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「有休与えてますよ!週に1回!」
「36協定って何ですか。そんなのありませんよ。」
予想の斜め上どころではない。二次元の話をしていたと思ったらここは四次元だった、みたいな話である。
依頼者は20代女性美容師。12月に連勤の末、最終日に転んで腕を骨折したところ、勤めていた美容室から「もう来なくていい」と言われ、「自己都合退職で間違いない」という内容の書面に署名捺印させられ、事実上の解雇を撤回することを求めるも美容室からは一顧だにされず、どうしたらいいのか分からない、という状況で相談に来られた。
開店時間は午前9時、ラストオーダー時間は午後7時で、閉店時間は午後8時というその美容室。週に1回火曜日が定休日で、それ以外の日はすべての美容師が基本的に毎日出勤だった。
また、美容室に特有の問題として、アシスタントの練習時間というものがあった。美容師には、学校を卒業したての新米美容師、アシスタントの時期と、自分で顧客の髪をデザインしたり切ったりするスタイリストの段階がある。アシスタントのうちは、先輩スタイリストの顧客について、シャンプーしたり、ドライヤーで髪を乾かしたり......といった補助の作業を行い、数年の修行を経て、スタイリストになる。
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修行の期間中、閉店後にマネキンや同僚の髪の毛を使って、シャンプーの技術やカット、パーマなどの技術練習を行うのも普通なのだそうだ。国家試験を合格したからといって、技術やセンスが最初からあるわけではないから、それはそれでやむを得ないことだ、と彼女は語った。これが労働時間にあたるか、という別の問題はさておき、依頼者はもうスタイリストだったので、閉店後はもっぱら後輩の指導にあたっており、これは業務命令だった。
また、この会社のブラックなところは、いわゆる「お休み」が全くない、というところにもあった。まず、休憩時間がない。休憩スペースは机もない冷暖房もないロッカールーム。顧客がいない時間帯に休むことも許されない。そして、休暇がとれない。「取らせてるでしょ!」と代表者の妻に言われたらしいが、依頼者は有給休暇をとれた記憶がないのだと言う。
●平日定休日に休んでいるのが有給休暇!? 美容室側のトンデモ主張
私は、彼女の代理人として、解雇の無効と未払いの残業代等の請求を行う訴訟を提起した。解雇については、「自己都合退職で間違いない」という内容の書面を取られていたため、正直旗色が悪かったが、時間外労働については勝訴が明らかだった。
しかし、会社は時間外労働の存在について、「否認する」のではなく、あくまで「争う」のであった。「否認する」というのであればわかる。事実を否定することなので、「そんなに働かせていない」「それは勝手に休まなかっただけだ」などなど、よくある話である。しかし、この会社は違った。「争う」のである。働かせていたという事実は認めたうえで、「それは時間外労働ではない」と主張してきたのである。
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私にとっては本当に理解不能で、期日のたびに、「自分の労働基準法の知識は何か間違えているのだろうか」と不安にもなった。
会社元代表者に対する尋問で明らかになった実態と、前提となる彼らの労働基準法の理解は以下のようなものだ。(なお、「元」代表者としているのにも理由がある。この会社は、訴訟を起こされるや、会社を清算しており、依頼者が働いていた当時の代表者は「元」代表者であり、「現」清算人だったのである。
尋問で明らかになったことではあるが、まったく同じ場所で、同じ名前の美容室を、同じ従業員を同じ条件で雇い続けており、このためだけの清算であることも明らかだった。)
「有休与えてますよ!週に1回!」
定休日に休ませることは有給休暇の取得に当たる。らしい。
「36協定って何ですか。そんなのありませんよ。」
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36協定は結んでいない。むしろそんなものの存在は知らない。朝9時から夜8時までが所定労働時間なので、それを超えない限りは時間外労働ではない。らしい。
気分良く反対尋問をキメたものの、会社元代表者において、何を自分がしゃべったのかまったく自覚がない様子だったので、若干爽快度が低かったということは、依頼者には秘密である。
●週6日、朝9時から夜8時まで働いても残業代ゼロ!? 時間外労働のあり得ない解釈
この尋問で明らかになった上記2点について解説をしてみることにする。
