習近平国家主席再選とその狙──全人代第四報

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2018年03月19日 12:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

3月11日に正副国家主席の任期撤廃を採決した全人代は、3月17日、習近平を国家主席に再選し、王岐山を国家副主席に選出した。これにより習近平の長期政権が始まる。その目的は何か、中国はどこへ向かうのかを考察する。


習近平国家主席再選と憲法


全人代(全国人民代表大会)は3月11日、中華人民共和国憲法第七十九条にあった「国家主席、国家副主席の任期は二期10年を越えてはならない」という文言を削除する憲法改正案を採決した。これにより習近平氏は中共中央総書記および中央軍事委員会主席以外に、国家主席に関しても任期なしの最高指導者の職位に就き続けることができるようになった。


3月17日、習近平は満場一致で国家主席に再選され、聖書に誓うような形で憲法(が書かれているとされるセレモニー用の装飾的な本)に左手を置き、右手の拳を肩のあたりまで上げて、「憲法を遵守し、人民の監督を受ける」と誓った。


習近平自身に最も都合のいいように憲法を改正して、その憲法に誓いを立てる。


しかも人民の監督を受けると誓いながら、現実には建国以来最強の監視社会に入っている。自由にものが言えないようにするための治安維持費は軍事費を上回っている。


そのような中、「依法治国(法によって国を治める)」というスローガンを叫び続け、「このように中国は法治国家だ」と宣言するその姿には、唖然とするばかりだ。


習近平は同時に中央軍事員会主席にも再選された。全人代(政府側の会議)における中央軍事委員会の全称は「中華人民共和国軍事委員会」で、昨年10月に開催された第19回党大会で選出されたのは「中共中央軍事委員会」の主席だ。二つの「中央軍事委員会」は構成メンバーも主席も同じ人物で、「党」と「国家」の両方に異なる看板で存在しているだけである。


習近平の狙いは何か?


習近平政権が誕生した2012年11月の第18回党大会開会式で、胡錦濤元総書記は中共中央総書記として最後のスピーチをした。そのとき最も特徴的だったのは「腐敗問題を解決しなければ、党が滅び、国が滅ぶ」という言葉だった。この同じ言葉を、中共中央総書記に選出された習近平は閉会式のスピーチで繰り返した。


こうして反腐敗運動が始まったのである。


人民の味方であり、清廉潔白を旨として発足したはずの中国共産党は、党幹部が利権集団となり、救いがたいほどに底なしの腐敗が蔓延していた。その後の5年間で処分された大小さまざまな党幹部の数は200万人を超える。


腐敗分子を叩いてくれたことに関して満足している人民もいるものの、一方では、大物の党幹部およびその一派が習近平に対して抱く恨みには、尋常でないものがあるだろう。


となれば習近平政権二期目の終わり辺りから、恨みを抱く者たちの不満が表面化する可能性が潜んでいる。三期目がなかったとすれば、クーデターが起きる危険性だって否めない。


反腐敗運動は、胡錦濤政権でも政策を掲げていたが、江沢民派に抑えられて断行できなかった。つまり反腐敗運動は、よほど権力基盤が強固でないと断行できないのである。それを知っていた胡錦濤は、全ての権限を習近平に譲渡して、習近平が反腐敗運動を断行しやすいように協力してきた。


日本のメディアではよく、「習近平は反腐敗の名を借りて政敵を倒し、その結果権力基盤を固めてきた」と言いたがるが、それは全く逆だ。政権基盤が強くなかったら、反腐敗運動など絶対にできない。それは建国直後の毛沢東が証明済みだ。習近平には政権発足当時、政敵がいなかったからこそ反腐敗運動に着手できたのであり、反腐敗を断行したからこそ逆に、政敵が一気に生まれたのである。


それをはき違えてはならない。


したがって、反腐敗運動を断行したが故に生まれてしまった政敵から、習近平自身は自分の身を守らなければならない窮地に追い込まれているわけだ。だから、すぐには退かないですむシステムを創りあげるために憲法を改正したという側面は無視できない。


しかし引退を5年延ばしても10年延ばしても、そのときに恨みを抱く政敵が習近平を倒せばいいことになる。


問題はそこだ。


もし習近平政権第二期が終わる2023年以降の10年間くらいまで現在の職位に就き続け、その間に全国津々浦々、党、軍、そして政府のすべてを自分に従う党幹部で埋め尽くすことができれば、命の危険は免れるだろうという計算がある。


