、クルド人の自治権拡大に関与するようになった。父の死去に伴い、1979年にKDPのトップに就任した。


サダム・フセインに弾圧された


イラクの旧サダム・フセイン政権は、1988年にクルド人自治区ハラブジャで化学兵器を使用するなど、クルド人を徹底的に弾圧した。バルザニはクルド人民兵としてフセインと戦った。フセインのクウェート侵攻を機に始まった1990年の湾岸戦争でフセインと戦う米軍に協力した結果、クルド人はイラク北部で自治権拡大を認められるようになる。1992年には、自治政府の樹立を目指して初めての議会選を実施した。


だがクルド人の二大政党でライバル関係にあるKDPとクルド愛国同盟(PUK)の対立で議会は機能不全となり、1998年まで内戦状態に陥った。クルド人居住区も一時PUKが支配する南東部とKPDの北西部に分断されたが、2003年のイラク戦争でフセイン政権が崩壊すると対立解消で合意した。そして2005年、バルザニがクルド自治政府の議長に就任する。


バルザニは議長に就任して真っ先に、クルド人独立への動きを加速させた。2005年にはクルド人自治区の独立を問う非公式の住民投票を実施し、98.8%の賛成票を得た。だがクルド人独立後のイラクの治安悪化を懸念するアメリカや、自国のクルド人に独立機運が飛び火するのを恐れるトルコ、イラン、シリアなどの周辺諸国は、バルザニの動きをことごとく妨害した。


バルザニの影響力がピークに達したのは、恐らく2014〜2016年だろう。2014年にISISが広大な支配地域を築いたイラク北部で、ペシュメルガはISISを撃退した。彼らは当時、イラクでISISを倒せる唯一の戦力と見られていた。


バルザニは「ISISの息の根を止める」と誓い、ISIS掃討作戦の行方を左右する人物として注目を集めるようになり、2014年には米誌タイムが選ぶ「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」の候補者にまでなった。最終的には選ばれなかったが、タイムはバルザニをこう称えた。「ようやく逆境から救われたかに見えるクルド人の歴史が、彼の人生に凝縮されている」


バルザニの親族は自治政府の要職に就き(息子のマスロア・バルザニもKDPの有力者だ)、その汚職や縁故主義は長年批判の的だった。一方で、ゲリラ戦闘員としての戦歴や、クルド人の利益を一貫して擁護する姿を見てきた数百万人のクルド人にとって、バルザニはまさに英雄だった。


だがクルド独立という悲願実現に突進した結果、バルザニは辞任に追い込まれた。9月の住民投票では圧倒知的多数のクルド人が独立に賛成したが、敵対するアラブ諸国はもちろん、対テロ戦争ではクルド人の力を借りたアメリカや、それまで比較的良好な関係を築いてきたトルコも反対した。バルザニはそうした反対を押し切って住民投票を強行したことで、イラク政府による激しい報復を招き、2014年にISISを撃退してから自治政府が掌握していたイラク有数の油田地帯キルクークをイラク軍に制圧されたうえ、ISISから奪還した支配地域のほとんどを失った。


絶好のチャンスが台無しに


バルザニが無謀で愚かな行動に先走ったせいで、イラクのクルド人の長年の悲願である独立実現に向けた絶好のチャンスが台無しなったと、国際社会は批判するだろう。だがクルド人の多くは、別の見方をするはずだ。クルド人にしてみれば、批判する対象はバルザニでなく、国際社会だ。クルド人を利用するだけ利用しておいて、最後に見捨てたのだから。


奇しくもバルザニが退任する1カ月前、クルド人民兵からPUKの指導者になり、2005〜2014年まで新生イラクの大統領を務めたジャラル・タラバニが死去した。対立しながらもクルド人の自治権拡大を実現した2人が政界を去り、クルド人の一つの歴史が幕を閉じた。イラクだけではない。シリア、トルコ、イランでも、新世代のクルド人に待ち受けているのは、険しく、先の見えない未来だ。


(翻訳:河原里香)



ジャック・ムーア


このニュースに関するつぶやき

  • クルド人自体も理解しているだろ。 自分達があの地域の非常に重要な土地に居て、その価値がどれ程の物かも。 そして独立が現実には不可能に近いって事も。
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