孤独なオタクをのみ込む極右旋風

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2017年12月15日 17:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<動物キャラになり切ることを楽しむ「ファーリー」たち、その多くはリベラル派だがこの1年ほどで異変が起きている>


8月のその日、馬のジュニアス(20代前半)は、フィラデルフィア郊外のホテルのブースで反ファシズムのステッカーを配っていた。バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者の集会に抗議していたデモに自動車が突っ込み、1人が死亡する事件が起きたのは1週間前のことだった。


ジュニアスのブースにはフェネック(キツネの仲間)やマンチカン(ネコの仲間)など、さまざまな動物たちがステッカーを求めて行列をつくった。


もちろんジュニアスは本物の馬ではないし、列に並んでいたのもキツネやネコではない。彼らは「ファーリー」。お気に入りの動物キャラになり切り、その動物の仮装をする趣味・嗜好を持つ人たちのことである。この日は、フィラデルフィア近隣で初の大規模イベント「ファリデルフィア」が開かれていた。


ファーリーの多くは、性的マイノリティーで、極めて左翼的な思想の持ち主。自分たちは排除の論理を持たず、あらゆる性的指向の人と社会的な少数派を受け入れていると言う。


しかし、寛容の精神にも例外はある。昨年の米大統領選以降、ジュニアスとファーリーの仲間たちは、ファーリー界の極右勢力「オルト・ファーリー」と激しく対立している。


オルト・ファーリーは、ドナルド・トランプ大統領の支持層である「オルト・ライト(オルタナ右翼)」と同じく、白人至上主義・反グローバル主義の思想の信奉者だ。シャーロッツビルの白人至上主義集会に集まったような人たちと思えばいい。


始まりはツイッターのおふざけだった。最初は右派寄りのファーリーたちが「#AltFurries」というハッシュタグを使い、ファーリー関係の画像などと共にトランプ支持のメッセージを投稿していた。しかし次第に、「人種差別主義者」と批判されるような人たちも参入してきた。


大半のオルト・ファーリーはもっぱらオンライン上で活動しているが、現実の世界で活動する人たちも現れている。17年の夏には、世界最大のファーリー・イベントである「アンスロコン」の会場にトランプ支持のプラカードを掲げ、南北戦争で南軍が用いた南部連合旗(白人至上主義者のシンボルになっている)模様の着ぐるみ姿で登場した人物もいた。


フロリダ州オーランドのイベントでは、オルト・ファーリーのパンフレットを配布する人たちがいた。ナチスによく似た腕章を着ける人たちの姿も見られるようになっている。


ジュニアスはフィラデルフィアでのイベントの前、オルト・ファーリーたちからオンライン上で脅されていた。「首の骨を折りたい」という書き込みもあった。ジュニアスの個人情報を探り出して、ネット上にさらすことを目的とするフォーラムまで出現した。オルト・ファーリーを狭量なファシストと批判したことが怒りを買ったのだ。


ジュニアスは脅しにおじけづくことはなかったが、白人至上主義者に取り込まれるファーリーたちが増えるのではないかと案じている。「(ファシストたちは)孤独な白人男性に目を付ける」というのだ。


殺害予告まで飛び出した


互いの自由を尊重するのが旨のファーリーたちだが、ことオルト・ライトの思想をめぐってはそうはいかない。


オルト・ファーリーの一員であるヤギのダイアニシャスはフィラデルフィアのイベント前、「サヨク嫌いの仲間たちと会うのが楽しみだ」とSNSに記した。しかし、そうした仲間たちとの接触は、ほぼ会場外で行わなくてはならないと分かっていた。脅迫的な言動を理由に、ダイアニシャスと友人数人は入場を禁止されていたからだ。


ダイアニシャスは105ドルを支払ってアーティストに依頼し、自分の「ファルソナ」(ファーリーとしてのキャラクター)が登場する作品を制作させていた。そのファルソナがヘリコプターから、ジュニアスと2人のファーリーを下に突き落とす場面を描いたものだ。


ダイアニシャスがオルト・ライトの指導者に送った作品 Courtesy of Dionysius


この作品内でヘリから突き落とされた1人がタスマニアデビルのディオだ。4月のコロラド州デンバーのイベントにダイアニシャスの仲間たちが乗り込むと知ったディオは、「ナチスどもに一発お見舞いするのが待ち切れない」とツイッターに書き込んだ。すると、匿名のファーリーから「おまえが撃たれるほうがずっと面白い」というコメントが書き込まれた。


