トランプの対中保護主義が好調な株価を脅かす

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2018年01月29日 17:12  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<アメリカの経済好調を自慢するトランプだが、政権幹部は保護主義でそれが台無しになりかねないと懸念する>


奇妙な、そして思いがけない光景だった。


世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)と言えば、グローバル主義を奉じる政財界のリーダーたちがスイスの小さなスキーリゾートに集い、互いの虚栄心を満たすという年に1度のイベントだ。ところが今年は勝手が違った。メインホールにドナルド・トランプ米大統領が姿を現すや、人々は山中で雪男に出会ったがごとく、あわててスマートフォンを取り出し、写真を撮りまくった。トランプがダボス会議にやってくるなど、ニクソンが1970年代に中国に行ったのに負けない大事件だったのだ。


トランプはGDPの堅調な伸びや失業率の低下、好調な株価などを挙げ、自らの政権の経済運営がうまく行っていることを喧伝した。アメリカは「営業中」だと言いもした。一方でトランプは、大幅な貿易赤字は受け入れられないとのこれまでの主張を繰り返し、2012年以降拡大している貿易赤字を削減する考えを示した。サプライズも1つあった。再交渉で「もっといい条件」が得られるなら、就任直後に離脱を表明したTPP(環太平洋経済連携協定)への復帰もありうるとの立場を示したのだ。


だが発言そのもの、あるいは参加者たちの多くから嫌われていることを承知でトランプがダボスに乗り込んだという事実よりもっと重要なのは、そのタイミングだ。今トランプ政権は、通商問題で世間の大きな注目を集める決断をいくつも下す必要に迫られている。それも多くのエコノミストや企業経営者らによれば、トランプ自慢の米経済の好調ぶり(特に株価関連の)を危険にさらす可能性があるものばかりだという。


「自国の方が優位だ」と互いに思い込む


トランプがダボスに向かう前、米政府は輸入太陽光パネルと洗濯機に関税をかけるとの発表を行ったが、市場への影響はほとんどなかった。だが今後発表されるであろう決定はそうは行かない。この1年、米通商代表部(USTR)は中国による米企業の知的財産権の侵害の規模について調査を行ってきた。米政府によれば調査はほぼ終わり、現在は被害額の算定を行っている段階だ。全米外国貿易評議会(NFTC)のウィリアム・ラインシュ前会長によればその額は「大きな数字になる」と見込まれ、具体的には1兆ドルを超えると見られる。


問題は、トランプがそれにどう対応するのかということだ。政権高官らによれば、すでに大統領に対しては、中国からの輸入品への大幅な関税引き上げから輸出制限に至るまで、幅広い選択肢が示されているという。中には非常に厳しいものもあり、多くの米企業はトランプ政権に対し──主に国家経済会議(NEC)のゲーリー・コーン委員長やウィルバー・ロス商務長官を通じて──慎重な対応を大統領に促すよう、必死で働きかけを行っている。中国政府はすでに、アメリカの対応が何であれ同様の報復を行う用意があるとのシグナルを送ってきており、両国ともに相手よりも自国の方が強い立場にあると思っているようだ。


自動車業界は戦々恐々。景気や雇用への悪影響も


事情を知る複数の政権内外の人物によれば、コーンNEC委員長はトランプが関税による対応に傾いているのを承知で、貿易戦争が起きる危険は本物だとトランプに説いているという。


米中関係の緊張の高まりが懸念される一方で、カナダとメキシコという主要貿易相手国との交渉も続いている。トランプはNAFTAの再交渉に、自分の望むような形に作り直せないなら脱退するとの厳しい姿勢で臨んでいる。メキシコとカナダの両国におけるサプライチェーンに大きく依存している米自動車業界は、業界の存続に関わると思われる問題について政権側に説明するとともに、政権との交渉を行っている。政権関係者によれば自動車業界の懸念は深く、また再交渉の結果次第では同業界は大きな打撃を受け、雇用やGDPの成長に大きな影響が及ぶ可能性もあるという。


「公平な土俵で戦いたいだけ」と言うが


ダボスにも同行したロス商務長官は、アメリカに貿易戦争を始める意図はなく、ただ(特にハイテク製品に関し、中国と)同じ土俵で戦えるよう環境整備したいだけだと述べている。果たしてその2つを分けることに本当に意味があるのかどうかはさておき、株式市場はこれまでのところ、安定している。アメリカの主要な3つの株価指数は1月26日、そろって過去最高値を更新して取引を終了した。


だからといって今後も安泰とは言いがたい。厳しい決断をしなければならない日は迫っている。中国やメキシコ、カナダとの間に「貿易紛争」が存在するか否か、そしてその深刻さはどの程度かについて、アメリカは判断を示さなければならない。


通商問題によって、経済の足元があっさりとすくわれる可能性もある。好調な経済はこれまで、トランプの支持率を多少なりとも押し上げてきた要素だった。


果たしてトランプ政権に、その経済を危険にさらす覚悟があるのだろうか。


(翻訳:村井裕美)




ビル・パウエル


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