米朝会談と日米「安倍トラ」関係の盲点

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2018年03月24日 12:12  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<歴史的な米朝首脳会談に世界は沸き立つが、日米間では実現までに乗り越えるべき課題が山積している>


ホワイトハウスは3月8日、ドナルド・トランプ大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との直接会談に応じることを認めた。


今回の発表はワシントンでも相当の「サプライズ」だった。2月の平昌冬季五輪の前には、北朝鮮との対話を重視する韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権と圧力重視のトランプ政権が大きく食い違っていることが、はたから見ても明らかになりつつあった。


そして五輪開会式に出席したマイク・ペンス副大統領が、北朝鮮から派遣された金正恩の妹の与正(ヨジョン)と一言も言葉を交わさなかったことが、トランプ政権の北朝鮮に対する強硬姿勢を示す象徴的行為として報道された。


そもそも1月末には、元国家安全保障会議(NSC)アジア部長のビクター・チャの駐韓米大使内定が取り消しになった(後任は未定)のに続き、3月初めにはジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表も辞任した。


チャはどちらかといえば圧力重視、ユンは対話派と北朝鮮政策の立ち位置は微妙に異なってはいたが、両者ともいわゆる「鼻血作戦」のような限定的なものを含めて軍事力行使に極めて慎重な姿勢を堅持していた点は共通していた。このことから、むしろトランプ政権が慎重派を米政府の中から着実に排除し、何らかの武力行使に向けて進んでいるのではないかという懸念の声が高まっていた。


5月末までをめどに設定されるトランプと金の会談が実現すれば、初の米朝首脳会談となる。当然、朝鮮半島の緊張緩和に向け、大きく事態が動く可能性を含んだ極めて重要な会談だが、一方で会談実現までの道のりは険しく、さらに会談そのものも大きなリスクを含んでいる。


第1に、会談が実現するまでの交渉過程で話が頓挫する可能性は決してゼロではない。


日本の小泉純一郎首相の02年の訪朝の際も、食べ物は日本から持参、首脳会談前の待機場所として北朝鮮側は首相、秘書官、そのほかの一行と別々に部屋を用意したが訪朝団としての一体感を保つために全員が同じ部屋で待機......などのエピソードが残されている。


米朝首脳会談は、日朝会談以上に外交的にセンシティブだ。議題設定、各議題の順番など会談内容についてはもちろん、場所、代表団の全体数、会談当日のスケジュールといった事務事項についても一つ一つ交渉が行われる。これらの一つでも合意に至らないと、会談の実現がそれだけ遠のく。


国務省の士気はガタ落ち


さらに、トランプが金との会談に応じると発表した翌日、ホワイトハウスのサラ・サンダース大統領報道官を含め政権高官が「会談が実現するためには、北朝鮮が非核化に向けてより具体的な行動を取ることが必要だ」と発言。現在北朝鮮が提示している「ミサイル・核実験モラトリアム」だけでは不十分という認識を示した。このようなメッセージは、北朝鮮側に「会談に応じると述べた後、追加的に条件を付けたのはアメリカ側」と、会談をほごにする格好の口実を与えかねない。


また、最初から首脳会談をするリスクも小さくない。94年に細川護煕首相が訪米しビル・クリントン大統領と首脳会談に臨んだが、通商問題をめぐって合意できず、会談は物別れに終わった。会談後、細川はこれを「大人の関係」と呼んで、日米関係全体に悪影響が及ばないとアピールしたが、「細川は日米関係で失敗した」というイメージはその後も付いて回った。


首脳会談は、失敗が許されない会談と言っても過言ではない。だからこそ、通常2国間の会談は、事務レベルで内容を詰め、徐々に協議のレベルを引き上げ、閣僚級会談を経てようやく首脳会談というプロセスとなる。最終的に首脳会談に至るまでに、ほぼ全ての問題に決着をつけ、首脳会談が「成功した」というイメージを醸し出すことに当事国は腐心するのだ。今回、そのような事務方レベルでの協議を全て飛ばして一気に首脳会談を行うと決めたトランプは、自らを崖っぷちに立たせたも同然だ。


そして、会談に向けた準備をする上で本来であれば重要な役割を果たす国務省の体制が極めて手薄なのは大きな懸念材料だろう。駐韓米大使、北朝鮮特別代表のポストが空席の状態であるばかりでなく、13日にトランプはレックス・ティラーソン国務長官を解任。後任にマイク・ポンペオCIA長官を充てることをツイートで発表した。


ティラーソン解任が近いという噂は数カ月前からワシントンでは一定の周期で浮上しており、それ自体は驚く話ではない。しかし、わずか2カ月後に米朝首脳会談を控えるこの時期に国務長官を交代させるのは普通考えられない。


トランプが米朝首脳会談を成功させることを重視しているからこそ、これまでも路線対立が度々ささやかれてきたティラーソンから、自分の考えにより近いポンペオに交代させ、心機一転して首脳会談の準備に当たらせることにした、という見方もできないわけではない。


しかし、トランプ政権発足後、予算・人員ともに削減の一途をたどり全体として士気が下がっている現在の状態で、国務省が米朝首脳会談に向けてホワイトハウスをしっかりサポートできるのか疑問は残る。


安倍外交の大きな試金石


日本は今後約2カ月間、トランプ政権にどのようなメッセージを発するべきなのか。これまで日米は圧力重視の立場を共有しており、意思疎通はしっかり図れていると考えていた日本にとって、今回の発表は寝耳に水だったことは想像に難くない。


トランプは米朝首脳会談に応じる決定が発表された後すぐ安倍晋三首相と電話会談を行い、決定に至った経緯を直接説明するという配慮を一応は見せた。それでも安倍は早ければ4月上旬にも訪米し、北朝鮮情勢についてトランプとさらに議論する意思を明らかにしている。


北朝鮮情勢を考えるとき、日本にとって拉致問題の解決は引き続き重要な問題だ。米朝首脳会談でアメリカ側がこの問題についての北朝鮮側の説明を受け入れず、解決に向けて誠実な対応をするよう北朝鮮に求めることを期待することは決して間違いではない。


しかし「取引(ディール)」を得意と自負するトランプに対してはそれだけでは不十分だ。つまり、日本が抱える拉致問題を念頭に置いて米朝首脳会談に臨むことを期待する代償として、北朝鮮の非核化に向けた交渉を始めようとするアメリカに日本がどのような支援を提供できるのか、具体的な提案を行う必要があるだろう。


「拉致問題解決までは北朝鮮との関係改善はあり得ない」という立場を維持しつつ、北朝鮮の非核化推進に向けた動きに日本が積極的に関わることができるか。安倍外交にとって大きな試金石となる。


<本誌2018年3月27日号掲載>


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辰巳由紀(米スティムソン・センター日本研究部長、キャノングローバル戦略研究所主任研究員)


このニュースに関するつぶやき

  • 北朝鮮は今後も何を企むかわかりませんから、日本はミサイル防衛進めるべきです。安倍首相はトランプ大統領と頻繁に電話しているから色々話し合ってると思います。
    • イイネ!23
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