まずは有給休暇の取得について。元代表者は平日に休ませていればそれは全部有給休暇だと解釈していたようだ。美容師のお休みについて、読者の皆さんも振り返ってみてほしい。年中無休というところも多いが、その美容室がある北海道では毎週火曜日が定休日だという美容室が一般的である。一般民間会社だと、土日が公休というところも多いかもしれないが、労働基準法の基本形でいえば、週に1回あるいは4週間に4回が休日であればよく、これはカレンダーには縛られない。美容室が土日に開いていないと、土日が休みの一般民間会社のお客さんを取り逃してしまうから土日は開けて、いわゆる平日に公休を持ってきているのだろう。なお、今回の記事を書くにあたって、美容室の定休日について調べてみたところ、月曜日定休の地域と火曜日定休の地域があるとのことであった。いずれにしても、定休日には店を開けていないのだから、その日に有給休暇を取得させているから有休が残っていないなどというのは無茶苦茶な話である。
次に、時間外労働について。まず、本当に言わずもがなだが、時間外労働をさせるためには、労働基準法36条に定める労使協定をして、届け出をしなければならない。これがなければ刑事処分がありうる。これを、裁判官の面前で、さも当然のように話したのである。
時間外労働というのは、所定労働時間を超えた場合に所定時間外労働(割増なし賃金の支払いがなされる)、1日8時間を超え、あるいは週40時間を超えた場合に、法定時間外労働(0.25倍以上の割増賃金の支払いが追加でなされる)となる。つまり、所定労働時間を超えていようがいまいが、労働時間が1日8時間を超えあるいは週40時間を超えれば、残業代は文句なしに発生する。
げに恐ろしきは、時間外労働に対する会社と会社側代理人の無知である。「所定労働時間を超えた労働時間"だけ"が時間外労働時間である。」と言い張るのである。この主張が誤りであることについて、私は労働基準法の教科書みたいな準備書面を書く羽目になった。というのも、この尋問結果を踏まえての和解期日において、裁判官が元代表者と代理人を説得するために、「これ......きちんと説明する準備書面書いてくれませんか......」と、私に頼んできたのである。
●公休と有給の違い、時間外労働の意味...労働基準法を知らない会社
所定労働時間を超えなければ時間外労働ではないとすれば、ちょいと頭の回る経営者であれば、所定労働時間は月間744時間!と設定するだろう。24時間×31日間で744時間。これで時間外労働が発生する余地はないことになる。
もちろん、そんなわけはない。だがしかし、このことをわかりやすく説明しようとすると大変迂遠になる。あまりに当たり前すぎて、明示した判例も見つけられない。私はこの準備書面の作成のために労働基準法に関する条文解説本を何冊も購入し、大変説得的な準備書面を作成した。と自負している。
そのおかげか、第一審判決では、解雇無効については認められなかったが、時間外労働についてはこちら側の主張が全面的に容れられた。付加金の支払いも認められ、こちらが控訴する必要はないと依頼者も言ってくれた。
しかし、会社は控訴した。曰く、「所定労働時間を超えた時間のみが時間外労働であるという被告の主張を容れない原審が誤りである!」。
私ごときの準備書面では、会社は説得されてくれなかったらしい。とはいえ、控訴審裁判所も、第一審裁判所と同様、元代表者と代理人を説得し、第1回期日から和解協議が始まった。だったらなんで控訴するんだ......と私が思うくらいなので、依頼者が単なる金銭解決で納得するわけもない。そのため、金銭面では分割には応じるものの基本的に減額には応じず、会社が労働基準法制に違反していたことを認め、深く反省する旨の文言を挿入することを求め、会社がこれに応じたので、無事和解が成立となった。
この件で私が教訓としたこととしては、労働基準法を知らない会社というのは、本当にあるのだ、ということである。知らないことにしていたり意地になったりしているのではなく本当に知らないとこうなるのだ。
それと同時に、人間、何がきっかけで人生が変わるか分からないということである。これをきっかけに、この依頼者は、美容師ユニオンの結成を目標にした活動のほか、新聞の取材に応じるなど、労働問題に取り組む美容師となっている。
【関連条文】
公休と有休 労働基準法35条(1週間に1度公休) 39条(有給休暇)
時間外労働とは 労働基準法32条(週40時間・1日8時間労働) 36条(時間外労働) 40条(特例)
(皆川洋美/きたあかり法律事務所 https://kitaakari-law.com)
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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
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