「錦戸亮はトム・ハンクス」吉田大八監督が『羊の木』で感じた特殊能力

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2018年02月02日 22:11  ソーシャルトレンドニュース

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"「錦戸亮はトム・ハンクス」吉田大八監督が『羊の木』で感じた特殊能力"

吉田大八監督×錦戸亮 チェリー的に奇跡な組み合わせ

殺人歴のある6人を、さびれた港町に受け入れる国家の極秘プロジェクト――。
山上たつひこ、いがらしみきおの2人がタッグを組んだ漫画『羊の木』が映画化。元受刑者を受け入れる港町で働く市役所職員の主人公・月末(つきすえ)を錦戸亮が演じ、北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯、松田龍平といった面々が、殺人歴のある元受刑者たちを演じる。


監督するのは2007年に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で長編デビューを果たしたのち『桐島、部活やめるってよ』(12)『紙の月』(14)『美しい星』(17)など、この10年で、作品を出すごとに評価を高めてきた吉田大八監督。

『腑抜け〜』『桐島〜』といった作品で描かれる、日常生活で虐げられるものの逆襲のカタルシスに勇気づけられてきたことはもちろん、錦戸亮さんの童貞演技(注※)に触発され、始動したといっても過言ではない“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”では、この奇跡の組み合わせのタイミングで、満を持して、吉田大八監督インタビューを決行。

編集部注※)錦戸さんの演技がいかに素晴らしいかに関してはぜひこちらの記事を併せてご参照ください:童貞マガジンが選ぶイケメン童貞俳優ランキングベスト7

その映画作りの方法論はもちろん、吉田監督から見た錦戸亮の持つ能力や、『羊の木』で描かれる“わからない他者”と接するヒントまで、話を聞いた。


吉田作品を濃いと感じる人、そうじゃない人


――今回の『羊の木』もそうでしたが、毎回、吉田作品の濃度の濃さというか、密度の高さはすごいものを感じます。


「自分でも、密度という言葉はよく使います。映画の2時間のあいだ、何かが“動いている”感覚をキープしたいと思っています。でも、僕の映画を観て『淡々としてる』って言う人もいるし『すごく濃かった』って言う人もいるんです」


――その感じ方の差ってどこから生まれるんですかね?


「例えば、目に見える“出来事”を期待している人には、何も起こっていないような “待ち”の時間が長く続くように感じられるのかもしれません。でも、派手なアクションがなくても、ただ静かに座っているだけだとしても、気持ちがゼロから100に動くような、極端な感情の振幅を描くことはできます。それを受け取る回路のある人には濃く感じられるんじゃないですかね。目線の微妙な動きが、激しいアクションのように感じられるというか」


サッカーも映画も「耐えてからのひと刺し」がいい


――たしかに常に“出来事”が起こり続けるわけではありませんが、吉田監督の作品では、ラストにそれまでに溜まった目まぐるしい気持ちの動きが、一気に昇華されるような大きな出来事が起こりますよね。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』での妹からの逆襲、『桐島、部活やめるってよ』での屋上のシーン、『紙の月』のガラスを割るシーン……。


「最初の頃は自覚なかったんですけどね。『桐島〜』の頃にそう言われるようになって、自分でも理由を考えるようになりました。実際、大きな出来事が起こると、その瞬間から下り坂な感じがするじゃないですか。起こっちゃうと、終わるしかないというか。でもその寸前まで、ずっと高まっていく感じをできるだけ延ばしたいんですよね。我慢して、我慢して、最後1回で決めるイメージというか」


――我慢して1回で決める、ですか。


「僕は、サッカー観るときも1-0で勝つのがいちばん好きなんですよ。攻めあって3-2とかではなく、ずっと守ってて、後半43分くらいでカウンターで1点取って勝つ感じ。まあ、それって弱者の戦略ではあるんですけどね(笑)。でも僕は映画でも、できるだけ耐えて、ひと刺しで勝負したいんですよ。映画っていろいろ大変だから、現場や観客への勝負だと考えたときに、攻めあったら負けるっていう感覚があるのかもしれません」

ルーツは水戸黄門?


――吉田監督の作品の濃度の濃さと、ラストの盛り上がりの理由が垣間見えた気がします。


「前作の『美しい星』では違うやり方も試してみようと思って、自分なりに2時間攻め続けてみたつもりなんですけどね。『羊の木』はまた、重心が終盤に寄っていると思います。……もしかしたら『水戸黄門』なのかもしれません」


――水戸黄門ですか?


「最後の印籠の効果を最大化させるために、見ている人が苛立つくらい、わざとやられ続けるような。うーん、『水戸黄門』って、誤解を生みそう(笑)。でも、ペース配分に慎重な感覚があるのは確かですね」


錦戸亮の特殊能力


――さて、『羊の木』は錦戸亮さんの主演です。ジャニーズ事務所に所属するスターでありながら、あんなに普通の男を演じられることにすごさを感じました。


「錦戸くんは、例えば、今この瞬間、僕の目の前にいたら、インタビュアーに見えると思う(笑)。それがすごいところです。自分の経験したことないことや、知らないことでも、その場の雰囲気や周囲が期待するものを察知して、自分を瞬時に調整してその場に存在できる。それは、彼のある種の特殊能力かもしれません」


――それはもちろん、『羊の木』の撮影現場でもそうだったんでしょうか?