一党支配体制維持のジレンマ


この現象を表面的に見れば「権力争い」に見えるかもしれないが、実態は似て非なるものだ。


一党支配体制が限界に来ている証しなのである。


腐敗を撲滅しなければ党が滅ぶ。ラストエンペラーにはなりたくないから一党支配体制を維持するために反腐敗運動を断行するしかない。


しかし反腐敗運動を断行すれば政敵が増える。政敵が増えれば「身の安全」が侵される。いつ殺されるか分からない。習近平政権は実は、退路がないジレンマの中に追い込まれているのである。


その意味では今般の憲法改正は「習近平自身が殺されないための改正」ということもでき、「そうしてでも一党支配体制を維持するための改正」だと解釈することができる。


一方習近平政権は、今世紀半ばまでに社会主義国家を実現するなどという目標値を掲げているが、それは人民を煙に巻くための煙幕でしかない。


筆者がまだ天津にいたころの1950年代初期、毛沢東は「中国はいよいよ社会主義国家に突入するのだ」と宣言し、子供たちまで毎日「中国共産党万歳!」「毛主席万歳!」を叫ばされた。このとき同時に、「大虎も小虎も同時に叩く」というスローガンの下、多くの腐敗分子が逮捕され労働改造所にぶち込まれた。


習近平がいま2035年までに基本的に現代化された社会主義国家を構築すると叫んでいるのは、現実があまりに社会主義国家からほど遠く、中国共産党による一党支配体制の正当性に対する疑問が潜在しているからである。


建国以来最大の言論弾圧強化


その証拠に、習近平政権に入ってから、言論弾圧が異常なほど強化されるようになった。もし権力闘争のために国家主席の任期を撤廃したのだとすれば、言論弾圧を強化する必要などない。中国共産党による一党支配体制が困難になったからこそ、「人民の声」を封殺するしかないのである。中華人民共和国誕生以来、ここまで言論弾圧が強化された時代はない。それほどに人民の声を怖がっている。


対日強硬策も強化


習近平政権第二期目は、対日強硬策も強化するだろう。


習近平政権第一期目は、南京事件(中国では「南京大虐殺」)哀悼日や抗日戦争勝利記念日など、日中戦争にまつわる記念日が、つぎつぎと国家記念日として制定された。


1949年に建国されて以来、抗日戦争勝利記念日が初めて全国行事として扱われたのは1995年のことだ。建国から約50年後のことであることに注目しなければならない。


毛沢東は抗日戦争勝利を記念する如何なる行事も禁止してきた。日中戦争時代に日本軍と主として戦ったのは政敵の蒋介石率いる国民党軍であって、共産党軍ではないことを、毛沢東自身が誰よりも一番よくしっていたからだ。南京事件などは教科書に載せることさえ禁止した。


それが今ではどうだろう。まるでたった今、共産党軍が日本軍をやっつけたような勢いで「日本軍の残虐性」と「日本軍と勇猛果敢に戦った共産党軍の英雄伝」を喧伝している。


今もなお東京裁判記念館が建立されようとしているし、日中戦争時代の中共軍戦士を侮辱してはならないとする英雄烈士保護法も制定しようとしている。それは拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いた「中国共産党が強大化した真相」が明るみに出るのを恐れているからだ。これまで人民を騙してきた嘘がばれるのを怖がっている。


王岐山を国家副主席に


2月26日のコラム「王岐山、次期国家副主席の可能性は?」で予測した通り、王岐山は17日の全人代で国家副主席に選出された。


昨年末から顕著化したトランプ政権の対中強硬策に対抗できる人物として、王岐山の豪胆ぶりを買ったからだと見るべきだろう。王毅外相や楊潔チ国務委員(外交担当)といった従来の官僚的存在では、トランプに太刀打ちできない状況にあるからだ。


かつて金融や経済貿易領域でアメリカと渡り合ったこともある王岐山にその任務を与えるだけでなく、「台湾旅行法」の制定により台米政府高官が互いに行き来できるようにしたトランプ政権と対等に交渉できる大物が欲しいのが、習近平の本音だろう。


もし、これら一連の動きまで権力闘争の結果と分析したりなどしていたら、中国の正体は見えなくなり、日本の国益を損ねることにつながるので、現実を客観的に正視するように期待する。


追記:もちろん習近平は自身の手で「一帯一路」巨大経済圏構想を完遂させて「中華民族の偉大なる復興」を成し遂げたいという野望は持っているだろう。しかし独裁色が濃くなれば西側諸国が中国に対して抱く危機感もまた強まり、逆に一党支配体制の弱体化を招くであろうことは明らかだ。


[執筆者]遠藤 誉


1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)


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