習近平体制の閣僚人事を読み解く

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2018年03月31日 13:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<国家主席の任期制限を撤廃し、行政機構を大刷新――しかし閣僚に選ばれた顔触れは意外に新鮮味がない>


国の最高実力者、習近平(シー・チンピン)は内閣の機構と人事を大きく刷新するのか――。3月20日まで2週間余りにわたって開催された中国の全国人民代表大会(全人代)で大きな関心を集めていたイベントの1つは、新内閣の発表だった。


注目されたのは当然だ。習は18年の全人代で国家主席の任期制限を撤廃させ、永久政権へのレールを敷いた。そうなればおのずと、習が内閣の機構を改革して有能な新しい人材を登用し、大胆な外交政策と国内政策を推進できる態勢を整えるのかに関心が移る。


では、実際の人事はどうだったのか。中国ウオッチャーたちが注目したのは、17日に習国家主席と一緒に、習の「盟友」とされる王岐山(ワン・チーシャン)が国家副主席に選出されたことだ。


これは異例の人事と言える。王は69歳。習体制発足以来、汚職摘発キャンペーンの指揮を執り、習の権力基盤強化に尽力していたが、昨秋の共産党大会で最高指導部の政治局常務委員を退いた人物だ。共産党の慣例に基づいて、「定年」により退任したものとみられていた。


国家主席の任期制限撤廃と併せて、共産党指導部を既に退いた高齢の王を国家副主席に起用したことは、習が一切のルールに縛られるつもりがないという意思表示と見なせる。王は国家副主席として外交政策などを取り仕切り、緊張を増している対米関係の舵取りにも手腕を振るうだろう。


実務派と「身内」で固めた


今回打ち出された内閣の機構改革は、89年の天安門事件以降では最大の規模だ。複数の省庁が統廃合されたほか、移民や国際協力を所管する官庁が新たに設けられた。


機構改革の狙いは、共産党の支配を強化し、それを強く印象付けることにある。例えば、中央政府の徴税部門が省レベルの徴税活動も担うようになり、地方の財政面での自律が大幅に縮小された。プロパガンダ部門の党中央宣伝部が報道、出版、映画の監督官庁を直接管轄するようにしたことも、共産党の支配を徹底する試みの一環と位置付けられる。


しかし、内閣の機構こそ大きく刷新されたが、人事はさほど目新しいものではない。おおむね見覚えのある顔触れが閣僚に名を連ねた。特に経済部門でその傾向が強い。


新しい内閣の面々はほぼ全て、経験豊富な中年の官僚出身者だ。財政相に抜擢された劉昆(リウ・クン)は、広東省の財政責任者や財政次官を歴任したベテランだ。科学技術相の王志剛(ワン・チーカン)は、情報産業のエンジニアとして出発し、国防関連の巨大国有企業「中国電子科技集団(CETC)」の経営トップを8年、そして科学技術次官を7年間務めた末に大臣に昇格した。


もちろん、エリート官僚ばかりが重用されているわけではない。習が閣内で影響力を振るったり、その他の政治的な目的を追求したりするために、いわば「政治任用」で要職に据えた側近たちもいる。


中国政府で最も強力な経済官庁である国家発展改革委員会のトップを引き続き務めることになった何立峰(ホー・リーフォン)は、習がアモイの副市長を務めたとき、市の財政部門の責任者だった人物だ。その後、習が福建省長に就任すると、急速に頭角を現し始めた。


商務相に留任した鐘山(チョン・シャン)は、習が浙江省の共産党委員会書記だったとき、同省の副省長を務めていた。交通運輸相の李小鵬(リー・シアオポン)は、父親が李鵬(リー・ポン)元首相という「太子党」(共産党幹部の子弟)で、筋金入りの保守派でもある。


エリート官僚と習の側近が多くのポストを占めるなか、中国ウオッチャーの間では、異色の経歴を持つ2人の人物が過剰なまでに脚光を浴びている。国際経験が理由だ。


財政・通商を担当する副首相に起用された劉鶴(リウ・ホー)は、経済政策における習の右腕的存在として中国の経済政策に絶大な影響力を持つだろう。劉はほかの多くの高官と異なり、2年間のアメリカ留学経験があり、ハーバード大学ケネディ行政学大学院で修士号を取得している。


2人の「国際派」の真価


もう1人の人物は、中国人民銀行(中央銀行)の易鋼(イー・カン)総裁だ。周小川(チョウ・シアオチョアン)の後を継いで副総裁から昇格した易は、イリノイ大学で経済学の博士号を取得している。欧米の大学の博士号取得者が閣僚級のポストに就くのは、易が初めてだ。


アメリカの大学で学び、研究者としても評価の高い劉と易は、ナショナリスティックな一党支配体制に傾く中国政府内の「国際派」に見えるかもしれない。しかし、現実には2人とも「国際派」として自由貿易を推進することは考えにくい。


確かに、留学経験のある2人は、国際的な政策論議では一目置かれるかもしれない。閣内でも一定の影響力を振るえる可能性がないわけではない。


しかし、この2人も結局は共産党体制の産物だ。アメリカの大学で学んだ「おかげで」ここまで出世できたわけでなく、「それにもかかわらず」出世したと見たほうがいい。


中国には、欧米の大学で博士号を取得した人材が大勢いるが、政府で高い地位に就いている人はほぼゼロに等しい。これは、共産党の方針だ。欧米帰りの人物は、欧米の思想に汚染されていて、いつ裏切らないとも限らないと疑われているのだ。


劉と易は、落とし穴だらけの共産党体制の中で巧みに生き延びる才能を持っていたから、出世できたにすぎない。国際感覚が評価されたわけでは全くないのだ。


要するに、今回の閣僚人事に新鮮味はない。大掛かりな組織改編と代わり映えのしない人事――この組み合わせは、習政権の今後について何を示唆しているのか。それは、全人代の議場で改革が高らかに打ち出されたのとは裏腹に、実際の前進は極めて限定的なものにとどまるという可能性だ。


組織改編だけ実行しても、大きな変革が実現するわけではない。行政機構を動かすのは、あくまでも人間だ。機構が人間を動かすわけではない。


<本誌2018年4月3日号掲載>



ミンシン・ペイ(クレアモント・マッケンナ大学ケック国際戦略研究所所長)


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