「ええ、地方都市の市役所で背広を着てる彼は、『誰がジャニーズなの?』という状態になれる。でも、彼のさらにすごいところは、それでも僕らはつい彼を目で追ってしまうというところなんです。つまり、惹きつける力を落とさないまま、普通の人に変わることができる。もうそんなの、どうやってやってるのか、わからないじゃないですか。だから特殊能力」

錦戸亮はトム・ハンクス


――なかなかそんな俳優さんいませんよね。


「錦戸くんを見てると、トム・ハンクスを思い出すんです。彼にそう言ってもそんなに嬉しくなさそうなんですけど(笑)。でも、もし若いときのトム・ハンクスがいたら日本映画相当助かるじゃないですか?」


――いえいえ『錦戸亮はトム・ハンクス』は、きっとみんな嬉しくなる表現ですよ!



「だから今回の現場でもそんな錦戸くんがいて助かるな、と何度も思いました。今回、錦戸くんが演じる月末は本当に普通の人。でも、月末を囲む6人の元受刑者たちは、やはりそれまでの経歴が特殊な人たちじゃないですか。狂気や妄想に無縁な、本当に普通の月末が、異常な状況に向き合っていくという構造になっています。だから、まず映画の最初で、月末の普通さが、スタンダードにならなきゃいけない。観客は月末の視点で『羊の木』の世界を眺めますからね。『どういう視点でこの物語を眺めるのか?』ということをまず月末が提示して、そこから6人に囲まれて徐々に反応していかなければならない。その役割を見事に果たしてくれました」

いやらしくても、悪い奴じゃない


――今回、6人の元受刑者の描き方もまた素晴らしいグラデーションというか、彼らの中の善も浮き出る一方で、元受刑者ではない、普通に生きている側の人たちの中のいやらしい部分も浮き出てきます。吉田監督の作品には、よく“普通に生きているいやらしい人”が出てきますよね。


敵(カタキ)っぽい役、僕はみんな好きなんですよ。『桐島〜』の松岡茉優さんとか、『紙の月』で近藤芳正さんのやった上司とか、みんな正直じゃないですか。観ていくと悪い奴じゃない。『美しい星』で藤原季節くんが演じた、広告研究会の男にしても、最後はポカンとして置き去りにされる感じでかわいそうじゃないですか(笑)。ああいうある種の、人として欲望に正直な態度が嫌いじゃないんですよね」


©2017「美しい星」製作委員会 配給:ギャガ


――今回の元受刑者6人とそれを取り囲む人たちの描写にも感じますが、映画の中に敵(カタキ)的な存在はおいても、誰が善で誰が悪かという分け方をなさらないですよね。


善悪で分けることへの違和感は、ずっとあるんですよね。誰かの立場を善として設定して、悪と対峙させるというドラマの作り方は、結果的にですけど避けている感覚ですね」

“自分と違う他者”を受け入れる感性を持つには


――『羊の木』を観ても、安藤玉恵さんの演じたクリーニング店の女性が持っているような、簡単に他人を善悪で分けない、異種の人たちと接して受け入れていく感性が、とても尊く感じました。それは、僕らが今後この世界で生きていく上で必要なものでもあると思うのですが、どうやったらああいった感性を持って生きていけるのでしょうか?



「まず、前提として、文化や習慣の違う人たちを100%わかるようになるというのは無理だと思うんですよね。それなのに、わかるか、わからないか、できっちり線を引いて排除してしまうのがおかしいと思うんです。100%わからないと受け入れない、というスタンスになってしまうと、誰のことも受け入れることができなくなってしまいますよね」


――まずは、他者のことは100%理解できることなんてないという前提を持つ、と。


100%わかってあげるのは無理という前提で、他者をどこまで信じられるか、ですよね。少しだけ重なったわかった部分をじわじわと大きくしていく方法もあると思いますし、きっと、そうじゃない方法もある。……もちろん僕もまだ考え中で、答はないけど、できるだけ信じたいです」

“わからない他者を、信じた人たち”は、映画『羊の木』の中には、多く存在している。映画『羊の木』は、2月3日(土)全国公開。

(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)



映画『羊の木』2018年2月3日(土)ロードショー
出演:錦戸亮
木村文乃 北村一輝 優香 市川実日子 水澤紳吾 田中泯/松田龍平
監督:吉田大八 脚本:香川まさひと
原作:「羊の木」山上たつひこ いがらしみきお(講談社イブニングKC刊)
製作:『羊の木』製作委員会 配給・制作:アスミック・エース 制作協力:ギークサイト

©2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社


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