中朝首脳会談を両者の表情から読み解く

5

2018年03月30日 17:21  ニューズウィーク日本版

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ニューズウィーク日本版

訪中した北朝鮮要人はやはり金正恩だった。会談中、金正恩がメモを取っていたことと習近平の最大級の笑顔の演出、そして宴会で夫人を習近平に紹介する際の金正恩の緊張した表情などから何が読み取れるかを考察する。


金正恩委員長は会談中、メモを取っていた


3月26日に行われた習近平国家主席と金正恩委員長(以下敬称略)との首脳会談において、最も驚いたのは、金正恩が必死にメモを取っていたことだった。


習近平が話をしている間は、中国語が分からないと思うのだが、それでもしっかり習近平の顔を見つめ、通訳が朝鮮語に通訳し始めると、必死になってメモを取る。


首脳会談ではあり得ない姿だ。北朝鮮においては、さらにあり得ないことだろう。


これは金正恩が習近平に対して、如何に敬意を表そうとしているかの何よりの証左(あるいは演出?)だと思われる。


「私はあなた様の生徒です」


「あなた様が兄貴分で、私はあなた様の弟分に過ぎません」


という意思表示をすることによって、金正恩が習近平にひれ伏していることを表す。


このことからも、訪中を申し出たのが、金正恩側であったことが窺われる。


「習近平国家主席の招聘により」とニュースでは報道しているが、この「招聘」というのは、たとえば金正恩から訪中の依頼があり習近平と会談したいと書いてあった場合、習近平が承諾すれば、習近平が許可を出し、その意思表示として「習近平の名において招聘状を書く」ということを意味するのであって、決して習近平が積極的に招聘したいと望んだから招聘状を書いたということではない。


事実、金正恩訪中が公表された後、中国政府高官は「訪中はもちろん北朝鮮側からのオファーにより実現した」と知らせてくれた。


なお、メモを取っている場面は北朝鮮の報道の中にはない。関西大学の李英和教授が教えてくれた。李教授によれば、29日の北朝鮮の労働新聞は、第一面に「朝中親善を新たな高い段階に押し上げた歴史的出来事」という大見出しを掲げ、5ページぶち抜きの朝中首脳会談大特集を組んだとのこと。そこには53枚の写真が華やかに載っていたが、その中には金正恩がメモを取る写真は、もちろん載っていないと確認してくださった。


こんな場面は、北朝鮮国民に見せたら「屈辱的」と思われるだろうことが、このことからも窺われる。


習近平の最大級の笑顔


習近平という人は、外国の首脳らと会談するとき、笑顔の程度などの「表情」によって相手との距離感や気持ちをストレートに表すことを特徴の一つとしている。


かつて安倍首相と会談した時、笑顔で握手しようとした安倍首相に対して、ニコリともせずに仏頂面をしたまま、カメラの前でそっぽを向くという、非礼この上ない態度を取ったことがある。


トランプ大統領やプーチン首相などと会う時には、最大級の笑顔を振りまく。その他の国でも、中国側に引き寄せたい首脳などと会談するときも、同様に満面の笑顔だ。


このたび、金正恩と会談しているときの習近平は、まさにその「最大級の笑顔」をサービスしていた。それもトランプに会う時のような、へつらわんばかりの笑顔ではなく、ややゆとりを持って、ほんの僅かではあるものの「上からの微笑み」的な笑みだったのである。


これは何を意味するかというと、「私はあなたを心から歓迎しますよ。今後、中朝は仲良くやっていきましょうね」というシグナルであり、「過去のことは全て水に流しましょう」という「承諾」でもあった。


習近平政権誕生後の初期のころ、中国としては金正恩に訪中するように、それとなく促したことはあるし、またプーチン大統領は2015年5月にモスクワで開催された反ファシスト戦勝記念日に習近平を招待し、そこに金正恩を招待して二人を会わせようとしたこともあったが、金正恩は応じなかった。


だから、その無礼も含めて「許しますよ」ということなのだろう。


習近平政権誕生後、習近平はアメリカとの新型大国関係を唱えて米中蜜月を演ずべくアメリカに媚びへつらった。それを指して金正恩は「裏切り者!」と習近平を憎んできた。だから中朝首脳会談も行っていない。


だというのに、今度は自分が、その「帝国主義」であり「最大の敵」であるはずのアメリカの大統領と会いたいと言っているのだから、その許しを乞わないわけにはいくまい。


それらを含めて習近平は金正恩に「許しますよ」と、「寛大な笑み」を送ったことになる。


そして何よりも重要なのは、「中朝軍事同盟も生きていますよ」というシグナルを発したことだ。


万一にも米朝首脳会談が分裂してトランプ政権が軍事オプションを選択したならば、中国は必ず北朝鮮側に付く。ロシアも当然、中国と肩を並べるだろう。


となると、何が起きるか――。


中国の軍事力はアメリカには遥か及ばないものの、アメリカは第三次世界大戦に波及するのを恐れて、アメリカは軍事オプションの選択が非常に困難になるということだ。


これが、習近平の「最大級の笑顔の恐ろしさ」、あるいはキーポイントと言っていいだろう。


夫人を習近平に紹介するときの緊張と戸惑い


金正恩は、宴会が始まる前に李雪主(リ・ソルジュ)夫人を習近平に紹介しようとしたときに、よほど緊張したのだろう。まず習近平と握手を交わし、居並ぶカメラマンの方を向こうとしたのだが、隣にいる自分の妻を「滞りなく」習近平に紹介しようとして、一瞬、目が泳いだ。習近平とともにカメラを見なければならない場面だったが、右隣にいる妻をスマートに習近平に紹介することに気持ちが集中していたのだろう。カメラを見るべき目線を戸惑うように自分の妻の方に向けて、慌てて習近平に紹介した。習近平がにこやかに李雪主夫人と握手すると、金正恩は「ああ、よかった......」という表情でニッコリと笑ったのである。


初めての外交デビュー。


よほど習近平に失礼がないように気を配っていたのだろう。


もっとも、スイスに留学していただけあって、西側の文化には慣れているはずだ。夫人を伴っての訪中などは、父親の金正日(キム・ジョンイル)も祖父の金日成(キム・イルソン)もやったことがない。非常にフォーマルな外交を、こういう風にこなすことができるということを、習近平に見せたかったものと思う。習近平との接触を通して、世界、特にアメリカに見せたいという気持ちもあったにちがいない。


習近平との会談を果たした金正恩は、これでようやく南北首脳会談の日程を決めることができると思ったのだろう。帰国した2日後の3月29日、南北首脳会談は4月27日に行うことが決まった。これからは金正恩外交が始まることになるのだろうか。


ところで、なぜこのタイミングで金正恩は訪中したのかに関しては、3月27日のコラム「金正恩氏、北京電撃訪問を読み解く――中国政府高官との徹夜の闘い」でも少し触れたが、追って、もう少し深く分析したいと思っている。


[執筆者]遠藤 誉


1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


≪この筆者の記事一覧はこちら≫




遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)


このニュースに関するつぶやき

  • 北朝鮮のほうが、今度は「非核化」と言い出した! つまり非核化するから、米韓合同の迎撃ミサイルも撤去しろよ!? という論理だよね? ディベートの天才だね すげぇ〜交渉能力だ 甘く見てたら足元をすくわれるぞ
    • イイネ!1
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(3件)

前日のランキングへ

ニュース設定