「ピンクの豚」は本当にNGなのか

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2018年03月08日 19:00  citrus

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この10年ほどで日本での食肉の調理法は劇的に進化した。その最たるものは、食肉の加熱に関するものだろう。飲食店で内部がピンク色のトンカツやポークソテーが提供されても、昭和の頃のように「まだピンク色じゃないか!」と店に文句を言う客を目にすることは少なくなった(ゼロになったわけではない)。そしてこの3年ほどで堂々とピンク色というかロゼカラーの肉を堂々と客に供する店も増えた。

 

いまから3年前の2011年、アメリカで豚肉の加熱に対する基準が改定された。それまで約71℃(160°F)に設定されていた豚塊肉の加熱基準が引き下げられた。新基準では中心温度を63℃(145°F)まで上げて、その後3分ベンチタイムを取ればいいとなり、牛や羊と同等の加熱基準となった。いわゆる「ミディアム・レア」の温度帯──ピンクやロゼ色での提供が可能となったのだ。

 

肉の味わいにとって、この約8℃の持つ意味合いはとてつもなく大きい。というのも、食肉にとって60℃台は、天国と地獄が混在する悩ましいステージだ。結合組織のコラーゲンが収縮し、筋繊維が水分を吐き出す。しかも同じ60℃台でも肉によって微妙にベストの温度帯は異なる。少し狙った温度をはずしただけで、肉はかたくなり、味も大きく変わる。71℃が基準となると、本当に71℃ギリギリを狙わなければならず、しかもその温度帯ではミディアムの温度帯も超えてしまっている。

 

さらに同じ時間をかけて調理するとき、ゴールが63℃となれば、その直前の40℃台後半〜60℃という温度をゆっくり通過させることができる。ここはうまみが増幅する温度帯。ゆっくり通過させることで、肉の味わいがふくらむ。実際、同じ塊肉の内部温度を63℃まで上げるとき、45分で仕上げたときと2時間半かけたときの味は異なる。ときどき官能試験(という名の飲み会)を開催したときでも、長時間かけて焼いたもののほうが圧倒的に反応がいい(待たされているのもあるかもしれないが)。

 

 

アメリカ中西部の主要な新聞「シカゴ・トリビューン」は3年前のこの発表直後、地元レストランの7人(!)のシェフからコメントを取った。誰もが口々に「素晴らしい!」「特に若いシェフには、豚肉だけ異なる温度基準というのはわけがわからなかったろう」「1950年代以降、旋毛虫症などなかったしな!」と一様にこの改定を歓迎していた。そもそも塊肉の場合、基本的に食中毒菌が存在するのは肉表面のみ。市場に出荷される肉の寄生虫はもう長きにわたって確認されていないとなれば、“不条理な規制”の撤廃により「うまいものを提供できる」と喜びを爆発させるのも道理である。

 

行政が国民の安全を担保しようとするのは、とても正しい。もちろん必要なことでもある。だが、国内に目を向けたとき、一連のレバー騒動に象徴されるように、規制を強化するばかりが行政の仕事なのだろうか。これまでの知見と現状を反映した、基準のアップデートは必要ないのだろうか。

 

基準更新の直後、イギリスのクオリティペーパー「ザ・ガーディアン」の記事にはこう書かれていた。「(アメリカの)公衆衛生当局は寄生虫の脅威と、その防止に必要な調理温度の両方を誇張してきた」と。他国のできごとなのに、まるで自国の当局を批判するかのような一文だった。

 

あれから3年が経過した。日本では出荷前に厳しい検査をおこなっていて、寄生虫がいる豚肉は国内には流通していないと国立感染症研究所も態度を明らかにしている。ならば、海外の基準や最新の研究結果をもとにした基準の再検討はできないものか。知見が積み重ねられた結果、規制ばかりが厳しくなるなんて、そんな偏りはおかしい。暴論を承知で言えば、すべての責任を飲食店に押しつけるからモンスター客が増えるのだ。「和食」を無形文化遺産にするべく自ら手を上げ、それが実現されたいま、おいしさの可能性を広げる基準の改定を関係各所にぜひお願いしたい。

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  • ピンクのブタは知らないが、ピンクのゴリラは夏樫のシュプール号。
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