これ以降、ディオと家族はひっきりなしに脅しを受けるようになった。「レイプして殺してやる」とか、ユダヤ系であるディオが祖父を亡くした後には「ユダヤ野郎が1人減ったぞ!」と書かれたりもした。


そこでディオは、ゲーム愛好家がよく用いるチャットサービス「ディスコード」上のオルト・ファーリーのグループに何カ月も潜入。この夏、そこで交わされた1カ月分のやりとりを暴露した。それによれば多くの発言は人種差別的で、殺し屋を雇ってディオを殺そうと提案するファーリーまでいた。


しかし、このチャットグループのサーバーを管理する有名オルト・ファーリー、通称レン・ギルバートに言わせれば、メンバーの大半は白人至上主義者でもなければ、ナチス思想の信奉者でもない。「オルト・ファーリーとは、ファーリーの中で右寄りの人たちを表す大きなくくりにすぎないと思っている」と、本誌に語っている。


シャーロッツビルでの白人至上主義者の集会にはオルト・ファーリーも参加したという Samuel Corum-Anadolu Agency/GETTY IMAGES


それでも、ファーリーのイベントから仲間が締め出されるのは意外でないと言う。「社会正義を振りかざす連中が取り仕切っていることが多いから」


もっとも、オルト・ファーリーと白人至上主義者、そしてシャーロッツビルの事件の間には現実につながりがある。


ディオが暴露したディスコードのチャット記録によれば、ダイアニシャスは前述の作品を、シャーロッツビルにおけるオルト・ライトの有名な指導者、クリストファー・キャントウェルに送っている。彼のYouTube番組で取り上げてもらおうとしたのだ。


白人至上主義者とオルト・ファーリーのつながりを体現する人物と言えば、若いオルト・ライトでネオナチのネーサン・ゲイトだろう。


彼は自分のことをファーリーだとは思っていないが、ディスコード上のオルト・ファーリーのグループ立ち上げに参加。カリフォルニア州でのファーリー・イベントへの反対運動を展開したりしている。


シャーロッツビルでのデモでは2時間半に及ぶネット中継を行ったが、ゲイトの周囲には白いポロシャツを着たネオナチや武装した民兵、著名な白人至上主義者のデービッド・デュークらがいた。


狙われる「孤独な人々」


ゲイトの18歳の恋人、KKキューティーはネオナチに取り込まれたファーリーの好例だ。数カ月前まで普通のファーリーだった彼女はディスコードで非常に過激な投稿を繰り返しており、ディオを殺すために殺し屋を雇うと提案したのも彼女だ。


「多くのファーリーに、オルト・ファーリーはある種の脱出をもたらす」とKKキューティーは語っている。「右傾化が進めば身も心も成熟を始め、ファーリーから卒業し、本物の政治活動に身を投じることになる。私もそうだし、友人たちも同じ道をたどってきた」


彼女はオルト・ライトの影響で過激な白人至上主義者になったと述べている。だがチャット記録からは、ファーリー向けの作品制作で金を稼ぐ話をする一方で、彼女のファーリーに対する蔑視が膨らんでいくさまが見て取れる。「私がファーリーのポルノを描けば、連中はお金をくれる。そして財布が空っぽになって飢えて、サヨクも変態も死んでいく」


こうした発言はオルト・ライトに対する自分の見方の正しさを裏付けているとディオは言う。「彼ら(白人至上主義者)はオタク集団を利用する。苦々しく悲しい思いを抱えた孤独な人々がたくさんいる『草刈り場』だからだ」


冒頭のジュニアスが配った反ファシズムのステッカーはすぐに品切れになった。シャーロッツビルの被害者支援基金への寄付も集まった。入場を禁止されたオルト・ファーリーたちと比べ、はるかに支持を集めている印象だ。


それでもオルト・ファーリーをめぐる議論や対立は今も渦巻いている。もふもふの毛皮もぎすぎすした空気を和らげるには役立っていないようだ。


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[2017.12.12号掲載]


ウィリアム・ヒックス


このニュースに関するつぶやき

  • 動物キャラになり切ることを楽しむ「ファーリー」     いろんな世界があるんだな。
    • イイネ!1
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